梅桃桜。第一話『梅桃(ゆすら)桜子、十二歳!』

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はるか @Kurosu_Haruka

あの日。なにもかも見失って一人で防波堤で泣いていた、そんなわたしを見つけてくれた。あの日から、わたしは彼を。でも彼には好きな人がいた。なのに。 「はあ……なんであんなタラシ野郎なんかを」  その時、ガードレールの向こう。崖の彼方、対岸に美しいネオンが見えた。 #梅桃桜

2017-06-07 12:46:22
はるか @Kurosu_Haruka

「綺麗……」  それは宝石みたいで。夜空に浮かぶ星星が地上に降りてきたみたいに。海面はネオンを反射してキラキラと揺れていた。わたしはここから見る夜の光景が大好きだった。ほぼ真っ暗の道。頼りない外灯の中に浮かぶ宝石箱。 「また見惚れてんのか?」 「……っ」 #梅桃桜

2017-06-07 12:49:17
はるか @Kurosu_Haruka

いつの間にか横には太郎が立っていた。 「綺麗だよね」 「綺麗だな」 「空も森もネオンも海もみんな大好き」 「毎日見てるのに、よく飽きないよな」 「全然飽きない。ちゃんと見れば風景って毎日違う姿を見せてくれるもん」 「いつもそれだな」  太郎が苦笑する。 #梅桃桜

2017-06-07 12:51:41
はるか @Kurosu_Haruka

「太郎、好きだよ」 「知ってる」 「腕組んでいい?」 「ダメ。オレには好きな人がいるの」 「……それじゃ、なんでやさしくしてくれるの」 「お前の亡くなったお父さんと約束したからだ」 「え? なにを?」  初耳だった。 「お前の寿命が尽きるまで笑顔でいさせてくれって」 #梅桃桜

2017-06-07 12:54:35
はるか @Kurosu_Haruka

「なに……それ」 「だから元気のない時は必要だから食事に誘う」 「必要だから……?」 「そう、必要だから。オレはお前を笑顔でいさせる義務が──」 「なにそれ……!」  義務だから? 義務だから太郎はわたしに優しくしてくれるの? 「桜子?」 #梅桃桜

2017-06-07 12:56:37
はるか @Kurosu_Haruka

「惨めだよ、そんなの……」 「桜子! 食事は!」 「いらないよ、バカ……!」  夜の坂道。わたしは必死に走り抜けた。 ────── 「お姉ちゃんが帰るなり泣いてますね、お母様」 「太郎くんにスケベでもされたのかしら」 「それならニヤニヤしてるはずです」 #梅桃桜

2017-06-07 12:58:38
はるか @Kurosu_Haruka

食卓に突っ伏して泣いていると母と妹が好き勝手言っていた。 「お姉ちゃんはエロいこと苦手だけど、好きな人には、それはもう陵辱されたい願望がありますからね」 「我が娘ながら変態だこと」 「太郎さんに縛られて全部を奪われたいとか部屋で叫んで──」 「やかましい……!」 #梅桃桜

2017-06-07 13:01:04
はるか @Kurosu_Haruka

「お姉ちゃんが怒りました、こっわーい」 「ママもこっわーい!」 「くっ……人が真剣に涙を流しているというのに、この猿助どもは……!!」 「いいからご飯にしなさい。桜子の嫌いなサンマよ」 「……いらない! ハンバーグがいいってゆったのに……!」 #梅桃桜

2017-06-07 13:03:37
はるか @Kurosu_Haruka

部屋に駆け込み、わたしは慎重にベッドにつく。なにせ、わたしの部屋は断崖絶壁に張り付くようにして造られている。高所恐怖症のわたしにとっては地獄のような部屋なのだ。窓から見下ろすと崖の切れ目と波打ち際が見れるので美しいが。水平線もとても綺麗に見える。 #梅桃桜

2017-06-07 13:05:31
はるか @Kurosu_Haruka

しかし、揺れるととても恐ろしい。 「お姉ちゃん!」  揺れるととても恐ろしいと思ったそばから、妹が部屋に駆け込んできて飛び跳ねる。 「やめ! 揺れる! 怖! やめなさい、このバカ!」 「お姉ちゃん、また太郎さんにフラらたのですか?」 「ぐぅ……!!」 #梅桃桜

2017-06-07 13:06:55
はるか @Kurosu_Haruka

別にふられたわけじゃない。義務感で一緒にいるのだと告白されただけだ。でもそれは── 「お姉ちゃん、本気で傷ついてますね」  春菜は飛び跳ねるのをやめて、こちらに一歩近づいてきた。 「別に……お姉ちゃんは平気だから」 「別にと大丈夫は平気じゃない証拠です」 #梅桃桜

2017-06-07 13:08:44
はるか @Kurosu_Haruka

「心配されたいわけじゃないから……ほっといて」 「心配してほしくて、わたしやお母様の前で泣いていたくせに、素直じゃないのですから」 「ち、違うもん……違うもん……」 「お姉ちゃんは素直じゃないですよね。甘え方が下手くそです」  春菜は優しく頭を抱きしめてくれた。 #梅桃桜

2017-06-07 13:10:41
はるか @Kurosu_Haruka

「お姉ちゃん、たった一人の妹なのですよ」  優しく撫でてくれる手が柔らかい。 「悲しい時くらい甘えて欲しいのです」 「春菜……」 「太郎さんからメールです」 「え? 太郎から?」  ──どうせ、直接メールしてもあのバカ、聞きっこないからお前が伝えてくれ、春菜ちゃん #梅桃桜

2017-06-07 13:17:02
はるか @Kurosu_Haruka

その一文で始まっていた。太郎が学校での立ち振る舞いに関してはわたしののことを尊敬していたこと、みんなと仲良くできる姿にあこがれていたこと。わたしの父との約束で守ってやろうって決意していること。付き合えなくてすまない。と最後に綴られていた。 #梅桃桜

2017-06-07 13:19:32
はるか @Kurosu_Haruka

「太郎……」 「お姉ちゃん」 「こんなメール妹に送られたら、告ってフラレたのバレバレじゃん……」 「そんなの帰ってきたお姉ちゃん見てれば、すぐわかりましたけどね」 「そっか、気を遣ってくれたんだ」  太郎も春菜も #梅桃桜

2017-06-07 13:21:24
はるか @Kurosu_Haruka

わたしは太郎へ返事を書こうと自分のスマポを開く。 「ん? 一通メール着てる」 「太郎さんからですか?」  ──日下部紀香。 「へ? 紀香さん? なんぞ?」  メールを開くとそこには。 「わだす、編集者になれだでず! やくぞくどおり、づきあってくんろ! …だと!?」 #梅桃桜

2017-06-07 13:23:52
はるか @Kurosu_Haruka

「は!? お姉ちゃん、無責任な約束するから!」 「え、なに、わたし日下部紀香さんと付き合わなきゃだめな感じ?」 「約束したんですから、そこは……」 「え、やだ、わたし太郎のこと好きなのに……」 「知りませんよ! お姉ちゃんはホントバカなんですから!」 #梅桃桜

2017-06-07 13:25:16
はるか @Kurosu_Haruka

「てゆうか、日下部紀香さん、編集部に入るの早すぎ〜!!」 【梅桃桜。第一話『梅桃(ゆすら)桜子、十二歳!』】終 #梅桃桜

2017-06-07 13:27:41
はるか @Kurosu_Haruka

子供が十人しかいない島、桜ヶ島。残る住人は大人ばかり。豊かな自然とソーシャルゲームに囲まれて、日々日々、少女たちは普通に暮らしていく。島の風景と太郎を愛する桜子や、みなのスローライフはどうなるのか。次回、梅桃桜。第二話『冗談でしたじゃ済まされない!』今日も元気だっ! #梅桃桜

2017-06-07 13:32:50