愛しい景色

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トト@TYA中邪 @glnewto

『陽だまりの街』 大きな戦から、どれ程かの時間が過ぎた頃。 この街はこれからどうなるのだろう。不安げな声も聞こえ始める。 犯人探しは酒の肴に。広場の声音は少し暗く。 出来るだけ、心の色を透明にして、気に掛けていた。 装いの色を、面に乗せる色をせめて明るく努めて、朝を迎えた日。

2017-03-10 04:32:09
トト@TYA中邪 @glnewto

軽やかに扉を叩く音に、小さく驚く。 返事をしてそこを開けると、明るい表情の女性が笑っていた。 恐らく初めて会う人だ。 装いを見るに踊り子さんのようだけれど。 首を傾げていると、彼女は澄んだ声で挨拶をくれた。 用件は、私を呼んでいる人がいるので付いてきて欲しいとの事。

2017-03-10 04:33:12
トト@TYA中邪 @glnewto

予定の無い日だ。彼女について家を出た。 今日は、街の様子が少し違った。 ざわめきの色が異なるのだと辺りを見て気付く。 鮮やかな風船を手に駆けていく子供達。見守る大人達のどちらにも、 喜や楽の色が見える。 広場に大きなテントを見つける。馬車が二台。一つは、移動式の書架だという。

2017-03-10 04:35:05
トト@TYA中邪 @glnewto

「……良い街ね」 歩み進みながら、女性が呟いた。 こくりと頷いて「はい」と答えると、彼女はこちらを振り返った。 「好き?」 短く一言、口元を緩めながら尋ねられた言葉にも、同じ答えを返した。 「そっか」 柔らかな笑顔を一つ、彼女は再び前を向いた。

2017-03-10 04:35:44
トト@TYA中邪 @glnewto

ここを訪れるのは、二度目だろうか。 まだ騒然とする官邸の中を進む。執務室の扉を彼女が叩く。 返事の後、彼女はその扉を開いた。 「連れてきたよ。さあ、どうぞ」 部屋の中の誰かに言い、私を中へ招く。 中は見覚えがある。その奥で杖を突いて立つ紳士に会うのは、これが初めてだ。

2017-03-10 04:38:23
トト@TYA中邪 @glnewto

「じゃあ、私は戻るね」 言うなり踵を返して、彼女は扉を閉めた。 紳士は苦笑を一つ。 「……すまないね。案内は強引じゃなかったかい?」 「い、いえ。そんな事は」 「なら、良かった」 視線を向ける紳士に違和感を覚える。 こちらを向く顔と目が合っている気がしない。不思議な印象だ。

2017-03-10 04:40:13
トト@TYA中邪 @glnewto

「トト・グラニューンさんで、間違いないかな?」 「はい」 「お答えありがとう。……けど、此方の素性は、伏せる事を許して欲しい」 「……一つ、質問しても?」 「答えられる事であれば」 「貴方が、新たな領主殿ですか?」 この部屋にいるという事はと。しかし、彼は首を横に振った。

2017-03-10 04:41:10
トト@TYA中邪 @glnewto

「その名代みたいなものかな。新しくここを治めるのは私じゃない」 その答えに、少し安堵もした。ほんの少しだけ。 「到着にはもう少しだけかかるらしくてね。  その前に、一つ確認を頼まれて、彼女に君を連れてきて貰ったんだ」 紳士の顔から、笑みが消える。

2017-03-10 04:41:52
トト@TYA中邪 @glnewto

「領主を失った事は、その土地に暮らす人々にとって大きな不安だろう。  その一人である君に尋ねるのは、やはり忍びないのだけれど」 前置いて、それでも彼は続ける。 「卿の御遺体が発見される前。  その護衛に、君が手を掛けたのを見たという証言がある」

2017-03-10 04:43:14
トト@TYA中邪 @glnewto

合っていなかった視線が、真っ直ぐ、こちらを見て。 「セプテンモート卿を討ったのは、君か」 端的な質問に。 一つ、息を止めて間を。 「はい」 時の訪れを、受け入れる。 逸れた視線が俯き、やや曇った顔で、紳士は「そうか」と呟いた。

2017-03-10 04:45:14
トト@TYA中邪 @glnewto

「動機を聞かせてもらえるかい?」 当時の胸中をそのまま答えるなら「世界のため」になる。 けれどそれは、言えなかった。 エゴを盾に罪から逃れるように思えて、口に出来ない。 考えるほど、どの答えもそれに該当してしまう。小さく溜息をついた。 「……」 沈黙が、唯一の答えだった。

2017-03-10 04:48:30
トト@TYA中邪 @glnewto

紳士は苦笑する。 「弁明はなし、か。……潔い、って、言うべきなのかな」 これにも答えず、目を伏せた。 沈黙が続くと、彼は一つ「わかった」と言った。

2017-03-10 04:49:12
トト@TYA中邪 @glnewto

「であれば、君の犯したことは大罪だ。  新たな領主から言伝を預かっている。そのまま伝えよう。  『極悪人であれ偽善者であれ、選択の余地はくれてやる。   その命で償うか、   その身の自由で贖うか、   即刻この地を捨てて戻らないと誓うか。お前が選べ』。」

2017-03-10 04:50:35
トト@TYA中邪 @glnewto

意外、だった。問答無用で刑場に送られるのだと思っていた。 こちらの気配に気付いてか、彼は言い添える。 「もう一つ。  『偽善者であるなら、四つ目の選択肢として、   新たな領主に仕える、というのもある』そうだけれど、  君にその気はあるかい?」 目を伏せて考え、視線を上げる。

2017-03-10 04:51:42
トト@TYA中邪 @glnewto

「その方は、皇帝聖印を望む御方ですか?」 「え? ……うーん…………ちょっと、時間を貰えるかい?」 「は、はい」 唸りながら考え込んでしまう様を見て、少し申し訳なく思う。 新領主とこの人との関係性を……今から探ろうとは、思わないけれど。 やがて彼は、言葉を選びながら答え始める。

2017-03-10 04:52:34
トト@TYA中邪 @glnewto

「恐らくは、是だと思うよ。  混沌と世界の在り方について即決する人ではないと思うけれど、  払えるものなら払いたいという気持ちは、あるんじゃないかな」 「……ありがとうございます。ご回答に、感謝します」 「どういたしまして。代弁してしまった形で申し訳ない」

2017-03-10 04:53:33
トト@TYA中邪 @glnewto

「いえ、十分です。  ……であれば、その四つ目の選択肢には応え兼ねます。  私は、その方に仕える事が出来そうにありません」 「……そうか」 少し残念そうな、悲しそうな顔をして呟き、 それから彼は私の答えを静かに待つ。

2017-03-10 04:54:21
トト@TYA中邪 @glnewto

改めて三つの選択肢を頭に置いて、考える。 二つ目は最初から外れていた。 もう一度、箱の中に閉じ込められるのは、嫌だ。 一つ目か、三つ目か。 三つ目の選択肢について考える。 グラニューン夫妻の家を捨て、出て行って、もう二度と帰らない。 その選択が出来るかどうかを。

2017-03-10 04:55:31
トト@TYA中邪 @glnewto

暫く、考える。 出てきた答えは否だった。 本当に何もない……少しだけ物が戻ってきただけの、がらんとした家の中だ。 けれどその中には、まだ残響がある。 二人が残してくれたものがあるから、あの家の中で暮らせていた。 それを自ら捨てる事が、きっと、できない。

2017-03-10 04:56:22
トト@TYA中邪 @glnewto

あのティーカップを、自分から捨てたり売り払ったりできなかったように。 答えは、必然的に決まった。 「この命で、償います」 答えを聞いて、彼は益々表情を曇らせた。 「いいのかい?」 「はい」 迷わずに答えても、彼は尚、何かを言いたげな表情だった。

2017-03-10 04:56:58
トト@TYA中邪 @glnewto

心配なのか憐憫なのか分かり兼ねる。 頭に過ったのは、人々の噂。 「領主は獣に殺された。罪人は見つからないだろう」。そんな話。 首を振る。 「私は、獣ではなく人でいたい。  あなた方が私の罪を暴いたならば、どうか、  人の律の下に裁いては頂けませんか」

2017-03-10 04:57:59
トト@TYA中邪 @glnewto

驚いたように紳士は顔を上げ、悲しそうに、それを押し殺すように笑った。 「人として裁いてくれ、か……。……わかった。  その意向と併せて、新領主に伝えよう」 「ありがとうございます」 深く頭を下げてから、ふと、一つだけ気掛かりな事に行き当たる。

2017-03-10 04:58:57
トト@TYA中邪 @glnewto

……選択肢をくれるような領主に、懇願は、通るだろうか。 「ご相談頂きたい事を、お伝え願えますでしょうか」 「うん? ああ、伝言ぐらいなら。  ……実際に叶うかどうかまで、私には保証し兼ねるけれど……  それでも、よければ。聞くよ」

2017-03-10 04:59:55
トト@TYA中邪 @glnewto

「重ねて、御礼申し上げます。  新たな領主様に、  『刑の執行を表沙汰にしない事が可能であれば、   どうかそのように御取り計らいを』と」 「……。……わかった。私からも、伝えよう」 彼が何を思ったのかは、私の知り得るところではない。 けれど、心遣いは、ありがたく思う。

2017-03-10 05:00:35
トト@TYA中邪 @glnewto

「申し訳ありません……感謝致します」 「……その代り、というわけでもないけれど」 「はい」 「新領主が到着するまで、少し不自由をさせるかもしれない。  そちらも、一目にはつかないようにすると言っていたけれど  ……プライバシーまで侵害するようなことは、ないと、思うから」

2017-03-10 05:01:42