梅桃桜。第二話『冗談でしたじゃ済まされない!』

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はるか @Kurosu_Haruka

「エイジくん! エイジくん!」 「なんじゃい、藪から棒に」  エイジくんは御年、今年で五十一歳。本当と島をつなぐ橋のそばにある食事処の店主である。わたしとは幼い頃からの友人である。 「適当に無理な条件だして付き合うよって言ったらさ!」 「うむうむ」 #梅桃桜

2017-06-07 13:39:13
はるか @Kurosu_Haruka

「まさかの条件クリアー! どうやって断ったらいい!?」  人生に迷うと稀に相談にのってもらいにくる。海もお食事どころから近いので散歩もできるし。 「断るもなにも約束は破ったらだめだ〜」 「え、えええ!? でもその子のこと好きでもなんでもないよ!?」 #梅桃桜

2017-06-07 13:42:09
はるか @Kurosu_Haruka

「好きでもねえのになんだって、そんな約束したんだ」 「き、キープしときたくて」  わたしは目をそらして頬を赤らめる。 「桜子ちゃん、相変わらずゲスいねぇ」 「そんなことより、どうしたら誰も傷つかずに丸く収められるのかな!」 「付き合え」 「……!?」 #梅桃桜

2017-06-07 13:44:00
はるか @Kurosu_Haruka

「そして別れろ!」 「そんな……! わたしが悪者になっちゃう!」 「それが人の道だ」 「くっ……わかったわ、エイジくん。わたし……鬼になる!」 「その意気だ」 【梅桃桜。第二話『冗談でしたじゃ済まされない!』】 #梅桃桜

2017-06-07 13:45:43
はるか @Kurosu_Haruka

島から本島へ続く橋。その途中にある防波堤に、わたしは紀香を呼び出した。カモメが飛び、海風が気持ちいい六月の海。釣り人や観光客もチラホラ見える。 「おらとつぎあう決心がついたが」 「……ええ。約束は約束」 「おら、おまえのために一晩で編集長さ、なっただ」 #梅桃桜

2017-06-07 13:47:58
はるか @Kurosu_Haruka

「いったい、どんな魔法を使ったのかしら」 「おらのおっとおさ、アラブの石油王だっぺ」 「な、なんですって……!?」 「スローライフば、したくで、この島さ引越してきただ」  そういえば彼女は転校生。このまま同性婚でもすれば、わたしは金持ちに── #梅桃桜

2017-06-07 13:49:51
はるか @Kurosu_Haruka

「金の力でできねごと、なんもね」 「……そうね!」  お金は正義である。ぶっちゃけ、お金があれば人の心も変えるのだ。好きになって欲しい相手の周囲の人間を金で雇ったチンピラに暴行を加えさせ続け、どんどん落ちぶれさせる。そして孤独になった対象に偶然を装い出会う。 #梅桃桜

2017-06-07 13:51:57
はるか @Kurosu_Haruka

そのまま悩みを聞いたり、『たまたま』欲しいものを余らせていてプレゼントをするなどを繰り返し、唯一の理解者に収まればいい。そして金で雇った連中は金で雇った奴らに始末させ口封じを── 「梅桃先輩……怖い顔してどうしただか……」 「なんでもないわ。お金って素敵ね」 #梅桃桜

2017-06-07 13:53:40
はるか @Kurosu_Haruka

「そだ。おらのこど好きになってきただろ」 「ええ。一日付き合うごとに五百万円頂戴」 「おやすいごようだべ」 「ふふ、交渉成立──」  違う!!!  「違うでしょ、梅桃桜子ぉ!!」 「なんだべ!?」 「愛というものは神聖なもの!! 恋の果てに見つけるパラダイス!」 #梅桃桜

2017-06-07 13:56:07
はるか @Kurosu_Haruka

「な、なんだらこといっとるだ!」 「愛の花はね、お金を注いで咲かせるものじゃない!」 「……なんだば!」 「心で咲かすものよ!」  ザバーン。一際高く波が跳ね、わたしたちの言葉を切る。 「わたしのことを好きになった理由は?」 「そ、そっだらごと……」 #梅桃桜

2017-06-07 13:58:26
はるか @Kurosu_Haruka

「答えなさい! 愛のために!」 「お、おら……」  紀香はハニカミ、顔を伏せる。 「転んでしまっだどき、梅桃先輩が、うちまでおんぶしてっでくれたろ?」 「あったね、そんなことも」 「あの日から、おら……」  紀香は耳まで赤くしている。 #梅桃桜

2017-06-07 14:00:52
はるか @Kurosu_Haruka

「それなら、わたしにも同じように心をつかむようなことしなきゃ」 「言われたとおり出版社の編集長さ、なっただ」 「ぎくぅ……」  痛いところをつかれた。いやはや、かぐや姫並みの無理難題をクリアーされるとは思っていなかった。  よし、付き合ってから別れる方向にするか。 #梅桃桜

2017-06-07 14:02:58
はるか @Kurosu_Haruka

そう思った瞬間だった。 「ちょっと待ったウサー!!」 「なにやつだべ!?」 「いちごちゃん!?」  防波堤の先端に腕を組んでいる、いちごの姿があった。うさ耳も服もびょ濡れである。 「桜子ちゃんと付き合うとか、認められないウサ!」 「ほんだら、こど知らね……!」 #梅桃桜

2017-06-07 14:05:09
はるか @Kurosu_Haruka

「そ、それより、いちごちゃん、なんでずぶ濡れなの」 「話を聞いたからだウサ! 砂浜で!」  彼女は島の砂浜を指差す。500メートルはある。 「日下部さんの告白騒ぎを止めるために一直線に泳いできたウサ!!」 「アホだべ……!?」 #梅桃桜

2017-06-07 14:06:54
はるか @Kurosu_Haruka

「あちしも桜子ちゃん、好きウサ!」 「あ、ありがとう」 「ほっだらごと、おらしんね! 早いもんがちだべ!」 「早い者勝ちなら、あちし、いつも好き好き言ってるウサ!」 「おら、編集長なれただ!」 「あちしのお父さん、アニメ会社の社長だウサ!」 「あらま」 #梅桃桜

2017-06-07 14:09:22
はるか @Kurosu_Haruka

作家志望のわたしにとって、どちらも美味しい物件である。どこの馬の骨とも知らない幼馴染に片思いしてるよりよっぽど利がある。女とは打算で恋をするものなのである。なにかを与えてくれる相手がすべてなのだ。 ──こんなとこにいたんだ。 あの日、太郎が見つけてくれた防波堤 #梅桃桜

2017-06-07 14:12:20
はるか @Kurosu_Haruka

一人で泣いていた、わたし。助けてと素直に言えず、ずっと泣いていた、そんなわたし。雨の中、防波堤に座り込みただ泣くしかなかった。見つけてくれたのは太郎だけだった。あの日から、わたしは彼が好き。 「──おらには金があるだ!」 「あちしには耳より長い愛が!」 #梅桃桜

2017-06-07 14:15:49
はるか @Kurosu_Haruka

「──ごめんなさい」  その言葉に二人の少女は固まった。 「梅桃先輩……」「桜子ちゃん……」 「これからもずっと好きでいて。約束」 「うう……」 「もしかしたら、いつか付き合えるかもしれない。だから好きでいて欲しい」 「お、おら、ずっと好きでいるだ」 「あちしも……」 #梅桃桜

2017-06-07 14:18:05
はるか @Kurosu_Haruka

────── 二人を見送り、わたしは夕暮れの防波堤に腰掛け、空を眺める。綺麗な縮れ雲。爽やかな波の音。そしてカモメの声。海って本当に素敵。何時間でも楽しんでられる。  日は沈み、対岸の街には明かりが灯り始める。  キラキラとまるで宝石のように。 #梅桃桜

2017-06-07 14:20:21
はるか @Kurosu_Haruka

「何時間そうしてるつもりだ」 「……え?」  言葉に振り返ると、そこには苦笑している太郎の姿があった。 「もう夜中の十時だぞ。みんな心配してる」 「どうかな。心配なんてされたことないよ」 「お前はホントにわかってねぇなぁ……」 「なにがよ」 #梅桃桜

2017-06-07 14:23:45
はるか @Kurosu_Haruka

「島のみんなに愛されてるってこと」 「わかんないよ、そんなの」 「鈍感だよなぁ」  太郎は、わたしに背を向け、離れた位置に腰掛ける。彼は絶対に、わたしの隣には腰掛けない。絶対に。  わたしの眉間はシワを刻んだことだろう。 「好きになるってめんどくさいね」 #梅桃桜

2017-06-07 14:26:02
はるか @Kurosu_Haruka

「めんどくさいな」 「友達ならなんとも思わない一言や行動で傷ついたり喜んだり」  隣に座って欲しいのに言えないし、行けない。 「して欲しいことたくさんあるのに素直に言えない」  辛いときにそばにいてほしいのに素直に言えない。迷惑かと思っちゃう。 #梅桃桜

2017-06-07 14:28:20
はるか @Kurosu_Haruka

「いつになったら、殺し合い始めるのかな」 「わしも、待っとるんやけどな、アリス」

2017-06-07 14:29:20
はるか @Kurosu_Haruka

「太郎のこと好きで好きでたまんない」 「……」 「好き。好きなの……!」  わたしは立ち上がり、叫ぶ。波の音しか応えてくれない。 「太郎は、わたしと手が触れると気まずそうにする。食事も友達と行くと絶対に隣に座ってくれない……!!!」  彼は海を眺めて応えてくれない。 #梅桃桜

2017-06-07 14:31:40