WarThunder書き下ろし小説

【デス・モーメント・メイズ】
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天川 @amakawa_san

【デス・モーメント・メイズ】

2017-01-06 14:48:58
天川 @amakawa_san

意識が戻ったとき、俺はいつもエンジンの音に包まれながら、狭いコクピットの中にいる。 習慣になった手つきでスロットルをWEP(戦時緊急出力)に上げ、三式戦闘機「飛燕」を上昇させた。 周囲に目を向けると、同じように上昇する機体が無数にある。 俺は今日の搭乗割りに目を移した。1

2017-01-06 14:49:35
天川 @amakawa_san

この戦場は控えめに言っても混沌だ。 あらゆる国籍の航空機が入り交じっている。 F4F。ずんぐりとした機体だ。 スピットファイア。米粒を叩いて伸ばしたような主翼。 Bf 109。とってつけたような尾翼。普通これらを一瞬で見分けることは難しいだろう。2

2017-01-06 14:49:54
天川 @amakawa_san

いや、エキスパートと呼ばれる搭乗員でさえ、この戦場では敵味方の区別がつかない。 実際に同士討ちも頻繁に起きているし、事故に見せかけて味方を撃つ輩までいると聞く。 しかし、俺は違う。 出家宗男(でいえむねお)は、敵と味方を完全に見分ける眼を持っていた。3

2017-01-06 14:50:03
天川 @amakawa_san

目がいい搭乗員は五万といるが、その中でも俺は飛び抜けていると自覚している。 敵からは燃えるような赤の波動を、味方からは空のような青の波動が視えていた。 俺の眼は他人とは違う。 この眼のおかげで、俺はこの混沌を生き抜いてきた。4

2017-01-06 14:50:15
天川 @amakawa_san

(しかし、味方の爆撃機が少なすぎるな…) 搭乗割りを見たが、その殆どは戦闘機で構成されていて、爆撃機はたったの1機だった。 地上攻撃任務だと聞いていたのだが、これはどういうことだ? 搭乗割りの右半分に目を移すと、爆撃機は9機参加していることがわかる。5

2017-01-06 14:50:28
天川 @amakawa_san

右半分には、敵の搭乗割りが書かれている。 どうやって調べたのかはわからないが、かなり正確に敵の構成が記載されている。 これは過去の経験から信頼できる情報だ。 つまり、戦闘機の目標はこの9機の爆撃機の撃墜にある。 俺は無線で味方に呼びかけた。6

2017-01-06 14:50:37
天川 @amakawa_san

無線の呼びかけに応じた機体は無かった。 敵も味方も多国籍の戦場では、言語も多彩であり、日本語で意思疎通を取るのは不可能に近かった。 いつものことだ。 この瞬間にも、隣で上昇していた機体が次々と降下していった。 (始まったらしいな…)7

2017-01-06 14:50:49
天川 @amakawa_san

味方は次々と、地上スレスレを飛ぶ爆撃機に殺到していた。 明らかな囮。 先行して低高度にこちらの戦闘機を集めることで、より高空を飛ぶ爆撃機の安全を確保しようというのだ。 その策は成功しているといっていい。 周囲に味方戦闘機の姿はなかった。爆撃機の行く手を阻むのは、この飛燕だけだ。8

2017-01-06 14:51:02
天川 @amakawa_san

幸いにも、敵の護衛戦闘機は2機だけだった。 敵と味方の総数は互角なので、敵の殆どが爆撃機で構成されている現状、こちらの戦闘機は自由に動ける。 囮により数の有利は失われたが、敵の戦闘機を分断出来ればやれないことはない。 補足した機体名はYakと三式戦闘機──つまり飛燕だった。9

2017-01-06 14:52:19
天川 @amakawa_san

俺は右に舵を切り、赤の波動を出す飛燕に対して横を向けた。 狙いは飛燕だ。 Yakから遠ざかりつつ、赤の飛燕1機に誘いをかける。 敵が2機ともこちらに来るなら、分の悪い正面から撃ち合いになる。 しかし、飛燕同士の一騎打ちなら、絶対に負けない自信があった。10

2017-01-06 14:52:31
天川 @amakawa_san

誘いはうまくいったようだ。 赤の飛燕が爆撃機の護衛を離れ、機首をこちらに向けた。 (それでいい!) 俺はただまっすぐ飛び、赤の飛燕が攻撃に入る間合いを待つ。 ──そして、間合いに入る直前、進路はそのままに機体を180度横転させた。11

2017-01-06 14:52:44
天川 @amakawa_san

射撃体勢に入っていた赤の飛燕は一瞬反応が遅れた。 俺はそのまま機体を地面へ向け急降下させる。 赤の飛燕も追従しようとするが、横転している間に射撃の間合いを通り過ぎる。 次の瞬間、赤の飛燕の直上に、出家宗男の駆る飛燕の姿があった。 急降下からそのままループに移っていたのだ。12

2017-01-06 14:53:03
天川 @amakawa_san

赤の飛燕はこちらを完全に見失い無防備だった。 スプリットSという機動により、俺は攻撃をかわしただけでなく、攻守を完全に入れ替えることに成功した。 急激な機動でも敵を見失わなかったのは、この眼のおかげだ。 どれだけ強烈なGを受けても、敵のいる方向を視ることが出来た。13

2017-01-06 14:53:13
天川 @amakawa_san

(落ちろ) 4挺の機銃による攻撃が赤の飛燕に吸い込まれ、鈍い炸裂音が頭に響く。 ──視界がぐるぐる回っている。 それは、榴弾による炸裂音。飛燕の断末魔の叫びだった。 撃たれた。そう認識した瞬間、もう1機の戦闘機、20mm機関砲を搭載したYakの姿を視た気がした。14

2017-01-06 14:54:28
天川 @amakawa_san

薄れゆく意識の中、あるのは激しい怒りだった。 こんな興ざめな終わりがあっていいのか? 一矢報いてやろうとするが、機銃から弾は出てこない。 それどころか、体が動いているかさえ怪しい。 敵の位置はとうにわからない。何も見えない。 ──俺の眼は、まだソコにハマっているのだろうか?15

2017-01-06 14:54:37
天川 @amakawa_san

意識が戻ったとき、俺はいつもエンジンの音に包まれながら、狭いコクピットの中にいる。 習慣になった手つきでスロットルをWEP(戦時緊急出力)に上げ、三式戦闘機「飛燕」を上昇させた。 周囲に目を向けると、同じように上昇する機体が無数にある。 同じような風景、同じような日常。16

2017-01-06 14:54:48
天川 @amakawa_san

男の名前は出家宗男(でいえむねお)。 幾度も撃墜されながら生還し、けれども救済されないから諦観する。 これは、決して終わらない戦場に囚われた男の物語。 また幾度目かの戦場の火蓋が、切って落とされた──。17【完】

2017-01-06 14:54:57