妖怪松設定まとめ

兄松編
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Crux's @whose_novels_

情人はため息をつくように天狗の腕の中で息絶えた。その時、確かに何かを言っていたはずなのだが、波の音がひどくてカラ松には届かなかった。 それ以来、赤塚山の大天狗は山の周りの村を徹底的に守り、妖の侵入を許さなかった。妖が立ち入れば、自慢の羽扇で鏖殺する。

2016-08-12 18:50:41
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雪女の倅や狐といった友人がいくらやめるように言っても聞かず、妖不入(あやかしいらず)の山として、信仰を集め続けていった。 そうして、妖を殺し、村に害をなすものを排除し、そうしてひとりぼっちの山の中で江戸を迎えた。 ――自分が天狗としてもっと村を護っていればこんなことには。

2016-08-12 18:52:57
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ただそれが、天狗の後悔である。 そうして江戸も半ばになる頃には、カラ松は穢れた死臭にまみれ、祟り神にもならんとせぬほどの、恐ろしい大天狗と成り果てていたのだった。

2016-08-12 18:54:13

チョロ松

かつて陰陽師であり、妖狐の養い親であり、猫又の師であり、懺悔に呑まれた呪われた百目鬼

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チョロ松:元陰陽師の百目鬼。現在は真妖怪として、江戸の端っこで隠居をしている。初代/先代の妖怪事万相談屋「まつ」の店主。 元々は平安中期の陰陽師であり、その代では一番の術師だった。生まれながらに良い目と鼻を持ち、妖や術を見分けることができた。二十代半ばの頃に、帝に謁見する。

2016-08-12 23:26:46
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その時に、帝の女御から異様な妖気を感じ、こっそりと式神を送る。取り憑かれているのか、それとも女御自身が妖なのか。ただそれを確認するためだけだった。チョロ松の式神に驚いて本性を刹那顕にした女御を帝が見てしまう。帝はそれでも愛する女御の本性を隠そうとしたが、人の口に戸は立てられぬ。

2016-08-12 23:33:32
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女御が狐だという噂が、いつの間にか立てられていた。犯人は恐らく女御の政敵であったのだろう。 狐であるかないかを定める儀式の、メインを務めたのは、若手で最も強かったチョロ松だった。誰にも言えなかったが、あの日式神を放ったのは己である。こんな大事になるとは思わなかったのだ。

2016-08-12 23:48:40
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チョロ松のまじないが続く程に、女御の顔つきが変わっていく。簡単な変化崩しのまじないだったが、その効果は抜群だった。女御が狐の本性を露わにすると、内裏は大騒ぎになる。その騒ぎの中、狐の女御はチョロ松に呪いをかけた。女御はチョロ松が自分に式神をけしかけた相手だと知っていたのだ。

2016-08-12 23:51:05
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強張るチョロ松を押しのけて、老獪な老陰陽師たちが狐を追い詰める。最後には狐は弓で射抜かれ、四条河原の石塚に封じられた。 功績は、老陰陽師たちが手に入れ、チョロ松はその陰に霞んで誰も見向きはしなかった。 ――狐の女御に全てを聞いていた帝以外は。

2016-08-12 23:53:07
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チョロ松は、その夜、内裏の庭の隅に忍び込み一匹の子狐と出会った。生まれたばかりにもかかわらず既に尾は二つに分かれ、人語こそ話せぬものの、並の狐にはない知恵がある。母が二度と来ぬことを知らぬ、己を抱き上げたものが母の仇とも知らぬ子狐は、その日から陰陽師チョロ松の式神兼息子となった。

2016-08-12 23:55:22
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自分を兄や父と慕う狐が成長するにつれチョロ松の罪悪感は膨らみ続ける。また最愛の女御を奪われた帝の雇った術師による呪詛も、だんだんとチョロ松の精神を食い荒らしていく。呪詛返しはその呪詛が帝からのものである以上、行うことができなかったのだ。 しかし倅となった狐はあまりに愛おしかった。

2016-08-13 00:04:50
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いつか自分が母の仇だと告白したとき、この狐がどれほど悲しみ、自分を恨むかと考えれば身が竦んだ。それでも自分を慕ってくれる狐が愛らしく、父のような母のような気持ちを感じずにはいられなかった。 読み書き計算を教え、簡単な術を教え、いつか一人でも生きていけるようにと、心を砕いた。

2016-08-13 00:07:12
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しかし、チョロ松の心の中の疚しさは次第に大きく広がっていった。同時に、帝からの呪詛は年々強くなり続け、霊力の高いチョロ松でさえもはや耐え切れぬほどとなっている。チョロ松は急いていた。自分を食い尽くす呪詛が自分を殺すのが先か、狐がおのが母の仇がチョロ松と知るのが先か。

2016-08-13 00:10:38
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雨の日だった。一人で散歩に出かけていた狐が、楽しげに帰ってきた。 「だいりからのお使いが、これをって」 狐から受け取ったものに、チョロ松は息を呑んだ。赤い牡丹の花に結われた濃緋の衣。焚き染められた香は紛れもなく女御の調合した女御の香。 そして、書き添えられた帝からの恨みの歌。

2016-08-13 00:16:42
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先の長くない帝からの、渾身の呪詛であった。その瞬間、罪悪感は身を突き破って肌を割き、呪いは発動した。 最も愛するものを殺す呪いの矛先は、チョロ松を呪った帝の子である狐に向けられた。 渾身の力で抗うものの、チョロ松は狐を襲った。愛しい狐を傷つけようとする自分に絶望した。

2016-08-13 00:19:43
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その時だった。己が身を苦しめ続けた罪悪感と、呪いがチョロ松の身の中で混ざり合い、チョロ松は一度人として死んだ。 満身創痍の狐を最後に一つ撫で、去り際に言葉を残してどこでも良いから遠くへ去る。その体には、幾百もの目玉が覗き、これをもってチョロ松は百目鬼と生ったのである。

2016-08-13 00:21:52
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東国まで逃げたものの、果たしてチョロ松には人の心はもはやないといえる。常陸の馬捨で、馬の死骸を食い漁り、薄野をふらふらと彷徨い歩く。幾つもの目は身体中に群れ、黒目を彷徨わせてありとあらゆるものを見ていた。忘我の淵でさまよい歩き、百年が経った頃だった。

2016-08-13 00:24:21
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東国は少し騒がしくなり、それがすこし収まった頃、いつものように馬捨で死骸を食い漁っていたチョロ松の体に、一本の矢が突き刺さった。見れば、鎧武者がチョロ松を睨み、射抜いていた。獣のような声を上げる。 その時ようやく、チョロ松は己が意思もない化け物に成り果てていたことに気がついた。

2016-08-13 00:44:39
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まさに化け物のように唸り、逃げ、辿り着いたのは赤塚山に無数に空いた百穴の一つだった。そこにやってきたのは、まだ妖に成り立ての烏天狗。烏天狗の助けを受け、百穴の底でチョロ松は眠る。 ――目を覚ましたのはそれから50年後だった。 血が足りず、百穴を抜けて馬捨へ這いずっていく。

2016-08-21 18:43:46
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そこは既に寺が建立され、チョロ松の血の染み込んだ血は境内の床下になっていた。 床下に潜り込み、血を啜ろうとしたチョロ松に、頭上から声がした。 それこそが寺の住職である松の尼と松の上人であった。床上から諭され、チョロ松はそこで初めて心までも下郎の化け物と成り果てていたことに気付く。

2016-08-21 18:46:14
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チョロ松は漸く人の心を取り戻し、上人と尼から墨染の袈裟を戴き、化け物でありながらもまっとうな人間になろうと志して全国行脚の旅を始める。奥羽では雪女の倅の問題を解決してやり、それ以降ふらりふらりと人目につかぬよう日本全国を行脚し始める。しかし決して都には近づかなかった。

2016-08-21 18:49:53
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戦国の世を眺め江戸が始まった頃にようやく江戸に腰を落ち着けようと東国に帰ってくる。その頃には“人臭い百目鬼”として少し名の知れた妖になっていた。 人の集まる処は妖も集まり、人と妖の橋渡しをする相談屋を立ち上げる。 親と慕う上人と尼に因んで名を「まつ屋」。 これがその始まりである。

2016-08-21 18:52:28
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上人と尼の百回忌に、チョロ松は馬捨のある赤塚山の近くへ向かう。 赤塚山の近辺には妖の影もなく、チョロ松は驚きながらも嘗て自分を助けてくれた烏天狗を尋ねる。しかし、烏天狗はチョロ松を妖だと断じて襲いかかってきた。 変わり果てた嘗ての恩人に驚きつつ、その時は話をして誤解を解く。

2016-08-21 18:54:25
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しかし、烏天狗の妖嫌いと守護への執着は凄まじく、チョロ松は寺へ墓参りにいったあと早々に立ち去るように命じられる。 その道中、猫又になりかけの老猫を見つける。ここに居ては、天狗に殺されるだけだろう、哀れな。と憐れみ、その猫を拾って江戸に帰る。 江戸に帰ってすぐに猫は猫又となった。

2016-08-21 18:58:42
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しばらく猫又とまつ屋を経営していたが、猫又が力をつけてきたことを理由に引退。 今は江戸の片隅のボロ寺で女歌舞伎にうつつを抜かしながら、のんびりと余生を過ごしている。 ――引退の理由は、彼の呪いにある。彼を蝕む狐の呪いは癒えず、その呪いは狐の血族にしか解けぬものである。

2016-08-21 19:01:07