- USAGI_koTENGU
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以前にも、親に内緒で出かけたことがあった。ネコネコカワイイのライブ。でも、あの時は行き先をごまかしただけ。「出かける許可」はもらっていた。今夜の誘いはその上を行く。ムギコの両親は、暴動の収束を見守った疲れからすでに就寝した。今度こそ、本当に、両親の同意なく家を出ることになる。 8
2017-01-19 01:33:15(朝までに戻るっていうけど、またカヨ=チャンのお兄さんの車で送ってもらうの?)ムギコは悩みながら、部屋の隅を振り返り、今度はしっかりと目を据えた。空のえさ皿のそば、古びたザブトンの上にフォトスタンドがあった。中には、彼女の腕に抱かれた、ミニバイオ水牛の写真が収められている。 9
2017-01-19 01:36:54……モウタロウとは、ムギコがもっと幼かった頃、マルノウチ・スゴイタカイビルの前で出会った。家に連れ帰ると、母から「小さな生き物は飼うのが難しい」と言われた。同じバイオ水牛でも、大きさが違えば寿命も違う。「最後までちゃんと面倒見られるかしら?」 10
2017-01-19 01:39:20ムギコは何も考えずに頷いた。その時、腕の中でモウンと鳴いたので、モウタロウと名付けた。……時が経ち、ムギコは成長し、モウタロウは老いた。大きさが違えば寿命も違う。この冬に入ってから、モウタロウはザブトンを離れることが少なくなった。食が細くなり、起きている時間が短くなった。 11
2017-01-19 01:42:40両親とともにムギコが見守る中、ザブトンに横たわり、恐ろしい喘ぎに横腹を上下させていたモウタロウは、ムギコを潤んだ目で見上げて、一声鳴いた。……そして、二度と目を閉じなかった。 13
2017-01-19 01:48:18ムギコは泣いた。わけもわからず泣いた。モウタロウの死は、彼女が生まれて始めて接した「死」だった。幼いニューロンの処理スケールを超えた事象に、ムギコはただ泣くことしかできなかった。 14
2017-01-19 01:51:16一緒に暮らした数年間、ムギコとモウタロウには様々なことがあった。楽しいことばかりではなかった。辛いこと、悲しいこと、やりきれないこと。そういうことがあると、ムギコはモウタロウを抱きしめた。 15
2017-01-19 01:54:12そんな時モウタロウは(驚いて失禁することもあったが)、ムギコのしめった顔を舐めて、モウンとだけ鳴いた。すると、ムギコの胸にあったかいものが溢れて、彼女もモウタロウのしめった鼻先にキスをして、笑うのだった。 16
2017-01-19 01:57:16そのモウタロウはもういない。……「死」からの論理的フィードバック、寂しさは、ほとんど物理的な確かさで、ここ一月の間ムギコを圧迫していた。そのことを話したから、カヨ=チャンは誘ってくれたのかな。でも前みたいなわけにはいかないよ。あの時はモウタロウが一緒だった。 17
2017-01-19 02:00:12……そこまで考えて、ふと、ムギコは思った。(もしかして、みんなもこんなこと、考えてるのかな。お父さんも、お母さんも、おじいちゃんも、みんな、自分だけで考えて、それで……)ムギコはおもむろに振り返り、眼下に広がるネオサイタマの夜景、その眠るような輝きをじっと眺めた。 19
2017-01-19 02:06:11(カヨ=チャンも、学校の先生も、テレビで見たドゲザマートの女の人も、ネコチャンとカワイイコも……この街のみんなが、誰かが言うのをただ聞くのじゃなくて、自分で考えて、自分だけで決めて……そうして、いろんなことをしているの?ずっとそうしてきたの?これからも……そうしていくの?) 20
2017-01-19 02:09:12ムギコはその瞬間、【魂】に不思議な活力がみなぎるのを感じた。彼女は、眼下に広がる無数の輝きの中に、人間の苦闘と勇気とを見た。無限の時を通して果てしなく流れていく人間の姿……彼女とともにある者たちや、それ以外の魂あるものたちの、選択と結果の連なりを見た。 21
2017-01-19 02:12:10それは、失敗と喪失からくる後悔、そして改善の勇気によって敷き詰められた道だった。暗い空に浮かぶひときわ大きな輝き、あの不思議な黄金立方体に照らされた、輝く道であった。ムギコはその途上にあり、彼女の後ろにも、彼女の前にも、黄金の道は果てしなく続いていた。 22
2017-01-19 02:15:16……"少女"はケータイIRCを操作し、友人にメッセージを送った。素早く防寒着に着替え、こっそりと廊下を進み、お気に入りの汚染よけハイカットブーツを履いて、そっと玄関の扉を開る。音もなく出ていく彼女の背中を、両親の設置したセキュリティカメラと、物言わぬ遺影が見送っていた。 23
2017-01-19 02:18:20