高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

あー提督に密かな好意を抱えたまま戦死した川内が化けて出るお話書きたいなー 姉の叶わなかった恋を知らない神通が提督にラブレター渡した直後、何もない虚空からまるで叩かれたようにラブレターが手を離れて床に落ちるようなの

深海さかな @dzurablk_kai

＃高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

魔法が使えればいいのに 私がそんなファンタジーな妄想を抱くようになったのは、いつの頃からだっただろうか 少なくとも幼少期にはそのような願望も、フィクション作品への興味は無かった 思春期も同様 となれば、この警備府に着任になってからだろう #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

だが、大湊で任務に就くことと、魔法が使いたいという願望もまた、なかなかどうして繋がらない 半時間ほどぼんやりと、そんなミッシングリンクに想いを馳せたところで私はようやくその発起点たる一人の人物に行き当たるのだ 大湊警備府の提督である、その男性に #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

あー、魔法が使えたらなあ 提督を振り向かせて少しくらいは、未だ経験したことの無い年相応な女の子らしいこともできるのに そんな風に一人、心中で愚痴るのがここ数ヶ月、寝起きの川内の日課になっていた #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

だが提督が私に振り返ることなど、きっとない それは限りなくゼロに近い、奇跡とでも言うべき可能性である 提督が好みなのは神通のように女性らしく、那珂のように可愛らしい異性なのだから、そんな彼が私のことを好いてくれる状況というのは魔法でもなくては考えられないのだ #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

そうして小一時間抱えた、悶々とした悩みを反芻しては諦め、ため息と共に聞き流し、ベッドから体を起こす午後五時 遠征のための、四年間変わらぬ起床時間はここ最近やけに気だるく感じられ、夜戦のときめきを感じることもめっきり減ってしまった #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

・・・本当に、いつの頃からなんだろう 提督が神通たちと笑いあう様を見て、胸が締め付けられるようになったのは そして、そんな自分の感情から姉の尊厳という言い訳へと逃げ込むことで、目をそらし続けるようになったのは #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

きっと私にその問いの答えは見つけ出せないし、それを覆すような奇跡が運命的に私の身に起こることもないのだろう 諦観と共にブーツで床を蹴ると、踵の音がすっかり暗くなった誰もいない部屋に木霊する #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

神通も那珂も演習で遅くなるらしい 私と違ってエリート水戦の旗艦なのだから当然といえば当然だ そうして私はいつものように、何の刺激もない夜間の輸送任務へと向かうのだった #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

遠征任務は何の問題も無く終わった 変わったところといえば、敵水雷戦隊と遭遇して後方の駆逐艦が衝突事故を起こしたくらいだろうか だが水戦を指揮する阿賀野の存在と、妙高さんたち五戦隊の援護のおかげで、私は思い残すことなく夜戦で暴れることができた #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

単身敵に突っ込んでいくうちに味方の艦とははぐれてしまったが、なんとか中破しつつも問題なく基地まで帰投できた 埠頭から陸に上がる、脚が重い 骨でも傷めてしまったのかもしれない どことなく頭も痛む気がする だが今は何よりもまず、睡魔が優先だ #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

港から宿舎に向かう道すがら、私は誰とも会うことはなかった そういえば今朝は、講堂の方がやけに賑わっているような気がする きっと次の大規模作戦の壮行会でもやっているのだろう、遠征組の私には関係の無い話だ そうして昨晩一人後にした自室に、一人で帰り布団に倒れこむ #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

今はとにかく、何もしたくない 何も余計なことは考えたくないし、人と不要不急な会話もしたくはない どこかいじけたような、子供っぽい理屈を脳内でこねくり回し、疲労感に痺れる手足を安毛布に放り出した ・・・心なしか、胸が痛む気もするが、きっと胃の痛みだろう #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

昨晩口にした携行食は、本当に酷い味だったのだから 胸に抱いたその感情が孤独感だと気付いたのは、私の頬を一筋の涙が伝ってしばらく経ってからのことだった #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

・・・川内が、自分が轟沈していたと気付いたのは、それから数日経ってからのことだった #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

軍隊での葬式というものは、総じて質素なものだ 大抵は正門から続く大通りを霊柩車がゆっくりと声なき帰路に就いた仏を乗せて走り、その両脇で整列した列員が敬礼で見送る 川内も訓練生の頃に、宿舎で自殺した人間を見送った経験があるのでよく知っている #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

だからであろうか、川内は自分を乗せた棺が運ばれていく様を目の当たりにしても、さしたる感慨も抱かなかった 詰襟に白手袋の礼装で整列する一団、このうちの何人が私のことを悼んでくれているのだろう 半分くらいだろうか、少なくとも私なら面倒さの方が先に出るな #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

ただその中で、やはり姉妹艦たちの表情は少しばかり気にかかった 那珂は、私の葬儀の間、一瞬たりとも泣かなかった 姉妹で一番子供っぽくて騒がしい末っ子だとばかり思っていた彼女は、なるほど二水戦に次ぐ実力と謳われる四水戦旗艦なだけのことはあった #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

目の端に涙を浮かべながらも表情一つ崩さず直立不動で、まるで私の死など意にも介さないかのような錯覚を覚えるほどに、立派な指揮官の姿がそこにはあった 対照的に、意外だったのは神通だ こちらは那珂の姉であることが嘘のように始終泣き続けていた #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

華の二水戦と言われるほどの、軽巡どころか艦隊随一のエリートである神通があたかも年端も行かぬ幼子のように声を上げて泣く様は、聊か以上に衝撃的なもであった 死人に口なし、今だからこそ正直に白状しよう 姉である私の神通に対する感情は、さして平穏な物ではなかった #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

どこまでも女性らしく、しとやかで、装備も優れたエリートで、それでいて提督の好みのタイプである・・・ そんな神通が心から好きだったかと問われれば、それなり以上に複雑だ 人前や本人の前では姉として振舞ったとて、内心まで穏やかだったはずもない #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

高嶺の花だった華の二水戦、その旗艦である妹が私の死に号泣している そんな光景が私を「なぜ、なんで」という思考の迷宮に誘い、判断能力を奪ったのだ ここにきて私は、なぜ死して尚現世に留まっているのかを理解した、いや実感した #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

私は神通に嫉妬していたのだ 神通に意中の提督を奪われることが怖くて、それで成仏できなかった だから、きっと、ずっと 私に安息の日は訪れない こんな汚れた感情を抱き続けて、地獄に落ちるか醜い深海棲艦に生まれ変わるに決まっているのだ #高嶺の二水戦

深海さかな @dzurablk_kai

誰の目にも映らないことをいいことに、私は盛大に泣いた 生まれて初めてのことだった 葬儀で声を上げて涙することなど、最初で最後だったが、その唯一の機会の主役が自分自身であったことには、運命の女神の皮肉を感じずにはいられなかった #高嶺の二水戦