【白鯨-mobby dick-】 ♯3-1

楓君の苦難
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葛葵中将 @katsuragi_rivea

ーーーーーーー・・・ザ・・・ ノイズが混じり、目に映ることはない波を音声として受信したことを認めた望月は、 多少の軍規違反は数え切れないほど犯していると豪語していた小憎たらしい彼女の顔を思い浮かべ、 「ま、恩に着るよ」と届くはずのない感謝の言葉を口にした。

2017-02-27 22:42:06
葛葵中将 @katsuragi_rivea

…その動く顎の下、衣服の隙間にしがみつくように顔を出す小人たちの姿があった。 通信妖精たちが自らの姿を具現し、互いの顔を見合わせる 顔の構造が人のそれより単純であるはずの彼女たちの表情は、 いつになく曇り、狼狽していた。

2017-02-27 22:43:11
葛葵中将 @katsuragi_rivea

流れてくる通信の声に耳を傾けながら、 その存在の影が 恐怖と混乱を携えて刻々と迫ってきているという事実にいち早く気付いたのは… 彼女たちに、他ならない。

2017-02-27 22:45:01
葛葵中将 @katsuragi_rivea

ーーーーーこちら・・華・国当局・・海上保安部! 応答・・し!・・目標、依然として・・・高々度を滞空飛行、南下している 向っているのは日本国と思われ・・・・る・・・・

2017-02-27 22:46:12
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「〇九〇〇、演習開始。それと同時に試製EMALSを起動。この時点で観測された稼働負荷はおおよそ89.2%。 想定されていた艤装にかかる負荷よりも17.7%増加の傾向が見られた。」

2017-02-27 22:49:27
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「EMALSの素材に使用されている部品、ここだ。 フライホイール周りに電流が流れた際の抵抗の値が大きかったためと思われる。圧力上昇値に乱れが生じた」 静寂に包まれる室内。白衣の女性は表情を変えずに言葉を発した。

2017-02-27 22:50:34
葛葵中将 @katsuragi_rivea

低いトーンで淡々と述べる彼女の佇まいはいわゆる理系の研究員。 その姿に二つの視線が注がれる。 夕張と明石は先の実験演習終了後、航空母艦翔鶴に収容された新型機体の回収を行った後、 件の実験に考案の段階から関与する彼女と合流し、その淡々と述べられる結果に真摯に耳を傾けていた。

2017-02-27 22:51:49
葛葵中将 @katsuragi_rivea

彼女が伸縮棒で指し示す白いボードに羅列された専門用語の数々は、 機工科に属する者でなければ非常に理解に苦しむであろう横文字と数式、難解な単語。 手にする用紙につらつらとペンを走らせ、 一字一句を聞き逃すまいとする夕張、明石両名の表情は真剣そのもの。

2017-02-27 22:52:51
葛葵中将 @katsuragi_rivea

時折、考えこむように深く首を曲げ、思考の中で解答を得ては了するように頷く。 「航空本部から指摘されていた機体の縮体化による性能劣化、電磁誘導の安定、 その点は私の理論が間違っているわけがあるまい、 随分と彼らには見くびられたものだ。あとで抗議文の一つでも叩き付けるとしよう」

2017-02-27 22:54:09
葛葵中将 @katsuragi_rivea

講義に一段落ついたのか、彼女は話をそこで区切った。 「さて、一番の問題点だが…」 一呼吸おいて首を回すと白衣の女は夕張、明石の後方へと視線を送る

2017-02-27 22:56:22
葛葵中将 @katsuragi_rivea

その先には目を輝かせ講義を聞く二人とは対照的にふてぶてしく紫煙を口から吐き出す葛葵の姿があった。 「何話してるかわかる?」 その隣に腰をかける水無月楓がせわしく耳打ちをしながらひそひそと話しかける様子がうかがえる。 「全然。機械オタク共の話など理解すること自体間違いだ。」

2017-02-27 22:57:45
葛葵中将 @katsuragi_rivea

弛緩しきった態度を示すがごとく、 片手で頬杖をつき明後日の方向に目を向けていることに現れる。 手元付近の灰皿には「束」と表現してもいいほどの吸い殻が突き刺さっていた。 楓ですらもその悪辣な態度を見かねて一切の関心をよせない師匠に白い目を向けた。

2017-02-27 22:59:45
葛葵中将 @katsuragi_rivea

このやり取りももはや百万回も繰り返された恒例行事。 何か文句の一つでもたれようとすると軽くあしらわれて疲労が貯まるだけ、 経験則からその結論を導き出した楓は話題を切り替えた。 「それより、ウチはさ…演習で翔鶴がやったことがなんなのかが気になるんだけど」

2017-02-27 23:01:09
葛葵中将 @katsuragi_rivea

葛葵が肘の下に挟む束ねられた書類、その一番上に重なる用紙には 黒のインクで並べられた文字列の中央には行われた演習の勝敗結果が一際目立って綴られていた。 「正規空母陣営ノ勝利ニテ演習ノ幕ヲ閉ズ」

2017-02-27 23:02:39
葛葵中将 @katsuragi_rivea

闘志を滾らせ、秘策をひねり出し圧倒的な劣勢を覆すかと思われた軽空母陣営であったが、 結果は彼女たちの敗北によって幕を下ろしたことが事実として書き留められていた。

2017-02-27 23:03:47
葛葵中将 @katsuragi_rivea

楓が葛葵に話題を持ちかけたのは…自らが見ていた演習の一部始終。 正規空母組が放った艦載機の熾烈な猛攻から身を守るために軽空母組がとった策は、 飛鷹が編み出した式神による魔力防護壁の展開。

2017-02-27 23:05:06
葛葵中将 @katsuragi_rivea

攻撃的な戦略及び術式を得意とする隼鷹に対して飛鷹はそれと真逆の 守護することを目的とする術を身に着けることに尽力した。 高飛車な性格とは裏腹に、誰かを護るためにその努力を費やした彼女の本心が垣間見える一件となる。

2017-02-27 23:06:10
葛葵中将 @katsuragi_rivea

事実、飛鷹が展開した防護壁の効果は、まさに鉄壁。 通常ならば致命的な損傷判定を避けられない攻撃すらも容易に防いでみせた。 不利な状況を打破する一手に、勝負は五分…あるいは逆転にまでこぎつけるのではないかと誰もが予想した。だが、

2017-02-27 23:07:52
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「艦載機に”桜”を纏うだなんて聞いたことがないよ。ウチも驚いた」 楓が口にしたのは演習終盤にさしかかる時に目にした異彩を放つ光景。 “桜纏い”、身体能力が艤装の許容量の上限に達した艦娘はさらにその限界を踏み越えた領域に足を踏み入れることを可能とする。

2017-02-27 23:09:00
葛葵中将 @katsuragi_rivea

その際に発せられる薄紅色のオーラは"桜"と呼ばれ、 内面に清浄の力を有している。 この世の理から超越した術、異能といった類の力を浄化し、 沈静化、ニュートラルの状態にまで引き戻す。

2017-02-27 23:10:24
葛葵中将 @katsuragi_rivea

原理こそ現代の科学でも解明に至ってはいないが、 桜を纏う艦娘にとってそれは使いようによって強力な武器にもなりえる。 個人差にもよるが通常は自身の体を基として発動し、 身体能力の向上、先に記述した異能殺しなどの恩恵を得られる。

2017-02-27 23:11:42
葛葵中将 @katsuragi_rivea

今回の実験演習の中で航空母艦翔鶴がやってのけた技は対峙していた者、監視していた者、その場に居た全員の度肝を抜く異質なケースとなる。 艦娘の体から離れた兵装、空母たちが扱う艦載機が桜のオーラを纏い、突撃。 飛鷹の張る防護壁へと向かい、その術を”打ち消した”

2017-02-27 23:14:28
葛葵中将 @katsuragi_rivea

前例がまったくもって皆無と言える投じられた一石は、大きな波紋を呼ぶ、 精神を大きく揺さぶられた軽空母たちはそこで万策つきることとなる。 役割を果たせなくなった式神たちは次々に海へと落とされ、陣形は壊滅。

2017-02-27 23:15:08
葛葵中将 @katsuragi_rivea

その隙を青一本の帯を機体後部にマーキングする機体、 二航戦、航空母艦飛龍航空隊所属を示す…彼女自慢の精鋭「友永隊」は見逃さなかった。 連戦に身を投じ磨かれた熟練の搭乗員の操縦技術により、乱れた陣形の合間を潜り抜け、 死角度から翼を翻し忍び寄り、雷撃を放った。

2017-02-27 23:16:00