お客様に提案する側の人間として、”ラグジュアリー(贅沢)”について考えて見ました。
お客様に提案する側の人間として、”ラグジュアリー(贅沢)”について考えて見ました。 モダンリビングの記事が今朝の日経に載っていたので、ラグジュアリーということについて気になりました。
2017-05-07 11:09:40ラグジュアリー住宅紙として日本の美しい暮らしのあり方を提案しているそうだ。 面構えにある住宅は、お金がなければ、このような豪勢なまさにラグジュアリーな住宅には住めないとは思うが、果たして、日本のどれくらいの人が、ラグジュアリーな、日本の美しい暮らしを実践できる環境にいるか。
2017-05-07 11:09:56ある程度のお金がなければ、住宅や住まいを立てられないが、ラグジュアリーを享受することはできないのだろうか(いや、そうは思わない)。。。 私の感じるラグジュアリーについて、以下、つらつらと綴ってみた。
2017-05-07 11:10:07仮に、まずラグジュアリー= 贅沢と今はここでおいておいてい、 私自身、今贅沢かと言われれれば、贅沢です、と答えるが、ただそれはいわゆる”贅を堪能する”ということとはニュアンスが違うかなあと思う。
2017-05-07 11:10:37決して多いとは言えないけれど、数年は暮らすことに困らない貯金、気持ちの優しい妻、自立した両親、祖母、新しく生まれた命。 財布は痛むが、事務所を作って、心と感じる空間にも余裕がある。仕事は数こそ多くはないけれども、せっせと集客している。
2017-05-07 11:11:09もちろん、最初からそれらを生み出す源泉があったわけじゃなく、 親がたくさんの愛情と、一般家庭のお金で投資をしてくれて、その上で、自分としてはたくさん喜怒哀楽して、遊んで、勉強をして、恋愛をして、結婚して、たくさんの人や、大人と出会って、尊敬したり憤怒したり、別れたり。
2017-05-07 11:11:2930まで生きてくると、たくさんの嬉しい気持ち、気持ちいい気持ち、悲しい気持ちとかたくさんの感情がHeart(まさに胸の中の心臓にあるような感覚)が常に詰まっていて、その日その日で、出会う人や物事に一喜一憂しながらも、「なんで気持ちは伝わらないんだろう」と、落ち込んだりもして。
2017-05-07 11:11:39“満たされている”っていうのは、そんな今までの有様を受け入れて感じることのできる状態なんじゃないでしょうか。(まあ、それには側に支えてくれる人がいることを感じられないと、やっぱり満たされている、とは感じ難いのかもしれないと思うのだけれど。)
2017-05-07 11:12:05辛いことも嬉しいことも、支えてくれた人や食べ物のこと。。。誰しもが、生きているということにおいては何かに満たされている状況にあることを、私たちは日常において忘れて生きていることが多いと思う。死を普段認識しないことと同じくらいに。
2017-05-07 11:11:54世間一般でいう贅沢、とかラグジュアリーとか、世間で話される時のその言葉には、注意したほうがいい。 贅沢は器であって、その中には”他人に対して優位に立つような形容を獲得した状態”という意味から”心が満たされている”という状況まで含むのだから。
2017-05-07 11:12:27絶対的に、住む人に対して訴えかける広がり感や、素材感、質感などがあるにしても、この満たされることを感じ取れる感覚抜きにはラグジュアリーを感じ取る、語るということは語れない。ラグジュアリーとは客観でなく、主観として語られることの方が幸せを多く生み出すかと思う。
2017-05-07 11:12:44朝、起きたときにまだおぼろげな感覚の中、足の裏に感じる質感、 朝はまだ世間も騒がしくなく、ものすごくピュアな状態として物事を感じられる状態。ただ刹那、昨日飲んだビール瓶や、テーブルなど、感情にどんどん景色が入ってきてしまいますが、、。
2017-05-07 11:13:08私の住む東京、そして、家の中は”景色”に溢れすぎているし、たくさんの想いがあふれかえりすぎていて、一体自分が、何のために生きているのかとか、何に喜びを感じているのか、とか、何に一日一日満足してとこにつくのかをついつい忘れがちにさせてしまうものなのかなぁ、って思っています。
2017-05-07 11:13:25贅沢とラグジュアリーの間にはニュアンスの差も感じ取れる(アメリカでの意味にはマイナスがないから) 贅沢っていうのとラグジュアリーっていうことの違いはまさにそういう一面もはらんでいるのではないでしょうか。
2017-05-07 11:13:33ラグジュアリーっていうのは、満たされている状態を理解できる状態、という解釈はいかがでしょう。 だとすると、お金と必ずしも結びつけなくても、ラグジュアリーさというのは誰しもが享受することのできる感覚なのかもしれません。
2017-05-07 11:13:41