_轟音。後に静寂。少年を抱えたドイラは魔法で慣性をコントロールしつつゆっくりと瓦礫の山に着地した。 足場を自らの魔法で破壊し、より下の階層へと逃げ込んだのだ。 「おじさん、街を壊したね」 「放っておいても勝手に壊れた場所だ」 21
2016-11-13 19:07:38_光源装置で辺りを照らす。緑色の粘液があちこちの壁から滲みだしている。 「これは普通のスライムか……?」 スライムにも無数に種類があるが、どれもこれも人間の役に立つために生まれた種族だ。計算に使用したり、情報伝達、食料、健康……色々だ。 22
2016-11-13 19:13:22_そのとき、光源装置の光が瞬き、急激に光量が落ちていく。 「しまった、残量が……」 「大丈夫だよ」 「そうか、君の暗視が……」 「おじさんの目、緑に輝いてる」 ドイラは息を飲む。明かりが消えた。闇の中……緑の世界が広がる。 23
2016-11-13 19:20:01「これは……」 壁から滲みだした粘液が眩しいほど輝く。緑のモノトーンの世界だ。あちこちが星のように光り、闇を埋め尽くしていた。 「どうやら生贄に選ばれてしまったようだな」 「おじさん、上……」 天井を見上げて絶句する少年。 24
2016-11-13 19:26:49_恐る恐る見上げるドイラの目に映ったのは、緑の世界に蓋をするように上空に広がった、巨大な桜色の亀裂だった。まるで蜘蛛の巣のように細かい網目。 「逃げ場無し……か」 『お集まりイタダキ、ありがとうゴザイマス』 シルフ語で話しかける低級シルフ。 25
2016-11-13 19:32:33『シンデいただけないとは、とても残念なことデスガ、我々の儀式の証人になるには支障はアリマセン。見届けてクダサイ』 どうやら必死の抵抗が届いたのか、殺すのはやめてくれたようだ。しかも、殺す必要はなかったらしい。 (悪戯ものめ) シルフは儀式の概要を話してくれた。 26
2016-11-13 19:40:31_最近生まれた新しい仲間をシルフの眷属に加えるというのだ。そのための加入の儀式を執り行うという。 『シルフの統率にして風の生まれる場所、風神タジクの名のもとに……君を我々の眷属と認めよう』 厳かな声。ドイラは周囲を見渡す。新しいシルフとは? 27
2016-11-13 19:47:54_それはすぐに分かった。壁から滲みだしていた緑の粘液。それはスライムではなかった。シルフだというのだ。粘液はぶるぶると震えて、声を反射した。 『我々は石油シルフ。どうぞ、よろしく……』 「石油シルフ!」 鉱石シルフもいるのだから、石油シルフもいるのかもしれない。 28
2016-11-13 19:53:57_桜色の亀裂は静かに閉じていき、完全に闇に消えた。石油シルフは壁から滲みだしたまま、やはり静かにしている。儀式が終わったのだ。 「少年、いいものが見れたな」 「おじさん、僕を上まで連れてってよ。僕はどこへ行けばいいか……」 29
2016-11-13 20:00:35「おじさんはどこへ行けばいいか分かるぞ。そろそろ昼飯の時間だからな……」 建築物探知の呪文で帰り道を探る。ドイラは歩き出す。まばゆい緑の粘液を振り返って、視線を戻した。 「上へ参りまぁす」 二人の目は変わらず闇の中で輝いていた。 30
2016-11-13 20:06:36【用語解説】 【慣性を制御する魔法】 最も代表的なのは飛来物防護の呪文であろう。この系統の魔法は、対象物の質量が軽いほど、術者に近いほど、そして速度が遅いほど絶大な効果を発揮する。即ち、意識による物体移動の制御である。動いていないものを動かすのは別系統の魔法で、けた違いに難しい
2016-11-13 20:16:15【次回予告】 祖父の遺品整理をすることになった男の話。彼には、子供のころから大切に思っている異国の壺があった。その風景画に彼は魅せられていた……。過去作の加筆修正版です 次回「壺」 全18ツイート予定。実況・感想タグは #減衰世界 です
2016-11-13 20:27:08