折鶴蘭の少女 181~225

一同は槍別町の運命を知り、新たな手がかりを得て役場の近くにあるレストランへ進みます。
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ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

206 しかし、翌平成6年の2月あたりから雲行きが怪しくなった。国が一方的に予算を打ち切ったとある。国側の説明としては、予算不足に伴う審査の厳格化だそうだが、槍別側は、内示のあった予算措置を反故にされたと激しく反発していた。最後の新聞は平成6年11月4日付で、 207へ

2017-06-03 22:27:47
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207 槍別新興事業は『休眠』と書かれていた。 「ゴーストタウンね。でも、場所が分かったからには見通しがついた。ずーっと南に進めば国道なり県道なりに行きつくし、大した距離じゃない」  雅が情報を総括した。ホテルからは離れるものの、確実に『文明』に接触するのが先決だろう。 208へ

2017-06-03 22:29:09
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208 方角そのものの把握は難しくなかった。新聞には町の簡単な地図も掲載されていたからだ。極端な話、あと数時間も歩けば国道に出る。 「ああ、良かった。陽が暮れない内に……」  藍斗が言い切る前に、電話が鳴った。三人の所持品ではない。奥の部屋から聞こえる。 209へ

2017-06-03 22:29:48
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209 「ど、どうしよう」  キョーカはがたがた震え始めた。 「無視ししししようかな」  雅も歯の根が合わない。 「でも、取らなかったら……」  藍斗が、怖々と奥を覗いた。 『経済開発課』と記された木製のプレートが天井から吊るされており、事務机が五つほど寄せられている。 210へ

2017-06-03 22:31:05
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

210 いずれの机にも、旧式のデスクトップパソコンと電話があり、鳴っているのはその一つだ。 「あたしが取る。でも、見張っててね」  恐ろしくてたまらないのは雅も同じだ。しかし、このタイミングでわざわざかけてくる相手が、すんなりと自分達を町から出させるとはとても思えなかった。 続く

2017-06-03 22:34:32
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折鶴蘭の少女 211  キョーカと藍斗を後ろに、雅は電話へ至り、一息深呼吸してから受話器を握った。 「もしもし」 「雅さん……。キョーカさんも藍斗さんもいますか……?」 「佐宮さん!」  雅は思わず叫んでしまった。 「目の前にある、パソコンのスイッチを入れて下さい」 212へ

2017-06-04 18:33:51
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212 「佐宮さん、どこ? どこにいるの?」  雅が呼びかけた。返事はなく、数秒後に、全く同じ口調で同じ内容が繰り返された。 「録音だ……」  雅は呟いて、パソコンのスイッチを入れた。ハードディスクががりがり音を上げ、画面にアイコンが一つ浮かんだ。平皿の上にナイフと 213へ

2017-06-04 18:34:45
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

213 フォークを交差させたものだ。「スイッチを入れたら、アイコンをクリックして下さい」  雅の動きを把握しているのかいないのか、とにかく指示の通りにマウスを操作し、クリックした。『レストラン 炭鉱』なる題名が現れ、地場産品をふんだんに使った数々の料理が紹介されている。 214へ

2017-06-04 18:35:32
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214 店そのものは、今いる役場から歩いて十分ほどだ。画面内の地図といわず、窓ガラス越しに看板が見える。内装も紹介されていた。キョーカが描いて、礼拝堂に飾られていたのと全く同じ絵……甲冑魚の頭を持つウミサソリ……が、店の窓ガラス一面に描いてある。 215へ

2017-06-04 18:36:32
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215 そして、どのテーブルにも、折鶴蘭をさした花瓶が置いてあった。 「みんな……早く来て下さいね。私、とてもお腹が空いています」  電話は切れた。受話器を戻してから、また取っても、雑音さえ聞こえない。 「佐宮さん……。変質者か何かに捕まって、無理矢理喋らされたのかな」 216へ

2017-06-04 18:38:17
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

216 会話を説明してから、雅はそうまとめた。 「早く行きましょう! サミヤンヌ、私が助けないと!」  藍斗は、自分より自分の大切な人間の危機に反応した。 「何故、あたしの絵が……」  キョーカとしては、そこは譲れない。雅は、他のパソコンも一応試した。 217へ

2017-06-04 18:39:47
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217 まともにスイッチがつくのは、さっき佐宮に指定された一台だけだ。これ以上、古ぼけた施設に付き合う筋合いはない。三人は即座に役場を出た。それこそ、走ってもいいくらいだが、余計な消耗を招くのも早計だった。だから、競歩より少し遅いくらいの速さになった。 218へ

2017-06-04 18:40:43
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

218 『レストラン 炭鉱』は、今までに比べれば呆気ないほどすぐに到着した。キョーカの作品と全く同じ生き物がガラス一面に描かれ、玄関のすぐ上には交差させたツルハシとシャベルが飾ってある。建物自体はカステラを二つ積み上げたような格好をしており、明るい緑色に塗装されていた。 219へ

2017-06-04 18:41:40
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

219 雅が率先してドアを開けた。中は薄暗く、石炭を意識してか、店中の椅子が黒一色に仕上げてあるので余計に分かりにくい。誰からというのでもなく、懐中電灯が明かりをもたらした。店内は掃除が行き届いている反面、誰の気配もしない。 「佐宮さん! どこにいるの?」  220へ

2017-06-04 18:43:29
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

220 藍斗が照らしたのは、カウンターにある三つのコーヒーカップだった。湯気をたてている。 「飲めっていうメッセージかな」  キョーカが、出来ればかかわりたくないとの気持ちを滲ませた。 「二人は少し離れた場所で見ていて。私が確かめる」  誰だか知らないが、雅は 221へ

2017-06-04 18:45:17
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

221 自分達を振り回す存在にうんざりしていた。恐怖より怒りに近い苛立ちが増しつつある。  カウンターの前で、カップは静かに熱をたたえていた。色と香りからしてコーヒーなのは理解する。理解に苦しむのは、カップから少し間を置いて横たえられた一冊の本だった。 222へ

2017-06-04 18:46:56
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

222 『炭鉱ダンジョン物語』とある。著者は升気 達明なる人物だ。用心しながらゆっくり本に手を伸ばし、巻末を先にめくる。後書きから読みたいのではなく、奥付を確かめたい。 「ええっ?」  衝撃の余り雅は本を床に落としかけた。著者近影にある写真はホテルを出てすぐに見つけた  223へ

2017-06-04 18:48:37
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

223 死体の顔そのものだった。ちなみに初版は平成11年とある。 「雅さん、その本に何があったんですか?」  藍斗が心配して声をかけた。 「この本書いた人……あの死体だよ」  事実はかくも殺伐としている。 「わざわざそれを、こんなやり方で知らせるなんて」 224へ

2017-06-04 18:49:45
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

224 キョーカとしても、単なる悪趣味で済むなら済ませたい。 「サミヤンヌの失踪と、関係があるんでしょうか」  そう言いつつ、藍斗もカウンターに近づいた。 「コーヒー……飲んだ方がいいかな」  一歩も動かないまま、キョーカが呟いた。 「どうだろ。一口だけなら、飲もうか」 225へ

2017-06-04 18:50:37
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

225 洞窟の終点にあった事務室の一件もある。毒殺したり麻薬か何かで眩惑したりするなら、とうにそうしているだろう。カップを手にした雅は、唇をつけて少しだけ口に入れた。かなり濃いが、普通に美味だった。 「何とも……なさそう」 「カップの小ささからすると、エスプレッソかな」 続く

2017-06-04 18:51:34