私家版スチームパンク地霊殿まとめ

銅折葉 @domioriha

それでも、わずかでも鉱脈の足しにするため、地底で死んだものは皆、炉の中にくべられる。そうしてできたわずかばかりの鉄と、ささやかな金銀をつかって、地底に都市をつくり続ける。空はその炉の炎の管理を、親方に着いて幼いころから手伝っていた。 #スチームパンク地霊殿

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いつか自分も親方になって立派な炉をつくるのだと夢のような事を言う空。頭の巡りも悪く、繰り上がる計算もできないような彼女を燐は内心見下し、嫌々ながらもせがまれるままに勉強を教える。路地裏は凍えるほどに寒く、家に帰っても、母の癇癪が待っているだけだから。 #スチームパンク地霊殿

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空の暮らす炉の近くなら、少なくとも凍える事はなかったから。 ふとした雑談から地上には太陽というものがあると知り、じゃあわたしが燐に、みんなにその太陽を見せてあげる！　と、大通りで喋ればブレインフィンガーがすっ飛んでくるような事を口にする空に、燐は辟易する。 #スチームパンク地霊殿

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ある日、母の容体が悪化する。医者に連れていくも治療費のツケを見せられ、黙って引き下がる燐。母はしきりに、燐がもっと器量良しならば旧都の親分に気に入られて、立派な暮らしができたのにと嘆くばかりだ。そんなの死んでも御免だという内心の憤りをねじ伏せて家を出る燐。 #スチームパンク地霊殿

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母は知らない。燐のような子供でも構わずに欲情する変態どもが、スラムには溢れているという事を。路地裏で働いている時には何度も危ない目に遭いかけたのだという事を。あと少しのところでそいつの穢らしいものを噛み千切り、命からがら逃げ出した燐の事を。 #スチームパンク地霊殿

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この真っ黒い器量無しの毛並、痩せてがりがりの身体のおかげで、母の言うようにお座敷に上げられずに済んだ。それだけは燐も感謝している。 元締めに給金前借りの無心をするが、ただでさえ温情で子供を働かせてやっているのだという業突く張りが前借りなど認めるはずもない。 #スチームパンク地霊殿

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他にもっと安く雇える働き手ならいくらでもいると突っ撥ねられ、燐はやり場のない怒りを腹の底に沈めて、くたくたになるまで働かされた。帰り道、いつもの通りに暢気な空に出会い、その能天気さに腹を立てるが――ふとこぼした借金の話に、空は意外なことを口にする。 #スチームパンク地霊殿

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「お金？　少しならあるよ？」勉強を教えてくれたお礼にと言い出す空に、あてのないままついていく燐。期待など全くしていなかったが、他に行く場所も無かった。少し上等なミルクを買って、母の機嫌を窺えば、癇癪と愚痴の中で寝るよりいくらかマシな気分で眠れるだろうと。 #スチームパンク地霊殿

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炉の管理室の屋根裏、ボイラーが轟音を立てる狭っ苦しい場所が空の寝床だった。枕の下から空が取り出したのは、くしゃくしゃの圓札が三百枚以上。ハザマ通りの一番立派な店で、ショーケースのドレスを十着買っても使いきれない額だ。「足りる？」分かっていない様子で聞く空。 #スチームパンク地霊殿

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空はみなしごではあったが、誰かに買い取られたりすることなく親方に引き取られ、尻に卵の殻が取れない頃から、覚えの悪いのを何度も叱られてもまるでめげずに働いていた。服も着たきり、ロクに遊びも覚えなかった。だから、給金がまるっきりそのまま残っていたのだ。 #スチームパンク地霊殿

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罪悪感に駆られながら、本来要るよりもずっと多い額を――数年分の稼ぎを勉強のお礼として受け取る燐。あいつが馬鹿だからいけないんだ、騙されるやつが悪いんだ、そう自分に言い聞かせ、治療費のツケを払い薬を買って、それから普段近付きもしない店で綺麗な櫛とリボンを買う。#スチームパンク地霊殿

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店員は燐の身なりをじろじろと見て、支払った圓札が本物か長い事調べていたが、やがて諦めて支払いに応じてくれた。そうやって手にした事のない金で普段もしない事をしたのが良くなかったのだろう。内心怯えながら空の元を訪れた燐は、彼女が大怪我して寝込んでいる事を知る。　#スチームパンク地霊殿

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「ごめんね、お燐。お金、とられちゃった」馬鹿正直に燐の言葉を鵜呑みにして、今後も月謝を払うつもりだった空。酷い痣と折れた手足、欠けた歯に腫れた頬。頭が熱くなると同時、燐は走りだしていた。路地裏に居付くたちの悪いゴロツキ連中。空から金を巻き上げた奴らの所に。 #スチームパンク地霊殿

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大のおとなが４人相手に（いい大人のくせにガキの金を分捕って遊んでるのが何よりクソッタレだ）チビの燐が相手になるはずもない。けれど燐は遮二無二そいつらに飛びかかった。牙をむき出し、爪を振るって暴れまくる燐にいい加減腹を立てた男たちは容赦なく少女を殴った。 #スチームパンク地霊殿

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ぼろ屑のように路地裏に放り捨てられたが、どうにか意識だけは残っていた。連中が空の金をあらかた賭場で使った事、残ったわずかな金が連中の抱えていた酒瓶になっていた事を知り、燐は重い身体を引き摺って空の元に帰る。「ごめん」と謝る燐に空は最後まで気付かなかった。 #スチームパンク地霊殿

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仏頂面の親方は、燐の怪我の治療代を請求したりはしなかった。きっと空の給金が一月か二月、出なくなるのだろう。空はその事について何も言わない。罪悪感に耐えかねた燐はあらいざらいを空にぶちまけるが、空はお燐が無事だったらそれでいいよ、とあっけらかんとしたもの。 #スチームパンク地霊殿

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もしも、自分が。これだけ酷い目にあわされても、なおあのクソッタレな大人たちを軽蔑していて、あいつらのようにしないのは馬鹿だと思う事に躊躇いがあって、あいつらよりも少しはマシなやつになりたいなら。もう二度と空を裏切っちゃだめだと、燐はそう決意する。 #スチームパンク地霊殿

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そうしてこの日から。燐と空は親友になった。 ……ずっとあとになって、恥ずかしさ混じりで聞いてみたら、空はこの日の事なんてまるっきり覚えていなかった。 「だって、お燐と私は、ずっと昔から仲良しでしょ？」 こういう時、こいつにはたぶん一生敵わないと、燐は思う。 #スチームパンク地霊殿