天体到達者【2016加筆修正】◆2
_飛行船の扉を開ける。観測開始だ。リングレは命綱をしっかりと結び、飛行船に横付けされた飛行鍋に乗りこむ。飛行鍋は文字通り寸胴鍋のような円柱の飛行器具で、ジャイロの回転エネルギーを浮力に変えて浮かぶことができる。 手袋の中まで浸透する寒さ。 11
2016-10-09 16:50:30_天球構造体は完全に透明な物体で、遠くの銀河がはっきりと見えた。 (美しい世界だ) 実際には死と隣り合わせの世界らしい。不安や高揚感、緊張で心臓が激しく鼓動する。天球構造体の魔力の結晶の影響を感じる。 (俺をこんなところに追いやったようだが……美しい世界じゃないか) 12
2016-10-09 16:55:32_飛行鍋をギリギリまで接近させる。真上に手を伸ばすと手袋が魔力の結晶……天球構造体に触れた。 (世界中の誰もが触れられないものを感じている) それから調査器具を持ち、構造体に突き立てる。そしてそれのクランクをぐるぐると回す……調査器具はドリルで結晶を削り取っていく。 13
2016-10-09 17:00:04_結晶が削れるたびに頭の中で思いが弾ける。自分のことをつい考えてしまう。リングレは研究所の隅にいつも座っていた。誰とも交流せず、仕事はビジネスと割り切り必要なコミュニケーションだけを行う。 そのせいか面倒な仕事をよく押し付けられる。 (特別手当が出るんだ、いいじゃないか) 14
2016-10-09 17:04:29_天球構造体はかつての時代時代の魔力が積層している。それを採掘すれば地上では分からなかったものが見えてくる。 (俺の興味はこの結晶に向けられている……なのに。忘れたはずなのに……未練を感じさせないでくれ) 結晶の採取に集中する。分析すれば魔力パターンを得られる。 15
2016-10-09 17:08:43_古代から現代までの魔力パターン……学術的価値の塊だ。地上で魔力産業文明が発達すれば、その廃棄物などの痕跡がわかる。 そこからかつての超文明の実態を探るのだ。超文明の崩壊は地表ごと消滅する場合が多いが、天球構造体までその破壊が及ぶことは少ない。 16
2016-10-09 17:14:15(太古のロマン……楽しいだろう。学術的価値……尊いだろう。他の全てをなげうっても、満足できる価値のある物ばかりだ。なのに、俺は……仲間と語らい、肩を組むことを切望してしまう。くそっ、全部結晶のせいだ。心をかき乱す、作用のせいだ。俺はフラットになる。ビジネスなんだこれは) 17
2016-10-09 17:18:29_吐く息が白い。リングレは体力的な限界を感じる。 (そろそろ調査を打ち切り帰還しなければ) 調査は何回も根気よく続けるしかない。今日の分は採取した。そのとき、リングレは上を見た。息が詰まる。 (うっ……まさか) 小さな魔法が発動し、手袋の先で電気が走った。 18
2016-10-09 17:24:00_天球構造体の外側に誰かが立っている! 赤い肌をした全裸の女性……髪の毛は肩でバッサリと切ってある。 (神だ……) 神は天球構造体の外側に住まう。そうして普段は干渉を避ける。その距離感は神による。問答無用で生贄にされる場合もある。この女神は……。 19
2016-10-09 17:29:26_燃える瞳でこちらを見下ろしている。それだけだ。 (中立の神か……敵対する神か) 調査器具を片付け、一礼する。女神はにやりと笑う。神話に語られる神々の一柱……ある戦いの女神を彼に思い起こさせた。 20
2016-10-09 17:35:54【用語解説】 【超文明】 神が創造した地質に刻まれる巨大文明。過去から数えて、洪積世・沖積世・礫積世・流積世・氷積世・灰積世が存在し、現在は濁積世と呼ばれる。それぞれ違う副神、違う主要種族によって生み出され、例外なく大破局と共に崩壊した。
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