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佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』読書メモ集

佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学――宗教哲学の現代的可能性』(晃洋書房、2017)の読書メモをまとめました。
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荒木優太 @arishima_takeo

佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』買った。超面白そう! pic.twitter.com/4MsNHJr8ev

2017-05-04 10:46:14
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荒木優太 @arishima_takeo

「むしろ、そうした他者論が「何となく宗教哲学らしきもの」として受容され、またその方向へと転用されている、ということがここでは重要である」(佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』)。うん、ここは『他者の逆説』とも響き合っているな。

2017-05-04 11:50:48
荒木優太 @arishima_takeo

「「他者」を「超越」の同義語として考える必要はない」(佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』)。そうだね。同時に、超越の概念の方をチューンアップすることでもできると思う、下にだって左右にだって超越できるだぜと言っていたデリダ。

2017-05-04 11:59:54
荒木優太 @arishima_takeo

アレントがアクションを論じた直後、なぜ「赦し」の話をしだすのか、ずっと分からなかったけど、最近思っているのは、アクションが予定調和で終らない賭けの要素を含んでいるのなら、それに対する周囲の(そして他者のアクションに対する私の)適当なリアクションが求められるからからなのではないか。

2017-05-04 12:54:58
荒木優太 @arishima_takeo

人間のアクションは、一人で完結しないために、結果、間違ったり的外れだったりすることが多々ある。それを受け入れるということもまた一つの政治的行為なのかもしれない。別言すれば、彼女の赦し論とは、人は誤りながら成長していくというアレント流のプラグマティズムなのかもしれない。

2017-05-04 12:57:04
荒木優太 @arishima_takeo

リアクションという言葉は良くないな。アレントにとって復讐はリアクションで、それは赦しの反対物だから。

2017-05-04 13:00:35
荒木優太 @arishima_takeo

さて、起訴には時間がかかる。そして、それと同じくらい、赦しにも時間がかかる。アーレントが見逃していたのは、まさにこの事実である。by佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』

2017-05-04 14:01:40
荒木優太 @arishima_takeo

例外とは、範例がないと知りえないのだ。by佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』

2017-05-04 14:19:52
荒木優太 @arishima_takeo

復讐を可能にさせている論理的前提は、被害者の記憶に忠実でありたいという、それ自体は倫理的な願いなのである。by佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』

2017-05-04 15:47:33
荒木優太 @arishima_takeo

「復讐する可能性も赦す可能性も奪われた犠牲者に、その可能性を返してやることである。これこそが、第三者が主権性を占有することのない、記憶の救済と呼びうる事態ではなかろうか」(佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』)。うーん。

2017-05-04 15:53:04
荒木優太 @arishima_takeo

「死者の記憶の場を、生者が占有している」「苦しむ死者たちの暗い記憶」(佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』)。うーん、死者は死んでるんだから記憶なんてないし、仮にあったとしてその記憶を生者が語る(騙る)べきじゃないと思うんだけどなぁ。

2017-05-04 15:58:32
荒木優太 @arishima_takeo

生者は自分の記憶を死者のものと取り違えがちだし、その取り違えは人間存在として不可避、みたいな話なら理解できるけど。

2017-05-04 16:00:10
荒木優太 @arishima_takeo

「死者は「善い人」として想起される。だが、果たして死者は、世界を、そして生者を恨んではいないだろうか。死者は、記憶されること以上のもっと「暗い何か」を求めていることはないのだろうか」(佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』)。善い人批判は同意、後半は保留。

2017-05-04 17:06:19
荒木優太 @arishima_takeo

私たちに求められているのは、「~のなかでの死」と「~のせいでの死」「~のための死」を区別し、徹底して前者、死の事実性のみを取り上げ、それを「代理」することなく「記憶」していくことではないかと思われる。by佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』

2017-05-04 17:10:32
荒木優太 @arishima_takeo

「そこにおいて私たちは、単に彼ら彼女らを記憶するのではなく、彼ら彼女ら自身の暗い記憶によって記憶され、それにさらされている存在となるのである」(佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』、77-78頁)。ここ意味不明。

2017-05-04 17:12:40
荒木優太 @arishima_takeo

私たちに必要なのは、文字通りの意味での純粋な痕跡を保存することではなく、むしろ、これまでの「記憶の場」に関して、死者の記憶とその場が生者による我有化と代理によって占有されてきたという事実を、「痕跡」がもつ多様な特徴から照射していくことである。by佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』

2017-05-04 17:21:09
荒木優太 @arishima_takeo

いや、これは、東浩紀さんの「モノを残せ」の方が正しいと思うな。モノで言葉を止めないと、何次元にでもメタ化できちゃう、で、それって別にこれまでもずっとやってきたでしょ、と。

2017-05-04 17:23:43
荒木優太 @arishima_takeo

記憶の場の「博物館」化問題=「負の記憶が私たち個々人のなかに内在化されるのではなく、必要なときにのみアクセスすればよく、普段は全く触れる必要がない空間と化している」(佐藤啓介)問題。そもそもなんで内在化させねばならないのだろうか、そもそも「内在」とはなにか。

2017-05-04 17:29:12
荒木優太 @arishima_takeo

「物質としてのこの世界とは、死者たちの行為の記憶が外部化された痕跡であり、端的に言えば、世界は死者の痕跡でもある。死者は事物に宿れり、とでもいうべきか」(佐藤啓介)。えっ、だったらやっぱり「文字通りの意味での純粋な痕跡を保存すること」が大事なのでは…。

2017-05-04 18:09:16
荒木優太 @arishima_takeo

「ただちには倫理的ではない仕方において、私たちは物質としての事物や大地に日々接するなかで、死者たちの記憶と知らず知らずのうちに交流している、あるいは、死者たちの死にぞこないの記憶を生きている」(佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』)。これはいい話だ。

2017-05-04 18:12:17
荒木優太 @arishima_takeo

「死は、生者にとってではなく、死者当人にとって、行為する能力を剥奪するから害である。よって、死が害であると主張することは、死者に対する生者の代理的主張ではなく、死者当人の立場に即した主張たりうる」(佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』)。うーん、「害だった」(過去形)では?

2017-05-05 07:36:12
荒木優太 @arishima_takeo

「死者当人」という言い方に強烈な違和感を覚える。え、だって死んでんじゃん的な。

2017-05-05 07:36:49
荒木優太 @arishima_takeo

佐藤啓介『死者と苦しみの宗教哲学』読了。元々はリクールをやってた人のようだ。勉強にはなったが、私とは全く考え方が違う。「死者の記憶」という言葉を多用しているが、これは【死者がもっている記憶】(所有格)を指すのだろうか? 私はそんなもの存在しないと思う。死んでるし。

2017-05-05 08:01:47
荒木優太 @arishima_takeo

「死者の記憶」で最低限意味できるのは、【死者が残した記憶】or【死者に関する(私達の)記憶】ぐらいで、それ以上を汲み取ろうとすると宗教哲学じゃなくて宗教になると思う。その意味では小泉義之『弔いの哲学』に対する明確な反論が欲しかった。

2017-05-05 08:02:31
荒木優太 @arishima_takeo

第二に、やっぱり記憶することが正しいという暗黙の前提に立ってると思う。なぜ死者を記憶せねばならないのか? なぜ忘却してはならないのか? この問いには答えられていないのでは。

2017-05-05 08:03:21
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コメント

Thomasunculus @thomasunculus 2017年5月5日
気になっていた本なので助かります。
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