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『AをさせたいならBと言え』からの「身体感覚」

『AをさせたいならBと言え』を読んで感じた「身体感覚」について連続ツイートしました。そのつぶやきをまとめた物です。
身体感覚 教育 aさせたいならbと言え
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h_komuro @h_komuro
拝読しました。実に良書でした。ご紹介いただき感謝します。 RT @meiji_tosho: 新刊『改訂新版 続・AさせたいならBと言え―教師の言葉が生きる瞬間―』(岩下修著)… http://ow.ly/3Oypk
h_komuro @h_komuro
『改訂新版 続・AさせたいならBと言え―教師の言葉が生きる瞬間―』の感想を述べたいのですが、語り出すと連続ツイートになってしまいそうで逡巡しています。一日二日ほどおいて、頭の中を整理してからつぶやくことにします。
h_komuro @h_komuro
頭の中を整理してもなお連続ツイートになる可能性は否定できませんが(笑)。
h_komuro @h_komuro
昨日読み終えた岩下修氏の新刊『改訂新版 続・AさせたいならBと言え ―教師の言葉が生きる瞬間―』。この一冊から考えたことがあり、それを今晩つぶやきます。メインのテーマは「身体感覚」。教育における身体感覚の役割について考察します。
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小説家の高橋源一郎さんが不定期に開催している「午前0時の小説ラジオ」のイメージでつぶやいていきますが、リプライがあれば(2WAY授業のように)やり取りを行うかもしれません。そのあたりは行き当たりばったりでいきます。
h_komuro @h_komuro
スタートは午前0時。1時間ほどを予定していますが、どう転がるかわかりません。興味のある方は覗いていただければ幸いです。
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まもなく、『改訂新版 続・AさせたいならBと言え ―教師の言葉が生きる瞬間―』から考える「身体感覚」の話をします。連続ツイート、お許しください。
h_komuro @h_komuro
《『改訂新版 続・AさせたいならBと言え ―教師の言葉が生きる瞬間―』からの「身体感覚」1》日付が変わって、一昨日、小学校教師の岩下修氏が書かれた表題のタイトルの本を読みました。タイトルから受けた第一印象と、まったく違う読後感を受けたのです。
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《「身体感覚」2》タイトルを見れば、子供へストレートに指示をしてはいけないように受け止められます。「勉強しろ」「静かにしろ」「集中しろ」とそのまま言わない工夫・方法論が書いてあるのだと期待します。
h_komuro @h_komuro
《身体感覚3》そんな第一印象に反して、本書は単純な方法論を述べたものではありませんでした。どちらかというと、教師がとるべき哲学をまとめたもので、保護者の方も活用可能ですし、場合によってはビジネスシーンにも応用できそうです。
h_komuro @h_komuro
《身体感覚4》今日は、本書から身体感覚について語りたいのですが、導入として「AさせたいならBと言え」の肝の部分を引用します。
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《身体感覚5》引用「原則1 AさせたいならBと言え…Aのことをさせたいときは、させたいことをそのまま言葉に出して言うのではなく、聞き手が「おや? はて? なるほど!」と思えるような、ひねりの利いたBの言葉を使うとよい。」
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《身体感覚6》引用「原則2 効果的なBの言葉をつくるには「ゆれのないモノ」を挿入せよ…言葉の中に、「ゆれのないモノ」(物・場所・数・音・色)を挿入することにより、効果的なBの言葉をつくることができる。」
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《身体感覚7》これは冒頭からの引用です。肝を端的にまとめたのだろうと解釈します。ところが、その後の文章が驚きの内容です。
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《身体感覚8》引用「原則1や2を念頭に、「子供の心を動かす言葉」を作り出したとする。ところが、その言葉を同じ私が言ったとしても、その状況(内的・外的)によって言葉の持つ力が変わったりする。ましてや、…」
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《身体感覚9》「言葉を発するる人が違えば、内容は同じでも、伝わり方は、まったく違ってしまう。これは、私の原則の限界だ。つまり、私の原則は、言葉の内容だけに注目して、その場の状況や、関係、環境等、または、言葉を発する人間の身体についての考察がほとんどなされていなかったのである。」
h_komuro @h_komuro
《身体感覚10》著者の岩下氏は、自分の原則の限界を認めた上で、その解決策を身体感覚に求めます。後に続く本文で、限界を越えるための取り組みを語っています。今晩は、視覚、空気感覚、皮膚感覚を中心に考察していきます。
h_komuro @h_komuro
《身体感覚11》岩下氏は「新しい子供たちを持つと、私は、「じっと見ること、じっと聞くこと」をまず第一に指導したくなる」と語っています。生徒から矢線が外に伸びる働きかけです。
h_komuro @h_komuro
《身体感覚12》一方、先生から子供に向けた視覚も重視しています。卒業式の練習で、岩下氏が卒業証書を手渡すとき、子供たちが自分を見る目に鮮烈な印象を感じたというのです。
h_komuro @h_komuro
《身体感覚13》引用「見ていたけど、つまりは、目をかけていなかったのである。…中略…練習の後、廊下ですれちがう隣のクラスの子たちの顔が、違って見えた。一人一人の顔が、いつもよりはっきりと、私の目にとびこんできた。子供たちの目にも、前とは違う私の姿があったに違いない。」
h_komuro @h_komuro
《身体感覚14》岩下氏は「手あかのついたような言葉では、子供の心は動かない」と喝破します。清掃道具を手に掃除の連絡。本棚の前で本整理の注意。これらも資格を活かした指示です。真似のしやすい方法論です。
h_komuro @h_komuro
《身体感覚15》言葉はブレが生じます。受け取り手に解釈の余地があります。冒頭に引用した原則の限界につながります。その点でも視界情報の意味があります。視覚情報を付加すれば事足りるのではありません。
h_komuro @h_komuro
《身体感覚16》子供に限らず人間は快・不快で判断しがちです。授業や集会の場面でいかに視界に訴えようとも、近接距離にあるモノが快を与えていれば、その他は景色になってしまいます。先生の発する視覚情報は無駄になってしまいます。
h_komuro @h_komuro
《身体感覚17》まずは子供たちを見ることから始める必要があります。意識が何に向かっているか観察しなければなりません。岩下氏は次のように述べています。
h_komuro @h_komuro
《身体感覚18》引用「子供を見る力とは、子供の外面をもとに、子供から生み出されている「知」や「意」を知覚したり、イメージする力だ。このような知覚力、イメージ喚起力を身につけるために必要なのは第一に、「知」や「意」を精一杯表出している子供たちに触れることである。」
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