【白鯨-mobby dick-】 ♯2

おいしいコロッケ
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葛葵中将 @katsuragi_rivea

己の目が届かないところで大切な部下が”傷つく”、という事態を目の当たりにした彼は そのことを誰よりも深く怒り、悲しみ、自責の念に駆られた。 彼が施す訓練内容がそれまでの艦隊での連帯活動としてのものを残しつつも、”個の力”を重視する方針へと切り替わったのはその時からだった。

2016-11-21 20:58:20
葛葵中将 @katsuragi_rivea

(艦隊が全力で戦うための礎は、私も同じく全力でそれを整えてやる) 彼は司令官として艦隊を預かる身として自らの矜持を口にした。 普段は飄々としながらも訓練には妥協を許さない面から伺える彼の強い覚悟と意思は 彼の隷下、鹿屋所属の面々、周囲も認めている点ではある。

2016-11-21 20:59:11
葛葵中将 @katsuragi_rivea

…あるのだが、 「夕張の言うとおりだよ。素直になれないから翔鶴も振り向いてくれないんでないの?ウチのことはあれだけからかってきたくせに…」 「そうですよ!ほらアタックアタック!明石も、応援しますから」 葛葵を除いた3人は徒党を組み、彼に対する”追撃”を容赦なく言い放った。

2016-11-21 20:59:39
葛葵中将 @katsuragi_rivea

その生真面目な一面を表になかなか出さない気質が災いし、こうして現在の彼の立ち位置が定着してしまっているのは ………言うまでもない。 「あーもー…ぎゃーぎゃーと!めんどくさいよお前ら!」 葛葵は悲鳴にも似た怒号をあげた。

2016-11-21 21:00:17
葛葵中将 @katsuragi_rivea

(ほんとに、めんどくさいオッサンだよな…。) 隼鷹は目を細め、遠目に見える監視所から視線を外すと、踵を返した。 ようやく疑問に対しての胸のつかえが下り、口角の端を緩ませる 演習機が入り混じる空を見つめ、息を大きく吸い込んだ。

2016-11-21 21:01:19
葛葵中将 @katsuragi_rivea

(けど、見くびってもらっちゃぁ困るねぇ) 隼鷹、飛鷹らも数々の修羅場をくぐってきた猛者であることは間違いない。 自らの魂、心を矜持で満たすと力強く術式の印を結ぶ。 一切の迷いの無い瞳は、滔々と流れる戦況をよどみなく見据えた。

2016-11-21 21:02:34
葛葵中将 @katsuragi_rivea

(ま、あのオッサンの考えも一理あるからね…そんじゃ、ま!) 「――全力でやっても、構わないんだね?」 獣めいた笑みを浮かべるその姿は彼女らの司令官、"あの"狩人の顔を彷彿とさせる 横目にため息がひとつ。飛鷹の絶えない気苦労はこの点にも存在する。

2016-11-21 21:03:15
葛葵中将 @katsuragi_rivea

武人気質、あるいは戦闘狂か、その影響は艦隊にも及んでいることに飛鷹は既に諦観していた。 前に飛び出しがちな隼鷹と、それを抑止する飛鷹という正反対な性格ながら 上手くかみ合う典型な例とも言えるが…

2016-11-21 21:04:02
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「やるからには、勝つわよ!龍鳳も、気合入れなさい!」 「は、ハイ!」 飛鷹の一喝が場の空気を引き締める、 相変わらず眉は中央に寄せているがその口元は不敵に弧を描いている。 彼女もまた根底にある闘志は隼鷹と同じであることは、彼女の振る舞いからもにじみ出ていた。

2016-11-21 21:04:31
葛葵中将 @katsuragi_rivea

互いに認めているからこそ、衝突もする時もあれば相手に合わせ、尊重する この二人は紛れもなく名コンビと言っても差し支えはない。 それを羨望のまなざしで見つめる龍鳳もまた強い意志を持ち高みを目指す一人、

2016-11-21 21:05:14
葛葵中将 @katsuragi_rivea

飛鷹、隼鷹が滾らせる闘志は並の者からすれば味方といえども 恐れを抱くほどの威圧感を孕んでいる。 その様相に彼女は一つも身じろぎもせず空を仰ぎ、空を旋回している海鷲たちをにらみつけた。

2016-11-21 21:05:49
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「…方三〇!高度九〇〇!」 龍鳳が声を大きく張り上げる。 彼女たちの覗くPPIスコープが、3時の方向から高速で飛来する艦載機の影を捉え事態は急転を迎える。 「例の新型です!気を付けてください!」 旗艦が発する号令に隼鷹、飛鷹も気を充実させる。

2016-11-21 21:06:49
葛葵中将 @katsuragi_rivea

奇矯な男の目論見と、 いびつながらもそれぞれ前を向き己の矜持を胸にする軽空母たち、 様々な思惑が交錯する航空演習は、佳境へと突入していくのだった―――

2016-11-21 21:07:18
葛葵中将 @katsuragi_rivea

―――それと時を同じくして、大湊警備府港湾部に一隻の軍事関係者専用の連絡船が接岸する。 北方方面との海上交通網として存在する唯一の航路を渡ってきたその船は、 船内にただならぬ雰囲気を漂わせ、船員たちの面持ちには緊張が走っていた

2016-11-21 21:14:51
葛葵中将 @katsuragi_rivea

彼らの視線の先には、軍帽を目深くかぶる壮年の男の姿がひとつ、 船橋の先から大湊の地を見下ろす男の目は、落とす影のうちからぎらぎらと光り、 その異様な雰囲気から彼が只者でないことは、傍から見ても明白であった。 「提督ー、ここにおられましたかー。」

2016-11-21 21:15:22
葛葵中将 @katsuragi_rivea

その雰囲気に一つも気押されず気の抜けたような女の声がかかる。 女は左右に頭を揺らしながら男のもとへと歩みを寄せた。体に常日頃から走る痺れから歩行器を使用し、足を動かす彼女の足取りはおぼつかない。

2016-11-21 21:17:02
葛葵中将 @katsuragi_rivea

さらに彼女の目は明暗を分けることしかできず、視界は明るい霧のかかった空白の世界が広がっている。 どの視点から見ても彼女が健常な身体、とは言い難い。 だが、それでも男は彼女に護衛の任を預け、その腕を確かなものとして認めていた。

2016-11-21 21:18:10
葛葵中将 @katsuragi_rivea

―――たしかに、彼女は世界に存在する輪郭をその目に映すことは出来ない。 だが、代わりに発達した聴覚は常人のそれと一線を画す。物との距離を測ることに長けた彼女の耳はほんの極僅かな音すらも拾い上げることを可能とし、

2016-11-21 21:19:16
葛葵中将 @katsuragi_rivea

そこに存在する生物、無機物、有機物、または人間とカテゴライズされる科目の生物の目が可視することが出来ない物すらも 自身の"視界"の中に認識として捉える力を自然と身につけていた。

2016-11-21 21:20:19
葛葵中将 @katsuragi_rivea

この日もまた、船が船である以上どうしても発せられる様々な駆動音や船員がすれ違う音、足音、それらの合間ををくぐり抜けて いつも聞きなれていた自身の”提督”の心音を拾い、この場へとたどり着いたのだった。 女は穏やかな笑みをその表情に浮かべる。

2016-11-21 21:21:19
葛葵中将 @katsuragi_rivea

男の許しを得て、女は歩行器にストッパーをかけ腰をかけると、 …それを皮切りにのんびりとした口調で話し始める。 「護衛するこっちの身にもなってくださいよー。わかります?」

2016-11-21 21:22:10
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「朝起きたら船室のほうにもいらっしゃらないですし。私はどうしたらいいものかなーと思って、 ひとまず歯を磨くことにしたんです。そして心当たりのある場所といって思いついたのが、 船長さんのところがまず第一に思いついたのでそちらへ向かったんですよー」

2016-11-21 21:22:43
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「でもでもー、船長さんのところにも提督はお見えになられていないということだったんですよー 船長さんたらとっても優しくて、コーヒーをご馳走してくれるということになったのでー そこでしばらく世間話をしてきたんですよー」

2016-11-21 21:23:17
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「船長さんは大湊に住まいを持っていらっしゃるらしくてー、 あ。まだローンが払い終わってないみたいですねー残り12年もかかるそうですー お子さんもすでに成人してらして、この春大学を卒業するらしいですよ?」 男は彼女が嬉々として長々と語る話を笑顔でただ頷きながら聞いていた。

2016-11-21 21:23:44