響と未来の入学式前日の話
「それより変なことしないでよ?」 「もう!そんなことしないってば」 かと思えば、わざとらしく胸元を腕で隠す仕草をしながらおどけてみせると未来はムキになった風に返してみせた。 51
2016-12-03 01:28:01着衣のまま空のバスタブに二人で浸かる奇妙な体験を終えると、二人はリビングに戻り荷物整理を再開した。 備え付け家具の収納ではどうしても物足りず余る分が出てきてしまったのだ。 52
2016-12-03 23:33:00送り返さなくてはならないほどでもない。だがあと一工夫が欲しい。 そんな時、今度は響が解決策をひらめいた。 「そうだ!これで良いんじゃない?」 53
2016-12-03 23:35:03思考を続ける未来の目の前で響は荷物を次々に運び込む。 運び込んだ先は今夜から二人が使うはずの二段ベッドの下段だった。 「えっ、響そこは」 思考を中断し、未来は思いがけなかった答えに目をみはり驚きを示した。 54
2016-12-03 23:37:01否。これも予測を裏付けるための確認の手順だったかも知れない。 「さっきのがヒントになって思い付いたんだ。その、未来さえ良ければ」 「……!」 「二人で上のベッドで寝たら、下の段は収納に使えて便利なんじゃないかなって」 56
2016-12-03 23:41:02確かにお風呂のことは自分から切り出したことだった。それにしてもこんな返しがあるだろうか! ひとときで良かった。それなのに。 もはやひとときでも長く。 57
2016-12-03 23:43:10もしこれから泣きたい時やケンカすることになったらどうするのか。風邪を引いた時はうつしてしまうと悪いから分けようか。 ああ、今はそんなことを考える必要がない。その時はその時だ。 誰の許しを得る必要もない。二人の間でだけそれは交わされれば良い。 59
2016-12-03 23:47:00「変なこと、しないでよ?」 「あ、それさっきのマネ」 「お返し!」 ずるい!嬉しい!こんなことって!言葉にできないあれこれは冗談に隠した。 誰に対する言い訳なのか! 60
2016-12-03 23:49:03「はあー。これでもう全部終わったかな?」 ゴミ出しまで終わる頃にはすっかり夕方になっていた。 響は伸びをして六畳間に備え付けられているテーブルに上半身をぐったりと預けると後は明日に備えるつもりになっていた。 しかし。 61
2016-12-03 23:51:00「実はまだやる事があります」 上機嫌のまま未来はやって来ると向かい側に腰掛けながら強調するように言った。 「お蕎麦食べる!?」 「それもあるけど違います。これ!何だか分かる?」 62
2016-12-03 23:53:03差し出されたのは二枚の短冊状の板。 それはまだこの部屋に揃わずに欠けていたものだった。 「これを書いたらご飯にしよう」 「それ、ネームプレート……」 響にも見当がついた。 63
2016-12-03 23:55:01「私が響の名前を書くから、響は私の名前を書いて」 サインペンを渡すと響は頷いた。 「やっとの想いで手に入れた私達の居場所だもんね」 64
2016-12-03 23:57:00この日を迎えるまで思い返すことは多い。 それでも自分達で勝ち取ったのだから。 家族ではない二人が同じ時間を共に過ごすということ。 毎日顔を合わせ、同じようにごはんを食べて寝て起きるということ。 65
2016-12-03 23:59:01三年間の限られた時間かも知れない。 それでも。ここが私達の居場所だと確かめあうように二人は一画一画に想いを込めて記し掲げた。 ここは、今日から立花響と小日向未来の暮らす二人の家だ。 66
2016-12-04 00:01:01