一度記憶レベルで騙されてしまっている少佐としては、博士を疑い出せばきりがない。しかしながらごく素直に与えられたデータに従い、その先にいた桃井母を自分の本当の親であると認識できたのは、単なるお人よしであったからではなく、
2017-04-15 21:16:14少佐にも、真実の記憶と偽の記憶を並べて提示された場合には、どちらが自己にとって固有か識別できる、一種の嗅覚のようなものが備わっていたためと理解するのが自然である。
2017-04-15 21:18:46ここから、人間が人体、ひいては物理的な器を失うことになってなお、同一個人で居られるための最低要素(ゴースト)の、性格に並ぶもう一つの正体が浮かび上がる。それは他者による上書きに最終的には侵食されない固有の記憶であり、これが支える精神面での連続性である。
2017-04-15 23:41:08映画にて描かれた、偽の記憶を埋め込まれた中年男性は、その瞬間記憶を改ざんされる前の中年男性と別な人間になってしまっているか?彼の記憶はハッキングの所為により不自然に断裂し(最終的には固有の記憶を取り戻す能力はあるものの)以前の彼との連続性を欠いている。
2017-04-15 23:41:57しかしこのケースにおいては、双方の中年男性は間違いなく同一個人であると断言できる。なぜなら少佐と違い、電脳化はされているものの体はあくまで人間のままであるこの男性の場合は、記憶を改ざんされる以前と以後において少なくともその器たる肉体レベルでは連続性を保てているためである。
2017-04-15 23:43:41人がある日突然別人格となってしまうことは、事故による記憶喪失などで現実にも起こりうるが、このような症状に見舞われたからといって当人が完全に別の人間になってしまったとは多くの他者は感じない。中身がいくら変わってしまおうと、肉体ベースではあくまで連続した存在だからである。
2017-04-15 22:17:14では少佐の場合はどうか?サイボーグ化された彼女は人間であった頃の彼女(草薙素子)との肉体的な連続性を欠いている。それでも厳密に言えば、脳髄は共通しているのでその意味で物質的なつながりはギリギリ維持できているものの、これさえ捨てて意識体としてネット空間に漂った場合
2017-04-15 22:22:33あるいは一度ネット空間の中継を経て今度こそ完全に無関係な肉体(アンドロイド等)にインストールされた際、その記憶が人為的に改ざんされ連続性を欠いていれば、それはもはや元の存在と変わりない同一個人と呼べるかどうか?
2017-04-15 22:25:19この場合でも、まだ当人の性格(思考回路)は以前のものと共通している。では、この性格はそれ単独で人を同一個人に留める最低限の要素(ゴースト)になりうるか?ここで映画内における少佐と桃井母との関係性に立ち返る。
2017-04-15 22:30:31桃井母は少佐の自分を見つめる目つき(しぐさに現れる性格)に「娘に似ている点」を認めるが、外見的には娘とは人種レベルで異なり、また自分のことを「母」と呼ばない少佐を、娘であるとは当然考えない。少佐は少佐で、次第に桃井こそが自分の母だと感づいていくこととなるが
2017-04-15 22:33:17真実の記憶を取り戻すことができなければ桃井はどこまでいっても赤の他人でしかなく、したがって実は桃井の娘であったとカミングアウトすることも起こりえず、両者が母娘の関係性を回復させることは未来永劫ありえない。ならばこの時、ミラ・キリアン少佐は草薙素子とは完全に別人になってしまっている
2017-04-15 22:37:24ゆえに、身体という物理的な器を剥ぎ取られてなお、人が以前の自分と変わらぬ最低限の要素(ゴースト)としては、性格(思考回路)だけでは不十分で、本人に固有の記憶もが必要であると考えられる。
2017-04-15 22:52:39ならば「ゴースト・イン・ザ・シェル」のように、肉体の取替えも、ネット空間内において精神体単体で生存することも可能となった世界においては、人の記憶を自在に上書き改ざんできる技術も同時に成立してしまっては、格個人にとって深刻な脅威となりうるが
2017-04-15 22:55:47この映画は少佐および端役たる孤独な中年男性における二つの事例を持ってその危険性を否定する。ある個人にとって固有の記憶は上書き処理によっては消去しきれず、何かきっかけがあれば回復されえるものとして定義されている。
2017-04-15 23:02:02そのようなことが真にありうるかどうかは、実際に人間の記憶を電子的に操作できる技術が開発されない限り検証不可能であるが、この映画は一つの見解として、人間が同一個人であるための最低要素を性格と固有の記憶に見出し、
2017-04-15 23:24:52同時にこれら、特に固有の記憶に関しては他者からの操作を寄せ付けない強固な存在であると規定することで、人は肉体という器に依存することなく変わらぬ存在で居られることを保証する立場をとったと考えられる。
2017-04-15 23:28:20