カテゴリー機能は終了いたしました。まとめ作成時にはタグをご活用ください。
41
移動先固定ツイート @mio_shinno
普通に考えて自由律俳句って意味わかんねえよな。韻踏んでるから俳句だと思ってたのに自由律俳句とかなんでもええやん。Twitterとかほぼほぼ自由律俳句やん。みたいな。
移動先固定ツイート @mio_shinno
もはや「コロッケ美味しい」とかでも自由律俳句やん。意味わかんない。
Magamo(バスコ・ダ・マガモ) @mturouk
なんでも自由律俳句って言ったら自由律俳句になるとこがマジ嫌いなんだわ破調。あたしほんと親の仇のように自由律とか俳句を憎んでる。
ちきん @kanabun1994
私自由律俳句って嫌いだったんですよね 七五じゃないならもう(俳句じゃなくて)いいじゃんって
そたまよ @sota_mayo
全然知らないくせに自由律俳句ってなんか好きなんだけど前も言ったみたいに自由律俳句って言ったもん勝ちな気がするしツイートじゃんとも思う
終海 @freight6654
自由律俳句ってもはや俳句って言わなくていいよね()
0320 @sz_0320
とんでもないこと言うようだけど自由律俳句って名目で書いてる人、ほとんど俳句じゃないですから
発端の記事
すなば @comebackmypoem
自由律俳句ってただの文じゃん? と思っている人に向けて書きました。自由律俳句は俳句なんです。信じてくれ。 自由律俳句は俳句じゃないと思っている人へ - 僕の詩を返せ comebackmypoem.hatenadiary.com/entry/2017/03/…
リンク 僕の詩を返せ 1 user 自由律俳句は俳句じゃないと思っている人へ - 僕の詩を返せ 自由律俳句、特に無季自由律俳句は、「ただの文じゃん」「俺でも書ける」という批判にさらされることが多い。韻文をかじった人の中には自由律に対しても理解がある人が多いが、それは詩の文脈に自らを置いているからいわば「詩をかぎ分ける嗅覚」のようなものが育っているためで、その手の文芸に触れる機会の少ない大多数の人にとっては自由律俳句がただの短文だと勘違いされるのも無理..
真篠未成@短歌福袋6日まで配信 @masyu_my
(RT)興味深い文章。私も自由律短歌についてこんなふうに明瞭に説明できればいいのにと思った。そうできない自分を悔しく思った。勉強が足りない。(自由律を詠む先輩方にはそうできる方はいくらでもいらっしゃる、と思う。私も見識を深めたい。)
椋鳥 @mkdr_t
「自由律俳句は詩だ……」と思いました。>RT 引用されている句が全部良い…。
椋鳥 @mkdr_t
詩だ……っていうのは俳句ではないということではないです。散文とは違う、ということ。
@69rikka
昔「非定型俳句とか文じゃん」と言う同級生に「それは絶対に違う!!」と言いたかったのだがじゃあなんなのかまったく分かっていなかったな いまでもわかってないけど
yen @golden_wheat
でも定形外のリズムって正直難しいよね。俳句の方が短いから余計にそう感じる。
柳川麻衣 @asa_co
最近わかってきたのですが、私はたぶん韻律というものを理解していない、あるいは私のなかに韻律というものがない。これが私が決定的に「詩」がだめな原因ではないかと思う。だからRTの記事くらいにていねいに解説されても、無季自由律俳句と普通の文を見分けるのは正直私には難しい。
柳川麻衣 @asa_co
この話を突き詰めるとだんだんしんどくなってくるのですが、まあそれでも散文はなんとか書けている(と思う)し、散文の人間として生きていけばいいかな、という気持ち。韻文も読み専に徹していれば楽しいし、あと無季自由律俳句がわからなくても尾崎放哉は好きです
柳川麻衣 @asa_co
散文にもリズムはあるのですが、それは「韻律」とは違うものだと思うんだよな〜。散文であっても、おそらく韻律が体のなかに入っているのだろうなという文章を書くひとももちろん世間にはたくさんいて、そういう書き手さんのことは末永く嫉妬します
定型からの意見
今日もどこかでダダッダー @ist_geliefert
「ただの(散)文ではない」というのはわかるんだけども、結局わかったのは〈非定型の(韻)律をもった詩〉である、ということだけであって、これこそが俳句だ!と言われると、いやちょっと待ってよ、となってしまう。
みろく@森の座(旧・萬緑) @miroku_cat
同意する。俳句はこう、からの飛躍が見られる。十分条件と必要条件の違いみたいな、認識のズレがある気がする。 実は、無季や自由律または無季自由律を作る人が、なぜ「俳句」にこだわるのかも分からない。一行詩、じゃだめなの? twitter.com/ist_wasichbin/…
残りを読む(28)

コメント

たろー @hanpa64 2017年4月25日
外国語の「HAIKU」はどうなんねん。
ehoba @htGOIW 2017年4月25日
haikuはオリエンタリズム趣味
かいばみ @yuumoanikakeru 2017年4月25日
つまり書く側の心意気でしょうか。
Friendboy42 @Friendboy42 2017年4月25日
究極は「俺がどう思うか」にも寄るんだろうなあ あくまで「俳句」としての軸足から攻めたら俳句だろうし「俳句じゃなくてもいいや」と思えば一行詩っていうんだろうし でも創作っていちばん重要なのは作者の気持ちだからそれでいいのではないかと
文里 @wenly_m 2017年4月25日
河東碧梧桐はもっと評価されて良い。
春樹 @Haluki_K 2017年4月26日
むしろ件のブログ記事で言わんとしていることがHAIKUが俳句であることの証左ではないだろうか。
Koke @Koke1024 2017年4月26日
ここのコメントさえも俳句に見えてきたのでセンスがない (無季語自由律)
× ((( ⊂⌒~⊃。Д。)⊃ あちぃ @cv45ValleyForge 2017年4月26日
「理解してくれ」でなく「信じてくれ」ってなので「彼の主張は間違っている」と判断。
E-コ(けいな) @a_fs 2017年4月27日
なんで型には拘らないのに俳句って名称にはにこだわるんだろう…
ゆい すずほ @yuisuzuho 2017年4月27日
結局は定義上の問題。ハイクは作者から離れた瞬間に読み手のものとなってしまうので、作者が主張するのは自由だが、それ以上のことはできない。
バレルロール @zoahunter 2017年4月27日
芭蕉が「最強のコピーライター」と言われる所以は、場面の切り取りの上手さに合わせ、地方産業と地名ブランド化を大成功させてるとこ。
なな @snanasnanas 2017年4月27日
「あなたがラノベだと思うものがラノベです。ただし、他人の賛同を得られるとは限りません。」 を思い出した。
CD @cleardice 2017年4月27日
形は変化してもミームは継いでいるのだという主張として名前が必要なのかも
ヰシクラ @yskr198x 2017年4月27日
山岡 「魔法なんかじゃありませんよ、中松警部。     オーションを使った二郎自家製麺は使わず、     無農薬栽培の安全な国産小麦粉を使って麺を打ち直しました。     更に、スープもカネシと化調の入った二郎スープは使わず、     フォンや香味野菜を独自に調合した、本物のスープを使っています」 無季自由律俳句はこの「本当の二郎」を二郎だと主張することに似ていると思いました 皆さんはどう思いますか
九銀@半bot @kuginnya 2017年4月27日
自己申告で自由律俳句にもただの文にもなるって事か
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2017年4月27日
無季自由律俳句として詠まれたときに無季自由律俳句になるのか、無季自由律俳句として読まれたときに無季自由律俳句になるのか
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2017年4月27日
無季自由律俳句が分かる人から見て、詠み手は無季自由律俳句と言っているけれどこれは「ただの文」だということが、分かる人にとっては広く共有される形で起きるのであれば、詠み手の意識次第(だけ)というのも違うということになるやんね。
鮎坂_('w'_[ayuzaka] @au_quantum 2017年4月27日
結局のところ自由律俳句と名乗ることでしか自由律俳句である事を証明できない時点で「自由律俳句を名乗る世間一般でいうところの一行詩」であって俳句じゃないよなぁ、としか……
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2017年4月27日
詠み手が無季自由律俳句として詠んでないなら、文に出会った読み手が無季自由律俳句として味わったとしても無季自由律俳句ではなく、詠み手が無季自由律俳句として詠んでいるのは大前提で絶対条件という理解でいいのだろうか?そのうえでっていう?
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2017年4月27日
無季自由律俳句として詠まれたうえで、明らかに無季自由律俳句~評価が分かれる~明らかに違う、が分かる人からすればある程度の共通理解として成立しつつも、ボーダー部分は読む人次第でグラデーションになる感じなのかしら?
もうだめぽ @moudamepo150701 2017年4月28日
俺も別垢で遊びでやってるけど自分がこれは自由律俳句だって思うならそれでいいじゃん。他人がどう評価するかなんてどうでもいいって思うんだが。まあ、それで食っていこうって人にとっては他人の評価って重要なのかもしれんが。
古池蛙 @frog_beq 2017年4月28日
デイリーポータルZの書き出し小説大賞は自由律句に似ている
@izanamu 2017年4月28日
プロレスは格闘技じゃない!~的な話?(違う
ムック船長 @captainmuck 2017年4月28日
自由と出鱈目は違うよなと知る
バレルロール @zoahunter 2017年4月28日
宇宙流俳句の谷村秀格(たにむらしゅうかく)は、面白いよ。
nekosencho @Neko_Sencho 2017年4月28日
それぞれ好きにすればいいと思うがなあ。 たとえば誰かの書いた詩が「自由律」な俳句や短歌だとして、別の誰かがそれを認めないメリットも認めた場合のデメリットも、せいぜいその人の心の中におさまってしまう程度のものでしょ? これがコンクールなどできっちり形式が指定されてるとかならまだしも、個人で発表するのにまでケチつける必要ないのでは
せりかざんまい @selica_akeno 2017年4月28日
先代中村勘三郎曰く、「型がある人間が型を破ると『型破り』、型がない人間が型を破ったら『形無し』」。 自由律かそうでないかの違いはそこにあるのでは?
グレイス @Grace_ssw 2017年4月28日
浅学だった。これは面白いまとめだなあ。
easyiizi1111 @easyiizi1111 2017年4月28日
俺的には、自由律俳句って4/5拍子や7/8拍子の音楽みたいなもん。
frisky @friskymonpetit 2017年4月28日
はえ〜、おもしろい。 a_fs 作品の文脈なのでは? 便器も美術館に置けば芸術作品になるように、俳句という文脈で読めば作品になるよ、ってことで。
あえとす 7/28 和光市ボドゲ会 @aetos382 2017年4月28日
定義だよね。「575のリズムと季語があるものだけが俳句」と定義するなら自由律は俳句じゃないし、「形式ではない『何か』を持っているものが俳句」と定義するなら、自由律でもその「何か」を持っていると感じるなら俳句になるんだろう。ただ、その定義が人によってまちまちなので、しばしば争いになる。「どうして『俳句』であることにこだわるのか」は「俳句が実現しようとした『何か』を実現しようとしているから」ということかな。
野浦湘 @nora33371216 2017年4月28日
ヤツメウナギは「ウナギ」の文字が入っているが実際にはウナギの仲間ではない(というか魚類ですらない)。なので自由律俳句も「俳句」の文字が入ってはいるが俳句ではないと思うことにしている。
岬カズト @akz_kazuto 2017年4月28日
おにぎりを「無酢自由具材包込型寿司」とか言って、「おにぎりも寿司だ」と主張するのと、大して変わらないのじゃないかなという気もする。
森 俊介 @i8u42b10me4u 2017年4月28日
面白い。自分も自由律俳句を疑問に感じていたから。ただ一連のツイートを眺めてみて「俳句をやってきた人がその延長線上で『気』だけ残して俳句的な縛りを取っ払った」のが自由律俳句なのではないかと想像しました。もしそうであれば「これは俳句なんだ」と言いたくなる気持ちも理解出来るし大抵のツイートとは違うと思う。
めがね @MGKskurai0416 2017年4月28日
言いたいことはわかるけど納得はできない。「日本画家が油絵の具でキャンパスに絵を描いたけど日本画のスピリットがあるから日本画」ってくらいの違和感を感じる
魔法 💋うにゃ💄幼女 @KKG0R 2017年4月28日
140文字の自由律俳句の世界で自由律俳句を貶める
佐々仁志樹 @sasanishiki0315 2017年4月28日
文学に限らずあらゆる芸術は所詮は自己満足。他人が何を言おうが自分の好きなようにやればいいし、好きなように名乗ればいい。
はいぱ@玉ねぎ畑の小作人 @haipa2000 2017年4月29日
写実を極め尽くしたピカソが、表現を求めてたどり着いたものが自由律俳句か    http://livedoor.blogimg.jp/laba_q/imgs/4/9/49cb352a.jpg
酢鴎 @acetylseagull1 2017年4月29日
昔からそう呼んでるから、以上の理由があるんだろうか 「自由律こそ真の俳句、575派は『守旧派俳句』と名乗れよ」って極論もありえるし
ワブガー @Wabger 2017年5月4日
自由律俳句のつもりで短歌を作ってしまったら、「それは俳句じゃなくて短歌だ」とか言われちゃうのかな? 文字数の上限と下限が無いなら、長すぎて歌詞になっちゃったり短すぎて4文字熟語になってたらどうなるのか。まぁつまりロックかどうかってことかな?(適当)
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする