筍提督と僻地の泊地 (9)

艦娘と同じ海でイージスシステムを背負って戦う海軍大将・筍の、「新時代軍事力整備計画」の大革新の軌跡を綴る日記。(「OENAFE(沿赤道新時代軍合同演習)」編)
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あるべきもの

筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

あるべきものが無い――そんな違和感を覚えて目を覚ましました。 カーテンは掛けられて居るものの、その外が明るいことから、昨夜私が言ったことは現実になってしまったようです。そして、違和感が示す通り、隣に提督はいらっしゃいませんでした。 #南方秘書日記

2015-10-02 00:18:46
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然し、お声は聞こえます。提督のお声が。 首を巡らせて初めて、その姿が目に映りました。提督は、丁度、受話器を置かれたところでした。 「ああ……起こしてしまったかな」 『いえ、自然に目が覚めましたから』 「それなら良いんだが」 #南方秘書日記

2015-10-02 00:26:43
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「昨夜は無茶な注文をしてしまった。未だ疲れて居るだろう。寝て居ても良いぞ」 『此れ以上、お寝坊さんにはなれませんよ』 「それもそうか」 提督は微笑されると、未だ蒲団の上に居る私と、目線の高さを合わせるようにして、しゃがまれました。 「お早う」 『お早う御座います』 #南方秘書日記

2015-10-02 00:31:20
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「何時だと思う?」 『九時でしょうか』 「九時の何分?」 『そうですね……大体、二十分くらいかと』 「お見事」提督が、ご自身の艤装の一部である端末の画面を私に見せます。〇九二二。「君の体内時計は高性能だな」 私は苦笑しました。何せ、三時間の寝坊ですから。 #南方秘書日記

2015-10-02 00:36:30
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『あ……提督は、朝ご飯はどうされました?』 提督は、端末を仕舞われ乍ら、顔だけを此方に向けられました。 「断っといた。二人分な。俺は偶々、何時も通りの時間に目が覚めたが、君は寝て居たし、俺も未だ眠かった。だから、電話で伝えたよ」 『そうでしたか。有難う御座います』 #南方秘書日記

2015-10-02 00:39:42
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『……ということは』 「ああ、俺もさっき起きたばかりでね。今は食堂とは別のところに電話をして居た」 『工廠ですね?』 「一箇所はね。もう一箇所にも掛けたんだ」 もう一箇所? 私には、提督が起き掛けに電話を掛ける相手など、見当が付きませんでした。 #南方秘書日記

2015-10-02 00:44:42
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

それを問うてみようとも思ったのですが、私が言葉を継ぐ前に、扉が叩かれました。 提督が入室を許可された、扉の向こうに居た人は、<みずほ>でした。 「お早う」 最初に彼女が挨拶をし、私達がそれに続きます。 「お早う」 『お早う、<みずほ>』 #南方秘書日記

2015-10-05 23:07:06
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「今は何を聴いて居たんだ?」 提督が訊ねられ、<みずほ>は「え?」と訊き返します。 「部屋に居たってことは、CDを聴いて居たんじゃ無いのか?」 「ああ……一〇六三を聴いて居たわ」 「三台のチェンバロの為の協奏曲か。短調だが、小躍りしたくなるような旋律が良い」 #南方秘書日記

2015-10-05 23:12:20
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

何故、提督は、<みずほ>が彼女の部屋に居たことを御存知なのでしょう。起床された時間は、私とあまり変わら無かった筈。 私は、直ぐに思い当たりました。提督が内線で<みずほ>と話されたからに違いありません。提督が電話を掛けられたのは、工廠と<みずほ>の部屋だったのです。 #南方秘書日記

2015-10-05 23:16:21
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「ねえ、お父さん、何時行く?」 「十時過ぎで良い。<ゆうばり>は<あやなみ>の艤装を造り直して居る最中の筈だからな」 『あの――』私は蒲団から出乍ら訊ねました。『提督は、此の後、<みずほ>を連れて工廠へ?』 「ああ。此奴にも話しておきたいことなんだ」 #南方秘書日記

2015-10-05 23:20:42
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「未だ不確定事項だが、工廠の許しが出たら君にも話そう。君は、牛乳でも腹に入れて、後は昼食迄ゆっくりすると良い」 『然し、私だけ休んで居るのは……』 「良いんだ。俺は君の為を想って言って居る訳だし。まあ、取り敢えず着替えたら? 蒲団は俺がやるから」 #南方秘書日記

2015-10-05 23:26:08
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私は小さく肯くと、秘書艦室に移動し、お着物を手にし乍ら、考えて居ました。 工廠の<ゆうばり>達の了承を得る迄、私に話すことが出来無いこと。それを、此れから<みずほ>と共に、話しに行かれる。 提督は、新時代計画を、新たな段階へ進めようとされて居るに違いありません。 #南方秘書日記

2015-10-05 23:29:13
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

私は何とも表現し難い感情を抱きました。様々な思いが渦巻いた何か。但し、其処に、心配に思う気持があったことだけは、確かだったような気がします。 然し、それを提督に打ち明ける勇気も無く、着替えた私は執務室に顔を出し、「外に出て来ますね」としか申し上げられませんでした。 #南方秘書日記

2015-10-06 00:15:21
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

提督が仰ったように、食堂で牛乳をコップに一杯だけ飲むと、私は管理棟を出ました。何と無く向かった埠頭に、<ふぶき>と<あやなみ>が居ました。 「あ、鳳翔さん、お早う御座います!」 『お早う御座います。海を見て居るのですか?』 「はい。私達は訓練を免除されたので」 #南方秘書日記

2015-10-06 00:19:55
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「鳳翔さんも、海を見に?」 <ふぶき>の眩しい位の笑顔を見下ろし乍ら、『そんなところね』と答えました。 「司令官や<みずほ>さんは一緒じゃ無いんですか?」とは<あやなみ>。 『二人は、今、お忙しいの。それなのに、提督は、私には休むよう仰って呉れたわ』 #南方秘書日記

2015-10-06 00:24:27
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「へえ……」 二人は、意味あり気に微笑します。 『どうかしました?』 「司令官、鳳翔さんのこと好きだなあ、と思って」 『まあ、何を言い出すかと思ったら』 「司令官を見てたら分かるんです。接し方だって、宝物を扱うみたいだし」 #南方秘書日記

2015-10-06 00:32:33
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

私は、少しだけ、意地悪がしたくなりました。 『では、二人はどうなの? 久々に再会して帰投した昨夜は、何をしましたか?』 途端、二人は一瞬だけ肩を跳ね上げ、俯きました。然し、表情は決して暗く無く、照れを隠して居るように見えます。 #南方秘書日記

2015-10-06 00:35:09
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「鳳翔さんには言え無いよね……」 「言え無いね……」 顔を見合わせる二人。私は、微笑ましさと安堵を同時に覚えました。彼女達も又、秘め事に及んで居たのでしょう。私達が昨夜、致したように。そして、それが可能だったということは、彼女達の心に傷は最早存在し無いのでしょう。 #南方秘書日記

2015-10-06 00:41:09
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私は深追いしませんでした。 『心は満たされましたか?』 「はい、とっても」と<あやなみ>。「昨日の夜は短かったけど、<ふぶき>とずっと一緒に居られたから……長い間感じてた寂しさも無くなりました」 「私もです」<ふぶき>も肯きます。 #南方秘書日記

2015-10-06 00:44:41
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「昨日みたいな日がずーっと続けば良いね」 「そうだね」 二人は再び見詰め合い、又、手を握りました。私はその様子を、二人の後ろから、静かに見守って居ました。 穏やかな、然し、その実、変化しつつある海の風が、私達の髪を撫でました。 #南方秘書日記

2015-10-06 00:47:28
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

提督は、昼食の席にはいらっしゃいませんでした。<ゆら>や<ゆうばり>、明石も同様でした。新時代計画の議論が白熱して居るのでしょう。 私は、少なからず疎外感を覚えましたが、同時に、それはあくまで今だけのものであるという自覚もありました。 #南方秘書日記

2015-10-10 00:20:32
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

提督は、今、ご自身の意思を直ちに形にしようと思われて居るわけではありません。あくまでも、技官と交渉し、実現可能かを問うて居る段階なのです。それが終わったら、私にもお話しして下さるとも仰いました。私は一人であって、一人で無かったのです。 #南方秘書日記

2015-10-10 00:25:09
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

事実、<みずほ>だけは、昼食を食べる為に工廠を抜け出し、私の隣に座って居ました。 私は、工廠でのお話について、何も問いませんでした。彼女も又、それには触れませんでした。然し、私には分かりました。彼女の表情からして、少なくとも技官から悪い返事は無かったのだ、と。 #南方秘書日記

2015-10-10 00:27:55
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

十四時過ぎ――私が秘書艦室でお茶を飲んで居た頃、執務室の扉が開く音がして、提督がお戻りになったのだと確信しました。執務室を覗くと、眠そうな顔をされた提督が、将に椅子にお掛けになるというところでした。執務室と秘書艦室を繋ぐ扉が開いたからか、提督は驚かれませんでした。 #南方秘書日記

2015-10-10 00:37:02
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