響と未来の入学式前日の話
間取りを見て分かっていたことだったがこの住居には個人部屋が無い。したがって廊下に二つあるドアは何か別のスペースとの仕切りになっているのだが、そのうち出入口に近い方はお手洗いのものだった。 ではもう一つは?そこは洗面所に続いていた。 27
2016-12-03 00:31:08まだ触ってもいなかったドアを引き、手に歯磨きセットを持って入った。 女子生徒が暮らす寮ということを意識して二つの洗面台が並んでいる気配りはさすが。これなら順番待ちをしないで済む。 そしてさらに奥にはーー。 28
2016-12-03 00:33:05こんな何もないはずの所で未来の身にいったい何が起きたのか。心臓が跳ね飛ぶかと思われ、その目で確かめるまでの僅かな間でも正気ではいられなかった。 31
2016-12-03 00:42:00「未来ッ!?大丈夫ッ!?」 たたずむ背中が見える。駆け付けるとすぐに肩を抱き、視線の先を自分でも捉えた。目の前はバスルームだが。 32
2016-12-03 00:45:11「ひ、響……違うの」 険しい表情の響の方へ視線を向けると、何か誤解を与えたと思い至り、できるだけ興奮を抑えながら言葉を紡いだ。 「お風呂……」 「お風呂が、どうしたの?」 33
2016-12-03 00:48:07いま何と言ったのか。響は聞き間違えではないか記憶にも残らず過ぎ去ってしまいそうな一言を引き留め確かめ、それから間違えではないよねと御丁寧な手順を経て納得し、ようやく呆気にとられてしまった。 35
2016-12-03 00:53:02「見てこれ!シャワーだけ仕切られててミストにも出来るし!出窓みたいなスペースには桜が飾ってあるの!こんなのホテルでも見たことないよ!」 「あ、ああ、うん。そうだね?」 まだ響は置いてけぼりにされたまま、追いつけていない。 37
2016-12-03 00:59:02「しかも。響ちょっとこっち来て。そう、はいここに入って」 言われるまま歩みでた響のなんとも気の抜けた肩を力強く掴むと未来はそのまま湯を張ってないバスタブに腰を沈めるよう促した。 「…あ、広いんだね」 38
2016-12-03 01:02:01そして未来もまた自ら腰を沈め響と向かい合った。 脚を伸ばすとさすがにぶつかるが膝を曲げれば女子二人でも十分な広さがあった。 奇妙な静寂が二人の間に流れた。 39
2016-12-03 01:04:00響を真っ直ぐに見つめる表情は真剣そのものでいるが心なしか目が緊張しているようにも見える。 わずかずつ響の正気が取り戻されていく。何か言う表情だと見れば理解できたからだ。 「……私、決めました!」 「えと、何を?」 響は心配を滲ませ、上目遣いがちに尋ねた。 40
2016-12-03 01:06:01「これからお風呂は……二人まとめて入ることにします!」 「ふうん。えっ!えっ!?えええッ!!?ちょっ、ちょっと待ってよ!何で?どうして?」 ヤバイ!まさかだ。まさかこんなことをいきなり今日の日に決めるなどと思ってもみなかった。 41
2016-12-03 01:08:06「聞いて響。これにはちゃんとしたワケがあるの!」 慌てる響を見つめたまま未来は冷静につとめて説明を始めた。 「お家賃は抑えられているとはいえ電気・ガス・水道に通信料金は普通にかかってくるの。そしてお風呂はこれだけの広さがあります!つまり」 「つまり……?」 42
2016-12-03 01:10:00「少しでも節約を考えるなら、二人別々に入るだけお金のムダってこと」 言い切る未来は自信にすら溢れている。確かに正論だ。とはいえいくらなんでも唐突すぎでもある。 43
2016-12-03 01:12:00「イヤイヤ、やっぱりちょっと待ってよ。えーそれ本気で」 そう思い言いかけた所で脳裏に一つの筋道が浮かび次の言葉を遮った。かわりに響は未来の残した言葉を繰り返した。 「二人別だとムダになっちゃうんだよね……?」 44
2016-12-03 01:14:03対する響の胸の内では葛藤が続いていた。はたしてこの話に乗っても良いものだろうか。 響の思考が速度を上げる。未来の強気にかえって冷静になり思い返した。 46
2016-12-03 01:18:09二人は未成年だし、でも同性だし。やっぱり問題は無い?いや、それこそそういう問題ではない。そもそも二人で一緒のお風呂に入るのは初めてではない。が、それは旅行で行った先の大浴場などに限られる。この話とは断じて違う。 47
2016-12-03 01:20:02真剣に考えて応えないといけないことだ。こんな時にこんなに強気な未来なんだ。 「(これって初めてになるのかな…)」 今夜からの同居人の顔の方を眺めしばらく無言のまま長考に陥っていたがついに響は残された道に従った。 「……そう、だね。ムダになっちゃうんじゃ、仕方ないよね!」 48
2016-12-03 01:22:00ここで断れない自身の甘さを響は再確認した。 「ありがとう響」 「ううん。よろしくね未来」 未来はやっと安心したようにほころび、それに応えるように響は優しく微笑んだ。 50
2016-12-03 01:26:00