原子力災害における「避難」について

後知恵ではあっても、その時点で分かっていたこと、入手可能だった情報を基に、トータルの被害を最小化するという観点では何ができたのか、どうすべきだったのかを考えておくことには意味がある。この件について、自分の過去のツイートを拾ってみた。
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Flying Zebra @f_zebra

無秩序なパニックはもちろん、不十分な計画による避難行動でもリスクは増大する。程度問題ではあるが、避難のタイミングが遅れても準備が整うまで待った方が結果的にリスクを下げられるということは留意しておくべきだろう。なお、リスクというのは確率変数であり、被害の期待値と読み替えてもよい。

2015-07-26 23:27:03

以下では、1F事故のシーケンスに沿って検証している。

Flying Zebra @f_zebra

それでは福島事故における実際の避難状況を確認しよう。最初に3km圏に避難命令が出たのは震災当日の午後9時だ。このタイミングというのは、2号機でRCICの動作が確認できず、原子炉水位がTAFに到達する可能性があることを官庁等へ連絡したタイミングだ。

2015-07-26 23:28:47
Flying Zebra @f_zebra

実際にはRCICが動いていたことがその後判明するが、この時点ではTAFへの到達時間を同日21:40と評価していた。この頃1号機では実は既に水位がTAFに到達していたと思われるが、これは後の解析による知見である。1号機でも建屋内の放射線量上昇が確認されたのは21:51からだ。

2015-07-26 23:30:26
Flying Zebra @f_zebra

1号機ではしばらく止まっていた(その認識はこの時点ではなかったが)ICが再び動作し、水位、圧力の確認はできないもののまだコントロールしていた。3号機では直流電源が直前まで生きていて、HPCIによる注水が続いていた。

2015-07-26 23:31:57
Flying Zebra @f_zebra

この時点での避難指示は、当時の情報からだけで判断しても明らかに早すぎる。避難の準備には着手すべきだが、実際の避難は必要になるタイミングまで待つべきであった。そのタイミングを決めるべき専門家による助言組織の招集を、安全委員会が行わなかったのがそもそもの間違いだ。

2015-07-26 23:33:39
Flying Zebra @f_zebra

現場では1号機が最も危険な状態であることが判明し、12日0時頃に小型発電機を使ってドライウェル圧力を確認し、0:49に原災法第15条該当事象(格納容器圧力異常上昇)に該当すると判断している。午前4時頃には、放射線量の上がり方から炉心が損傷している可能性が高いと認識した。

2015-07-26 23:35:47
Flying Zebra @f_zebra

12日早朝に避難指示は10km圏まで拡大された。この時点では正門付近のモニタリングポストでの線量率は数μSv/h程度であり、ごく近隣の住民であってもまだ屋内退避の方がリスクは小さい。この時点で現実的な輸送計画もないまま避難を強行したことは、大きな混乱を招いた。

2015-07-26 23:36:52
Flying Zebra @f_zebra

12日以降は1号機のベント、爆発、13日の3号機ベントなどのイベントの度に正門付近の線量率は一時的に数10~数100μSv/hまで上昇するが、すぐに10μSv/h未満に戻っている。継続的に100μSv/hを超えるようになるのは14日深夜以降だ。原因となったのは2号機である。

2015-07-26 23:38:06
Flying Zebra @f_zebra

なお、放出されたプルームは風に乗って移動し、風がなければブラウン運動で拡散するため、放出が継続的ではなく少量が出た後しばらく途絶えるという状態を繰り返している間は、プルーム通過による被曝線量は限定的だ。

2015-07-26 23:38:57

少し補足しておこう。原子炉から放出されるプルームにも主に気体成分のものと、固体成分が水滴などに乗って構成されるものがある。ウェットベントで放出されるプルームは水を潜らせて固体成分がほぼ取り除かれているため気体成分がメインで、通過時には線量が高くなるが沈着はせず、通過した後は速やかに線量が下がる。一方降下物として沈着し、その場所の線量率のベースを上げてしまうのはセシウムなど固体成分を含むプルームだ。その多くは、ベントによらない格納容器気相部からの直接漏洩で放出された。

Flying Zebra @f_zebra

もし準備を整えつつ避難の実施をこのタイミングまで待っていれば、丸3日近く準備に使えたことになる。病院や高齢者介護施設の入所者が避難の混乱の中で60名ほども命を失うような悲劇は、避けられた可能性が高い。避難に丸1日程度掛かったとして、被曝線量は一番高い人でも数mSvまでだろう。

2015-07-26 23:40:35

後で訂正されているが、以下で避難区域が30kmまで拡大したというのは私の勘違いで、実際は20kmまで。

Flying Zebra @f_zebra

また、避難区域は後に30kmまで拡大されたが、これもやり過ぎ、つまり結果的にリスクを高めてしまっているだろう。事故プラントからの大量放出が収束した後は線量は自然に下がるし、除染によってそれを早めることもできる。一番高い時の線量がずっと続くと仮定するのは明らかに過大だ。

2015-07-26 23:42:02
Flying Zebra @f_zebra

ただ、当時は「これから先は大規模な放出が起きることはない」という判断は困難だった。科学的には判断の根拠が揃っていたが、政治的な判断はまた別の話だ。とは言え、20km~30km圏の指定解除は数ヶ月以内には十分できたはずであり、するべきだったと思う。

2015-07-26 23:43:04
Flying Zebra @f_zebra

自主的な避難については妨げる必要はないが、強制避難によるコミュニティや生活インフラの崩壊を考慮すれば、当該地域の住民の健康という1点に絞って考えても強制避難のデメリットは追加被曝のデメリットを大きく上回るだろう。

2015-07-26 23:44:09
Flying Zebra @f_zebra

これは後知恵ではあるが、チェルノブイリ事故の教訓として、大規模避難によるデメリットがそれ以前に考えられていたよりも遙かに大きく、多くの場合被曝によるデメリットを上回ることは2000年頃、特に2006年のWHO報告書以降はよく知られていた。残念ながら、この教訓は活かされなかった。

2015-07-26 23:45:20
Flying Zebra @f_zebra

尤も、インフラが寸断した中で生活を維持するのは数日間であっても容易ではない。家が被災するなどして既に避難所にいる人は予め圏外の避難所に移動してもらうなどの工夫も必要だろう。

2015-07-26 23:45:59
Flying Zebra @f_zebra

なお、避難区域の指定を風向きなどを考慮せず単純に同心円で決めたことを批判する向きもあるが、私はこの判断は妥当だと思う。気象データからプルームの動態を正確に判断するのは簡単ではないし、時間も掛かる。リソースが極めて限られる緊急時には複雑な意思決定はできない。

2015-07-26 23:49:40
Flying Zebra @f_zebra

同心円で半径ごとにいくつかのパターンを決めておけば事前に大まかな人数や避難経路を想定しておくこともやりやすいし、事前の備えがない場合でも迅速な意思決定が可能だ。

2015-07-26 23:51:27
Flying Zebra @f_zebra

避難区域指定の解除については時間的余裕もあるので線量率や除染の効果などを見極めつつ同心円に拘ることなく柔軟に範囲を決めてゆけばよいが、避難指示を出す場合は誰もが理解できる単純明瞭な決め方でなければ前に進まないだろう。

2015-07-26 23:53:11
Flying Zebra @f_zebra

災害のうち、大雨による河川氾濫や地滑り、台風など暴風雨災害は数日前から備えることができるが、地震などは事前に探知できたとしても対処できる時間は非常に短い。発電所や化学プラントの事故についても場所の特定はできるが、起きるタイミングは予測できない。

2015-07-26 23:54:50
Flying Zebra @f_zebra

様々パターンを事前に想定して対策を考え、定期的な防災訓練などで周知と定着を計ることは非常に大切だ。それだけでなく、全てを想定することはできない、つまり事前に想定できないような災害に見舞われる可能性も常にある事を理解しておく必要がある。

2015-07-26 23:55:35
Flying Zebra @f_zebra

防災分野でも様々な専門家がいるが、彼らは全く想定外の事態においても、私たち素人よりは確実に的確かつ合理的な判断ができ、結果的に総合的な被害の期待値、つまりリスクを低く抑えることができる。非常時にはいかに適切な専門家のアドバイスを得るかが結果を大きく左右する。

2015-07-26 23:57:07
Flying Zebra @f_zebra

あらゆる分野に精通した専門家というのはいない。しかし、あらゆる分野について「これについてはこの人に聞く」というリストを用意し、日々更新してメンテナンスしておくことは可能だ。真っ当な国の立法機関(大統領府や政権与党)ならもっていて然るべきだが、わが国はどうだろうか。

2015-07-26 23:58:38