折鶴蘭の少女 46~90

一同は礼拝堂から地下室を抜け、鍾乳洞に入りました。
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ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

71 放置している印象すらあった。三人が、こうして棺桶にこだわるのは、無意味な時間潰しではない。どんな情報が土壇場で役に立つか分からない以上、知り得ることは知っておく。才能だ、発想だという以前に、一種の本能だろう。おぼろげながらも、三人はそれを掴もうとしていた。 72へ

2017-05-14 00:32:49
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

72 「さてと。そろそろ出発しない?」  雅が促した。藍斗とキョーカに否はなく、三人は部屋を通り抜けた。  それから数分ほどは、人の手になる単調な通路が続いた。これまで歪ながらも保たれていた文明が、突然断ち切られた。風は絶え間なく吹いているが、それも納得いく。 73へ

2017-05-14 00:38:26
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

73 懐中電灯の光を浴びて、紫がかった灰色の鍾乳石が無数に輝いた。天井から槍ぶすまのように突き出すそれは、観光旅行でなら賛嘆の溜め息を漏らさずにはいられなかったろう。コウモリ一匹見当たらない空間は、あらゆる摂理をねじ曲げそうな、意地悪を通り越した無慈悲な暗闇だった。 74 へ

2017-05-14 00:42:56
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

74 ただ、三人の持つ懐中電灯だけが、のしかかる不安を辛うじて吹き払ってくれた。 「ここ……進むんですよね?」  藍斗が、かすかに震えながら奥を覗き込んだ。 「それしかないよね」  雅も、余りと言えば非常識な展開に、そう答えるのがやっとだ。 「あたし……一番後ろにしとく」 75へ

2017-05-14 00:46:26
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

75 キョーカとしては、臆病からの台詞ではない。冷静に考えて、自分が前衛とはどう頑張っても思えなかった。 「じゃあ、私が先頭に立つから。藍ちゃんが真ん中、キョーカパイセンは最後尾」  手っ取り早く決断し、雅は一歩踏み出した。幸か不幸か、一本道で迷うことはなさそうだ。 続く

2017-05-14 00:51:01
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

折鶴蘭の少女 76 雅の背後から断続的に照らされる懐中電灯の光が、ぬめりつつ輝く床や天井の姿を明らかにしつつも、生き物らしい生き物はコウモリ一匹でくわさなかった。何でもない時なら、楽しい洞窟探検ごっこではしゃいで盛り上がったことだろう。現実には、洞窟を無事に抜けられるか 77へ

2017-05-17 17:17:42
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

77 どうかだった。抜けた先に、街とは言わぬまでも、せめて自動販売機くらいはあって欲しかった。 「ちょっと待って……。何か聞こえる」  そう告げて、雅は立ち止まった。藍斗達が、息遣いを抑えようと気を遣うのがそれと分かる。 「水……しずくが滴る音がする」  洞窟は相変わらず 78へ

2017-05-17 17:21:40
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

78 一本道である。雅が聞きつけた音は、前に進む先からやってきている。飲めるかどうかは分からないものの、無視したくはなかった。 「ゆっくり進もう」  うっかり通り過ぎたりしないよう、雅は宣言して、ペースを落とした。辛抱強く緩い歩みを保つ内に、雅が持つ懐中電灯に一滴の水が 79へ

2017-05-17 17:25:40
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

79 捉えられた。 「ここだ!」  雅は天井を見上げた。地面に向かって突き出した、つららのような鍾乳石の穂先から、ゆっくりしたペースで一滴ずつ水が……成分はどうあれ……落ちている。 「ペットボトルで一滴ずつ受けますか?」  藍斗が聞いた。 「うん……ただ、能率が、ね」 80へ

2017-05-17 17:29:38
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

80 ペットボトルに水が溜まるまで、気が遠くなるような時間がかかる。更には、仮にペットボトルを地面に置いたとして、都合良く水滴がそこに入るとは限らなかった。ろうとでもあれば別だが、そんな品を普段から持ち歩くはずもない。 「鶏肋、かあ……」  キョーカが溜め息をついた。 81へ

2017-05-17 17:33:04
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

81 鶏の肋骨、つまり、しゃぶるほどの肉はなく、さりとて捨てるのは惜しいという意味である。 「落ちた水滴は、どこに行くんでしょう」  何気なく藍斗が言った。 「そうだ……。蒸発するんじゃないから」  雅は足元を照らした。まさに灯台もと暗しである。洞窟の地面は、必ずしも 82へ

2017-05-17 17:37:12
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

82 水平ではない。水は傾きに沿って、いずれは合流するに決まっていた。案の定、壁際に、小指ほどの細い流れがあった。それと意識しなければ分からなかったろう。 「川……じゃないよね」  自分の台詞に苦笑しつつ、雅は近づいた。膝をついて、バッグから綿棒を出し、流れに浸す。 83へ

2017-05-17 17:41:43
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

83 濡れた綿棒には、特に異常はなかった。小指の先をゆっくりと近づけ、ほんの少し触った。痛くも痒くもない。そこからが本番だった。セルフ人体実験すべきかどうか。無色無味無臭の毒物など幾らでもある。それに、三人の内誰かが倒れたら、見捨てられない代わりに身動きも取れず、手詰まり 84へ

2017-05-17 17:45:16
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

84 に等しくなる。それを承知で賭けるのかどうか。 「藍ちゃん、キョーカパイセン、ペットボトルの水を飲みきろう。で、ここの水を入れとく。でも、ぎりぎりまで飲まない方がいい。怖くて確かめられないし」 「はい」 「うん、分かった」  三人は、再びペットボトルを回し飲みした。 85へ

2017-05-17 17:49:32
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

85 棺桶の部屋で飲んだ時に比べて、少しぬるくなっていた。もっとも、余り冷たいとかえって体力が落ちるし、手洗いも近くなってしまう。ともあれ、空になったペットボトルの口を、流れに浸し、どうにか中を満たした。栓を閉めてから、懐中電灯の光を透かして見る。何の変哲もなく思えた。 86へ

2017-05-17 17:52:44
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

86 洞窟の水で満たしたペットボトルを藍斗に返し、雅はまた歩き出した。二人も無言で応じた。延々と続く石の回廊。 「ね、あの死体……死ぬ直前まで、自分で歩いてあの場所にきたのかな」  キョーカが出し抜けに言った。 「さあ。誰かがわざわざ置いたとは思えないね」  雅は答えた。 87へ

2017-05-17 17:59:32
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

87 仮に他殺なら、不自然過ぎるだろう。 「ここの水を飲んだせいとか?」  藍斗の推測は現実的だが殺伐としてもいた。 「そうだね。案外、この洞窟で喉の乾きに我慢が出来なくなってっていう形があるかも」  やはり、毒味しないで良かったかも知れない。 「そう言えば」 88へ

2017-05-17 18:04:59
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

88 と、雅は今更ながらに思い返した。 「あの絵……。どうしてなくしちゃったの?」 「それがね、他の絵と一緒にクリアファイルに入れてあって、気づいたらそれだけなくなってた。他のは何ともなかった」 「ちょっと気味が悪いですよね」 「うん。でも警察には届けなかった」 89へ

2017-05-17 18:09:09
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

89 キョーカからすれば、商品として販売していたならまだしも、素人が楽しみに書いたものを、警察が本気になって捜査するとも思えなかった。それより、痛くもない腹を根掘り葉掘り探られそうな気がして、そちらの方が憂鬱だった。 「でも、礼拝堂に飾ってあった」  雅は呟いた。 90へ

2017-05-17 18:12:17
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

90 「まるで、キョーカさんがくるのが分かっていたみたいですね」  藍斗の言葉に、雅もキョーカも口を開けないまはまうなずいた。一同の誰もが黙っているが、見つけた死体と、礼拝堂にあったキョーカの絵が無関係とは思えなくなってきた。幸せ世界なる張り紙もかかわりがありそうだ。 続く

2017-05-17 18:15:44