筍提督と僻地の泊地 (10)

筍提督と僻地の泊地＠新時代鎮守府 @storyoflingga

「弔砲用意、撃て！」 <はぐろ>の号令を合図に、泊地が置かれるリンガ島西岸に空砲が轟いたのは、あの日から六日目を数える午前のことでした。慰霊碑の前には、司令部に属する艦娘全員が整列し、敬礼を捧げて居ます。 #南方秘書日記

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音楽隊は編成されて居無い為、間に演奏が挿まれること無く、弔砲は続けて発射されます。全部で三発。其れを、弔砲発射の役目を担った艦娘達の隊列と、整列した其の他の子達との間で、隣に誰も伴わずに一人で聴いて居たのが、<のわき>でした。 #南方秘書日記

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彼女は、葬送式の為に此の場を訪れた時には、既に赤く腫れて居た瞳から再び大粒の涙を流して居り、式の間、とうとう其れが枯れることはありませんでした。然し乍ら、弔砲発射に際し敬礼をして居る間は、其の目がずっと慰霊碑に刻まれた名前を見詰めて居たことも、私は存じて居ります。 #南方秘書日記

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<まいかぜ>戦没の報せは、皆の心の裡を悲しみに染めました。あまりにも突然の死。今回の航海が赤道での演習のみで終わって居たのならば、或いは回避出来たかも知れ無い死。出航した日の朝食の場で、共に笑って過ごした彼女が、泊地に残って居た子達にとっての最期の姿となりました。 #南方秘書日記

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其れと同時に伝えられた、敵のジェット戦闘機と空対艦誘導弾が出現したという事実は、驚きと不安を以て迎えられました。中には「とうとうか」と唸る子も居りましたが、艦娘達、正確には従来型艦の大半は、困り顔を突き合わせて声を震わせるのでした。 #南方秘書日記

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又、噂話をするだけでは気が収まらず、提督に直接、敵誘導弾に関する事柄を訊ねたり、不安を訴えたりする艦娘が続出しました。提督は、極力全ての問に叮嚀に答え、全ての波打つ感情を落ち着かせられるよう、心掛けていらっしゃいました。 #南方秘書日記

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此れを受けて、提督は、全ての遠征の中止を決定されました。新時代艦が外洋に出無ければ、敵も新兵器を使用し無いと推測されるものの、一応の措置として、とのことでした。遠征が全面的に停止されるのは、私と提督がリンガに転属になって以来、此れで二度目になります。 #南方秘書日記

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そして、提督は、あの海域で遭遇した敵のジェット機と超音速空対艦誘導弾の正体を解明すべく、工廠技官の子達を交えて、緊急の会議を設けられました。名称は非常事態調査会議、略称は「非事調」。場所は、言う迄も無く、工廠の一室――。 #南方秘書日記

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「まず、<まいかぜ>に突っ込んだミグは、爆弾を搭載していたと思われます」 言いながら、<ゆら>は捲った書類をこちらに向けます。 『航空爆弾を？』 「生還した<まいかぜ>乗組員の妖精さんがそう証言している。それに、他の観点からもそれを裏付けられる」 #僻地の泊地日記

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「こっちが敵機編隊を補足したのが相対距離400kmの時点だから、少なくともミグは、スホーイやツポレフと一緒に、それ以上の距離を飛行していたことになる。それに、ミグは全ての機が、こっちに接近するために超音速飛行に移行していたことが確認されている」 #僻地の泊地日記

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『……燃料、か』 「そう！」<ゆら>は語気を強めます。「あの時点で、ミグの航空燃料は、多くとも半分程度しかなかったはずなの。でも、かなり大きな爆発だった。シーホークの燃料に引火したことを差し引いてもね。だから、ミグが爆弾を抱えていたのは確かだと思う」 #僻地の泊地日記

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『敵はわざわざジェット戦闘機を造ったんだ、爆弾も旧式じゃない、最新のものだと思った方がいいな。それに、俺たちの泊地、特にファイス泊地攻撃のための、レーザー誘導能力を有したタイプも開発されていると考えるべきだろう。警戒しよう』 <ゆら>と<ゆうばり>が肯きます。 #僻地の泊地日記

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『空対艦ミサイルの方はどうだ？』 私が問うと、今度は<ゆうばり>が身を乗り出しました。今回は、こちらが本題です。 「ツポレフ、つまりTu-22が搭載していたものですが、複数発が発射されたことから、まずKh-22の可能性は除外します」 #僻地の泊地日記

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Tu-22は、兵器倉があるタイプでも、ソ連製のKh-22超音速長距離空対艦ミサイルを搭載した場合は、他の兵器は装備できなくなるため、そう断定したということでしょう。 『続けろ』 「次に大きさですが――」 #僻地の泊地日記

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「記録した映像と交戦したパイロットの証言から、Tu-22が搭載していたものとSu-33が搭載していたものは同じミサイルであると推測できます」 『そうか。それと超音速性能とをかけ合わせれば、かなり絞れるな』 「ええ、そうなんです」 #僻地の泊地日記

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「Kh-61 オーニクスは、高高度ではマッハ2以上の速度を発揮できますが、海面高度ではマッハ1.6程度まで落ちるため該当しません。Kh-41 モスキートは、低空でもマッハ2.2ほどで飛行しますが、全長が10m近くもあり、パイロットの証言と食い違います」 #僻地の泊地日記

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『と言うことは……』 「Kh-31A ミニモスキートである可能性が非常に高いかと」 Kh-31。高高度でマッハ4.5以上、低高度でもマッハ2.5で飛行できるミサイルです。今回は、その対艦型であるA型が出現した……。 #僻地の泊地日記

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「驚いた。私たちがまだ計画してもいない超音速対艦ミサイルを配備するなんて……」 <ゆら>の言葉に、私は肯きませんでした。 『確かに、リンガと深海だけを見れば、技術の複製を超えた勢力図となった。だが、アメリカとソ連の関係性を考えれば納得できる』 #僻地の泊地日記

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「実際のソ連ってこと？」 『ああ。アメリカが亜音速の対艦ミサイルばかり造ってきたのに対して、ソ連は昔から超音速ミサイルの開発に積極的だった。代表例が、さっきちらっと名前が上がったKh-22 キッチンだ。1962年の運用開始にして、最大速度はマッハ4以上』 #僻地の泊地日記

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『奴らは先にジェット戦闘機の開発を成功させたのかもしれないな。超音速性能を発揮できるエンジンと対艦ミサイルを合わせれば、自ずと答えが出る』 「敵は既に対艦ミサイルという概念は持ち合わせていたから、あくまで同じカテゴリーのものを開発したに過ぎないってことか……」 #僻地の泊地日記

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「あの、提督――」<ゆうばり>が皺の刻まれた眉間を更に寄せて言います。「このことを、皆はどう受け取るでしょうか」 『どうって？』 「私たちが開発した技術が、結果として敵の新たな兵器の開発を可能にしたということですよね。それを知ったら……」 #僻地の泊地日記

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そこで口を結んだ<ゆうばり>に、私は微笑します。 『大丈夫だ。俺たちが蒔いた種には違いないが、それも俺たちで何とかする。それで皆分かってくれるさ。遠征は暫く様子を見る必要があるがな。とにかく、俺たちは今後の話をしよう』 #僻地の泊地日記

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二人は肯き、次の話題へと移ります。 「OENAFE演習の間に妖精さんたちに委任したここでの演習はかなり好調だったようです。99式と04式の各空対空ミサイルも、無人標的機を相手に、書類通りの性能を発揮したとか」 #僻地の泊地日記

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赤道の北で行ったOENAFEと並行して開催されたのが、リンガでの新空軍演習でした。そこではパイロットの練度確認と向上を図った他、ASM-1C 91式空対艦誘導弾やASM-2B 93式空対艦誘導弾の直前に開発が終了した2種類の空対空ミサイルの評価がなされました。 #僻地の泊地日記