神霊スワツチヒメ
『それ』がいつからあったものか、誰も知らない。けれどそこに人が住み、生き、死んでゆく中で、少しずつ『それ』は膨らみ、折り重なり、澱んでいった。
2011-09-30 22:13:37殊に『それ』に強く惹かれたのは、人の死であった。生を全うしたことへの満足ではなく、思いを果たせぬまま、十分に生きることのできぬままに果てた人の終わり。潰えた命。その多くは戦いに寄って生まれたものであり、同じ人の手に寄って奪われた命だった。
2011-09-30 22:15:19多くの争いがあった。人々はいくつもの集団に分かれ、争い、殺し合った。そして長い長い争いが何度も繰り返され、多くの死が積み重なっていった。『それ』はもう意志を持たぬものではなかった。
2011-09-30 22:16:32『それ』はいつしか祟りと呼ばれた。形なき祟りを、人々は怖れ、避け、けれど避け得ぬ事を知ると、『それ』を祀るようになった。どうか我らに災いの振りかかることの無きようにと。祟りを祀るために『それ』の象徴として選ばれたのは、石と樹であった。
2011-09-30 22:18:03永い年月が過ぎた。祟りは多くの人々に信じられ広まった。災いが起きれば時の為政者が祟りを蔑にしたのだと怖れられた。平和な時代であれば、祟りが暴れぬよう祀って崇めているからだと怖れられた。
2011-09-30 22:19:43祟りを鎮めるため、いくつもの祭礼がおこなわれた。祟りは恐ろしいものであり、災いをもたらす。つまり祟りは血と贄を好むものとされた。祟りの元へ、多くの贄が捧げられた。
2011-09-30 22:21:06その中に一人の娘が居た。集落の長が下女に産ませた娘であり、生まれながらに言葉を喋れず、働き手としても不十分とされた娘だ。知恵の足りぬ娘は、しかし祟りを祀るための祭礼の巫としては相応しい。祟りとは言葉を持たぬものであるからだ。
2011-09-30 22:25:01娘は殺され、祟りへと捧げられた。そしてまた、長い年月が過ぎた。祟りはずっとそこにあり、繁栄と滅亡を繰り返す人々の営みを見続けていた。
2011-09-30 22:26:03都と呼ばれる場所で政変が起き、追放された一族がやって来た時も。鉄をつくる国から追い出された戦の神が、流れ着いた時も。
2011-09-30 22:27:48いつしか祟りは忘れられ、けれどじっと其処にいた。かつて自分だったものが、土着の神として祀られたことも知っている。八坂の神風を振るう軍神が、湖のそばに鎮座ましましたことも知っている。
2011-09-30 22:29:02それでも祟りは其処にいた。自分が何であったのかも、もう良く分からずにいた。もう何百年も、祟りは祟りであることを忘れられ、祟りとして機能した覚えもない。おぼろに歪むその姿は、かつて捧げられた一人の娘に良く似ていた。
2011-09-30 22:31:18「確かに私はかつてひとであったものだ。穢れを厭う人の恐れが祟りをつくり、その祟りを崇め、怖れ、祀るために命を捧げた。災いは私の仕業とされ、それを納めるためにまた贄が捧げられた。幾千幾万の死が、私となった」
2011-09-30 22:33:22「そして今、私は私であったことも忘れられた。かつてひとであったことも、ひとでなかったことも。ミジャグジと呼ばれたことも、祀られたことも」
2011-09-30 22:35:13「そう呼ばれた神はここにはいない。どこにもいない。全て消えてしまった。はじめから神などいなかった。ここに住む者たちが私を神にし、また神ではなくしたのだ。私は初めから何ものぞまない。ただ、ここに居ただけだ」
2011-09-30 22:36:09「だがお前は私を見た。私を見つけた。お前の求めるものが私であるのか、お前の祀るべきものが私であるのか、私には分からない。……だが、お前は私の名を呼ぶ。私を祀るという。」
2011-09-30 22:38:38……というような展開だったら良かったんじゃねえかなと思ったり思わなかったり。コトワリとかややこしく考えるからアレで、新しく神様を見出し一つの神族を興すってのはそれで良いんじゃねとかなんとか。
2011-09-30 22:41:52