その様子を静かに見つめながら、ふっとベルゼが微笑んだ。皮肉のような、しかしどこか満足気な声で紡がれる言葉。彼の瞳は、優しく彼女を見つめる。すまない、と申し訳なさそうに呟いたハイドへ向けて、もう一度小さく微笑む。その手が、彼女の銀色の髪をゆっくりと撫でた。125
2017-05-01 23:08:21「……それが、お前の本当の力だ。…お前なら、この状況を打開できるだろうと思ったが……まだまだ、甘いな」。揺れる真紅が、ハイドの水縹(みはなだ)をじっと見据えた。彼女の中で、紙一重なる強さと弱さが交錯する。126
2017-05-01 23:09:42彼を護りたいと願う力は彼女を強くし、同時に彼を慕う気持ちは、彼女を弱くする。今でもまだ、感情に強く左右されるハイドの心。「…どうしても、貴方を傷付けられなかった。…いや、傷付けたく、なかった」。彼女は目を逸らし、顔を俯かせた。127
2017-05-01 23:10:23小さくもハッキリと紡がれた声は、ハイドの気持ちを映し出したかのように澄んでいて。あの時、イースとその命を賭して刃を交えた―――彼女を突き動かしたのは、彼を止めたいと、助けたいと願う気持ちだった。その為に、剣を握ったのだから。128
2017-05-01 23:11:57しかしハイドの意識の中、その魂と共鳴し、心染める想いはそれ以上に強く。振り上げ、構え持つ双剣に殺気を添える事を拒んだ。それは、図らずもベルゼ自身の意識を現世へと呼び戻すキッカケとなり得た。それを"甘い"と一蹴しながらも、彼の表情は、どこか。129
2017-05-01 23:12:31「……お前はどこまで。……まあ、それもいい、か」。紅い瞳がすっと細くなる。風になびく銀を撫でるベルゼの手が、ゆっくりと失速して止まった。彼女の、誰かを守る為の力。それはきっと、光を宿したイースの心を再び取り戻してくれると。そう信じて、ベルゼはあえて全てを彼らに託した。130
2017-05-01 23:13:39そこで、改めて気付いた。ベルゼの言葉を受けた彼女の、弱さを抱いてなお強く鼓動する覚悟を秘めた剣達。その刃に身を斬り裂かれる度、痛い程に伝わってくるハイドの想いに。そして、己自身が抱く"彼女への想い"に。「…お前は、俺に思い出させてくれた。誰かを信じるという事を。…だから」。131
2017-05-01 23:15:36そう。例え彼女の行動が、心が、まだまだ未熟で甘かったとしても。己自身が、それを導いてやれるなら。「…お前を信じて…よかった」。眩い陽の光が、二人の横顔に差し込んだ。昇る朝陽は、微笑むベルゼの表情を優しく照らす。132
2017-05-01 23:18:17風がふわりと柔らかな香りを纏う中で、彼の片手がそっとハイドの頬に触れた。ぴくりと僅かに震える体と、ゆっくりと上げられた顔。紅と蒼が、一直線に結ばれる。「…それこそ、俺はお前を護ってやる事しか出来ない。……それでも、良いなら」。133
2017-05-01 23:18:57大地を飲み込んでいた長い闇夜は明け、煌めきが降り注ぐ。まるで二人を包み込むかのように。頬に振れるベルゼの体温は、とてもあたたかかった。「…俺の隣に、居てくれないか」。優しい、優しい声。慈しむように、愛おしむように。見開かれたハイドの瞳に映し出された彼は、小さく微笑んでいた。134
2017-05-01 23:19:57光を反射してキラキラと輝く蒼い宝石は、やがてぽたりぽたりと小さな粒を地へと落とす。嗚咽を堪え、肩を震わせながら何度も何度も頷くハイドを見つめながら、ベルゼは頬に添えていた手を彼女の頭の後ろに回し、ゆっくりと引き寄せた。ハイドの耳に、彼と"再会した"時と同じ鼓動が伝わる。135
2017-05-01 23:21:36あの日と違う事―――それは。イースと刃を交え、ベルゼの想いに、そして己の心深くに根付く感情に気づいた事で、その脈動が彼女にとってのかけがえのないものだと再確認した事。「……届かないと、叶うはずがないと…ずっと、思っていた……」。136
2017-05-01 23:22:30そう、ずっとずっと求めていた。心は、魂は、かつて共に戦った同志を。切っても切れないこの"絆"は時をも超えて、再びふたりを巡り合わせた。彼の言葉は、彼のぬくもりは。ハイドの凍りついた想いを溶かし、己すら絶望した心の傷を癒す。そして、閉ざされた記憶の扉を、今一度ここに開け放つ。137
2017-05-01 23:24:27彼を想い慕った、あの時を。かつて共に戦い―――近くても決して触れられない、手の届かなかった、かの日を。「…ベルゼ…ッ」。"好きだ"。幾重の時を経て、それは言葉として紡がれる。彼の抱く魂を、鼓動する心臓を、想い宿る心を。その身を包む心地よいぬくもりは、ずっと恋い焦がれたもの。138
2017-05-01 23:26:04"彼"と出会うその時まで殺していた己の感情が、今一度記憶の中に蘇る。愛する者の腕の中で咽び泣く彼女を、真紅の瞳は優しく包み込む。自分自身、遥か遠くに置き去りにした想いがあった。それを取り戻すキッカケをくれた暖かさを、この胸に―――この腕の中に、痛いほど感じながら。139
2017-05-01 23:28:10「…あぁ、俺も…。……―――――、」。大きく、風が吹いた。それはベルゼの言葉を半分かき消して空高くへ飛ばす。もう一度柔らかに微笑むと、彼はハイドの顔に影を落とした。少しずつ近づく互いの距離を噛み締めながら、交わり合う紅と蒼は、その煌めきをゆっくりと閉ざす。140
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