決選前夜
#黒套騎士譚 「あの日以来、こんなにドキドキした事ってあったかな?」 「あるにはあるが、“自分を賭けて”という意味では無いだろう」 「そうだよね」 仮面の店主と、黒衣の騎士。 全く同じ髪の色と瞳をした二人が、相対している。
2017-06-12 23:31:12店舗代わりに使っていた建物の地下。 未だに死臭と血の香りが染み付いた部屋の中。 死体を解体していた机を挟んで葡萄酒を飲み交わす。 「という訳で、まず先に渡しておこう」 店主が右手を伸ばす。 騎士が同じく手を伸ばしてその手を取る。
2017-06-12 23:37:36店主の手の甲より浮かぶのは黄金の光。 混沌を払う灯火。 聖印。 意匠は“花と栞”。 そして、部屋中を照らすその光はサラサラと崩れ、 騎士の手の中へと零れ落ち吸い込まれてゆく。 店主がそっと手を放す。
2017-06-12 23:43:42騎士が手を返す。 先程のものより、より大きく、より眩く輝く光。 この4年間で戦い、勝ち取り、吸収した混沌。 竜の巣の混沌核の欠片。 そして今、店主から譲渡された聖印。 それらが合わさったものは強大であったが。 その色は黄金。 それが象るのは“花と栞”。 全く同一の、聖印。
2017-06-12 23:49:03「確かに」 騎士はそう一言残すと、聖印を消す。 どちらともなく、ふーっと息が漏れた。 「わぁ……聖印を使わない個体とかはあったけれど、こんなに聖印を使えない“私”だらけなのって初だよね……新鮮な気持ちだよ」 「そして、これだけ一個体に力を集中したのも初だろう」
2017-06-12 23:53:05「その必要が無かったからね。 ……うん、集められる限りは集めた。そこそこ良い量ではないかな?」 「活動している個体に関しては、それなりに均等に配分されていたしな。それを集約すればかなりのものだろう」 互いに酒を口に運びながら、会話を続ける。
2017-06-12 23:58:44「しかし、消息不明……というより移動型魔境に取り込まれたり、庭に覆われて調査不能な拠点が幾つかあったからね。……あまり深く考えていなかったけれど、静寂兵の“私”とかも居るのではないかね?」 「可能性はあるな。バラバラになっていそうだが」 「嗚呼、知りたかったねその視点……」
2017-06-13 00:00:29店主が頬杖をついて足をパタパタとさせる。 「ああー!自粛していて余り使っていなかったとはいえ、記憶も読めなければ混沌も払えないと思うと何だかソワソワしてしまうね!」 「これが終わってまた割譲するまでの辛抱だろうに。……とはいえ、私が抱え落ちすると目も当てられないが」
2017-06-13 00:05:08子供の駄々めいた顔と、微笑という違いはあれど喜色を浮かべた二人はどちらともなく口を揃える。 「「だからこそ、面白い」」 そうしてくすくすと笑うと満足したのか、店主が再び姿勢を正す。 「まぁ、この話はそこまでにしておこうか。もうひとつの話をしよう」
2017-06-13 00:08:07あっさりと口にする。 「ガイスト君、協力してくれるそうだよ」 「そうか」 「まぁ、彼が私の望みを断る訳が無いのだけれどね?」 「私が直接出向いていたら、殺されて破談になっていた可能性はあるがな」 「まぁね!」 「実際に呼んだ時に、彼が発狂しないと良いが」
2017-06-13 00:31:36「そこは彼を信じよう。それに、発狂なんて始めからしているのだから」 「違いない。……呼び出す手順は?」 「作戦開始の日付は告げたからね。その日になれば、彼は表に出てくる。力のある個体は君くらいだから捕捉も容易だ。後は例のキーワードを呼べば直ぐだよ」 「了解した」
2017-06-13 00:37:06再び唇を尖らせて店主は拗ねたような顔を見せる。 「いいなぁ……この黒幕として糸を引く稼業も楽しかったけれど、言ってみたかったね合言葉……だって私が最高にテンションが上がるように考えた口上なんだから、言っていて楽しくない筈が無いじゃないか……」
2017-06-13 00:40:25「表に出ていた特権だな」 「まぁ、君は頑張ってくれたしね。その分の報酬としては足りないくらいだ」 「いいや。報酬を貰うまでもなく、良い体験をしたとも。 ……本当に。特に、この一年は」 「うん、そうだね。聞いていて……“読んで”いて、とても楽しかったよ」
2017-06-13 01:37:40店主の顔をふと、騎士がじっと見つめる。 それを受けて店主はカラカラと笑った。 「私が私を慮るとは面白いね。確かにその体験を君から“読む”しかなかったのは惜しむけれど、私も色々とやっていたと言っただろう? 特に、竜の巣に関する報告と伝聞をまとめて本を書いたのは実に楽しかった」
2017-06-13 01:41:48ちらりと、部屋の隅の土間を見遣る。 「君含め他の私にも伝えてあるし、印刷技術なりアカデミーが復興したら寄贈しに行こうかな。万一の事があっても平和な戻ってくれば、誰かが掘り起こして見つけてくれるだろう」 「ああ、我ながら名著だった」 「一家に一冊置きたい仕上がりだと自負しているよ」
2017-06-13 01:48:11「作家業でも始めるか?」 「書くより実践派だがね。時々なら良いかな」 「確かに『悪役』としてはこれが終わってからが本番だ。副業をする暇があると良いのだが」 そう、未来の話を何ともなしにして。
2017-06-13 01:53:24店主がボトルを手に取り、再び杯に並々と葡萄酒を注ぐ。 「もう一回乾杯しよう!」 騎士もそれに応じて、盃を掲げた。 「何に乾杯する?」 店主は本当に嬉しそうに、ふふふ、と声を漏らす。 「私はどんな結末でも好きだけれど、それでも今、この物語の結末を祈るならこうなるね」
2017-06-13 02:02:24「未来と希望に乾杯!」 赤い水面が揺れた。 「まぁ、今回くらいは王道が良いだろう」 騎士が軽く傾ける様にして、淵同士を打ち鳴らした。 「未来と希望に、乾杯」
2017-06-13 02:06:49与太話
そういえば 虚空塔希終譚 こくうとうきしゅうたん は 黒套騎士譚 こくとうきしたん のもじりです。 本当はアナグラムにしたかったけど上手くいかなかった。 虚心とか何か他にも弄ったりしたけど。 そんな感じ。
2017-06-13 02:37:51わたし「シリウス君はいいぞ……(語彙が死滅して半泣きになるオタク)」 ラコート「少年、やはり推せる要素しかない」 大丈夫かこいつら
2017-06-13 02:58:28ラコート「推しに自分がかけた言葉を復唱して貰って、それを心を奮い立たせる燃料にされたらもはや推すしかないだろう?」 わたし「わかりみしかない……」 限界オタク共じゃん
2017-06-13 03:02:59