暴力、そして表現の自由に関するいくつかの対話
このエントリにhttp://bit.ly/bt178m こんなブコメがつきまくる「はてな民」に絶望した!お前ら「他人の立場になって考える」機能をアンインストールしたのか?
2010-03-20 22:54:48というかさ、お前ら本当は「表現の自由」なんてどうでもいいんじゃないのか?自分がいかに賢くて理性的な人間であるかをアピールしたいだけで。
2010-03-20 23:01:36僕は純粋な「理性」なんてものを信じない。世の中で「理性」だといわれているものは、人間が長年積み重ねてきた「感情の歴史」を形にしたものにすぎない。
2010-03-20 23:05:32人間の理性や悟性がすべからく後天的であり信用ならないからこそ、僕はあらゆる創作は無条件で守られるべきだと思う。なぜなら、フィクションによって表現しようという動機は、常に「(生来的な)感情をコントロールし、理解し、発散あるいは昇華しよう」点に根ざすと思うから。
2010-03-20 23:12:48「すべての創作は守られるべき」と、俯瞰者としての僕は思う。その一方で、ひとりの人間として、自分やその大事な人を傷つけたり不快にしたりするような創作は、消えてなくなってもらいたい、とも考えずにはいられないのだ。
2010-03-20 23:15:53もし自分が規制を是とする場合があるとすれば、それは実在個人をあからさまにモデルとしながら、そのキャラクターを陵辱するような表現を採った場合だろう、と思う。そうした場合に、現行の法律が有効に機能しうるのかどうか、不勉強にして僕にはわからないけれど。
2010-03-20 23:17:14「もし当事者となった場合に自分がどう思うか」ということを想定しながら物事を判断するのは、最低限の想像力だろうと思うし、そこを踏まえて思考出来ない人と語り合いたいとは思わないけれど。
2010-03-20 23:19:10そして同様に、「当事者」というくくりを拡大解釈するような「想像力豊かすぎる」人とも、また語り合いたいとは思わない。もちろん必要があればそうするにやぶさかではないけれど、どうしてもその場合は、その人の自意識の範囲について確認するところから始めることになるだろう、と思う。
2010-03-20 23:21:08RT @Southend もし自分が規制を是とする場合があるとすれば、それは実在個人をあからさまにモデルとしながら、そのキャラクターを陵辱するような表現を採った場合だろう、と思う。そうした場合に、現行の法律が有効に機能しうるのかどうか、不勉強にして僕にはわからないけれど。
2010-03-20 23:22:32現実には、「その人をモデルにしたわけではないけれど、『これは私のことじゃないか!』と誰かに思われてしまうような表現」というのも当然出てくるわけで、そういう場合に「あなたのことじゃないから、あなたが勝手に傷ついてください」と言ってしまって良いのかどうか……そういう線引きは難しい。
2010-03-20 23:26:06藁人形に五寸釘を打つ行為を規制するのはナンセンスだろうと思う。たとえその行為に明確な悪意があったとしても。しかし、その藁人形の顔に誰かの写真が張り付けられていたら? 写真ではなく似顔絵なら? 笑い話になりそうだけど、その似顔絵が決して似ていなかったら? そうした仮定に、僕は悩む。
2010-03-20 23:27:47@Mahal 教科書に載ってるような系統の風刺漫画が、たとえ公人相手であっても「特定個人の尊厳を損なっている!」という申告(親告)によって掣肘されるような社会が、果たして健全かというのは判断の分かれるところかもしれません。
2010-03-20 23:29:55ペンは剣よりも強い。だからこそ、それを振るう側に自制心が必要だ……という筋で言えば、「表現の自由」が必ずしも無制限であってよいか、という点は議論の余地が十分あると思う。ただ、例の条例に関してのみ言えば、その筋で考えても明らかに権力の濫用(につながりうる)と思う。
2010-03-20 23:33:27そういう意味でもそうでなくとも、このエントリに過剰反応するのはナイーブすぎる(あるいは鈍感すぎる)だろう、とは思う。まぁ、タイトルに釣られている人が多いんだろうという推測も立つけれど。:被害者はいないという大きな男の人たちへ -... http://bit.ly/9Otkby
2010-03-20 23:37:55続きのエントリが上がってた。こういうスタンスは判断が分かれるだろうなあ。僕自身、諧謔味がある(もしくは韜晦している)と判断するか、釣り色が強すぎる判断するか、迷うところ。:言いたいことは石原さんに言ったらどうだ。 - はてこはだ... http://bit.ly/bGX99T
2010-03-20 23:53:31@fujipon2 あの記事主の女性がなんであんなに周りに腕力勝負に出たがるのか、そこが理解しにくかったんでそこらが記事に共感を阻む壁になってるかなぁと感じたです。腕力差を推し量る視点に自分が縛られてるような気がします。
2010-03-20 23:18:46@2ku2ku 僕はいままでに複数の女性から、「男の腕力への恐怖」の話を聞いたことがあったので、過剰反応しているのかもしれません。僕自身、腕力に自信が持てない男なので、「自分に暴力の矛先が向いたときの恐怖」を抱き続けていることもあるのですが。
2010-03-20 23:33:28若干ズレちゃうかもしれませんが、この『グラン・トリノ』の感想を読んでいただければ、僕の「潜在的な暴力への恐怖」が伝わるのではないか(というか、伝わってほしい)と思います。 http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20090426#p1
2010-03-20 23:35:45RT @fujipon2: 若干ズレちゃうかもしれませんが、この『グラン・トリノ』の感想を読んでいただければ、僕の「潜在的な暴力への恐怖」が伝わるのではないか(というか、伝わってほしい)と思いま http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20090426#p1
2010-03-20 23:40:03校正後→こうした恐怖感は踏まえた上で、「ではなぜ彼ら(描き手と受け手)はそうした不条理でどうしようもない感情と、その結果としての行為(例えば殺人・暴力・そして性的暴行、等)を表現し、そして受容/需要しなければならなかったのか」を想像することも、同時に考えられて良いのでは、と。
2010-03-20 23:59:05@fujipon2 俺も暴力の矛先向けられた恐怖を体験してるので自分より強い腕力に対する恐れは理解出来ます。ただあの記事主は自分も腕力で勝てた時期があり、その時は恐怖を与えた側だったわけだが、女性も加害者になれた事実はどう捉えるのか気になるところです。
2010-03-20 23:41:42@2ku2ku 仰るとおりです。彼女も「腕力を行使していた時期があった」。でも、子供って、とりあえず腕相撲取っちゃう生き物ですし、子供が喧嘩で負けることと、大人が圧倒的な暴力をふるわれることには、大きな違いがあると思うんですよ。
2010-03-20 23:44:51そして、暴力に対して、「襲ってきても追い払える」というレベルの腕力バランスと、抵抗しようがない、という状況では、日常でのプレッシャーは大きく異なると思うんです。
2010-03-20 23:47:32