高嶺の二水戦

バックナンバーの「高嶺の花子さん」聞いてたらふと、思いついた ・・・のはいいんだが、本来書きたかったシーンが何一つ入っていないSSとはこれいかに
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深海さかな @dzurablk_kai

数ヵ月後・・・ 私はあいも変わらず、大湊警備府に化けて出ていた 自室は日中ほぼ無人なため、今では昼も夜も艦隊司令部要員で賑わう執務室をうろうろするのが日課のようなものだ まあ日課といっても、幽霊に睡眠などあるはずもないのだが #高嶺の二水戦

2017-07-18 21:55:07
深海さかな @dzurablk_kai

大湊警備府の執務室は非常に実用的な作りになっており、突き当たりの提督用机と扉の間には事務机が並べられており、作戦中は無線機とそれを操作する駆逐艦たちでごった返すのが常だ 窓とは反対側の壁には仮眠室への扉があり、専ら提督の寝室と化している #高嶺の二水戦

2017-07-18 21:57:44
深海さかな @dzurablk_kai

つまるところ、執務室に居さえすれば私は誰に見咎められることもなく、作戦行動の概要から作戦の進捗状況、時折無線を経由して繰り広げられる艦隊内部の噂話や、はたまた提督の寝顔までを楽しめるというわけである #高嶺の二水戦

2017-07-18 22:00:06
深海さかな @dzurablk_kai

だが、その日は違った この数週間、常に十数人の艦娘で賑わっていた執務室にいるのは私を除いてただ二人だけ 大規模作戦がとりあえずの終息を迎え誰もがなけなしの休暇を謳歌している中、この部屋を訪れていた物好きな艦娘は他ならぬ、神通であった #高嶺の二水戦

2017-07-18 22:02:25
深海さかな @dzurablk_kai

その神通の対面に立って困ったような、どこか引きつった笑みを浮かべる一人は提督である これはまずい所に出くわした、なんとも面妖な雰囲気だ 早く退散しなくては そう思い直し混乱から立ち直るよりも早く踵を返した私の背中に、聞き慣れた姉妹艦の声 #高嶺の二水戦

2017-07-18 22:04:33
深海さかな @dzurablk_kai

「提督、あの・・・ 急にお呼び立てして申し訳ありません・・・」 妙に上気した声音が否応なしに色っぽい雰囲気を醸し出している ついぞ私が持ち合わせることの無かった天賦の才に、またもや痛むはずのない胸の奥が疼いた 「今日は、どうしてもお渡ししたいものがあって・・・」 #高嶺の二水戦

2017-07-18 22:07:44
深海さかな @dzurablk_kai

そう言いながらおずおずと差し出されたのは、洋式の横長な封筒だ 一見すると質素だがよく見ると和紙のような質感で、微かに水彩絵の具のようなマーブル模様が見て取れる 神通が提督に手渡す公式書類にしては余りに不自然なその手紙が恋文であることは、状況から見ても明らかだった #高嶺の二水戦

2017-07-19 19:17:26
深海さかな @dzurablk_kai

そのことに考えが至ったのと、川内が顔を伏せたのはほとんど同時だった 見たくない、信じたくない、考えたくない、逃げ出したい まさか恋路になど一度も興味を示すことの無かった神通が、それもよりにもよって提督にプロポーズをするなんて #高嶺の二水戦

2017-07-19 19:19:46
深海さかな @dzurablk_kai

足が震える、背筋が寒くなる 恐怖に呑まれて提督の顔が見られない その反面、この場を立ち去りたいのに足が震えて言うことを聞かない いやだ、やめて、聞きたくない 聞きたくないのに、なぜ私は提督の答えを待っているの そうだ、これは喜ばしいことのはず #高嶺の二水戦

2017-07-19 19:21:46
深海さかな @dzurablk_kai

私が沈んで空気が重くなりがちだった艦隊にも久方ぶりとなる明るい知らせだし、何より大切な妹が恋に目覚めて、それも提督みたいな素敵な異性と付き合えるのなら、何も言うことはないではないか 何を隠そう提督は、私が見込んだほどの男性なのだ #高嶺の二水戦

2017-07-19 19:23:42
深海さかな @dzurablk_kai

そうだ、何もおかしなところはない 私が惚れた男性は、きっと神通のことを幸せにしてくれる ・・・そんな風に割り切れるはずがなかった #高嶺の二水戦

2017-07-19 19:24:35
深海さかな @dzurablk_kai

「なんで、なんでよ・・・」 理性が押しとどめるよりも早く、言葉が口を衝いていた 「私だってそんな風に、提督に告白したかった・・・ 提督と幸せになりたかったのに・・・ なんでよりにもよって、私じゃなくて神通が・・・」 #高嶺の二水戦

2017-07-19 19:26:13
深海さかな @dzurablk_kai

脳裏を渦巻く葛藤とコンプレックス ただ一人改修を後回しにされ、改二実装も長女なのに一番最後で そんな内部の事情を知ってか知らずか、川内型を模倣しつつある深海棲艦たちにも未だ私に似た者は存在しなくて いつも取り残されるのは私一人で #高嶺の二水戦

2017-07-19 19:28:36
深海さかな @dzurablk_kai

その上恋路でも妹に先を越されるなんて 「そんなのって・・・あんまりでしょ・・・!!」 そう呟く声も目の前の二人に届きはしない 届かなくてよかった、こんな声 涙交じり嗚咽交じりのこの上なく惨めで残酷な怨嗟の声なんて 私は本当に、いつまで経っても姉失格だ #高嶺の二水戦

2017-07-19 19:30:38
深海さかな @dzurablk_kai

まるで暗い海の底にいるかのような重苦しい空気が執務室に充満する その雰囲気に呑まれ、よもや心までが押し潰されようかとしていた折、沈黙を衝いたのは提督だった 「・・・神通、悪いがこれは受け取れない」 ただその簡素な一言で、川内は自らの呼吸が楽になるのがわかった #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:04:35
深海さかな @dzurablk_kai

「・・・理由を伺ってもよろしいですか」 神通が震える声で問い返す 「確かに君は素敵な女性だ 仕事もできるし器量もよく、人望が篤くて・・・もっと言えば、俺の好みのタイプでもある」 提督の言に一度は上向きかかったテンションが再度急降下していく #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:09:13
深海さかな @dzurablk_kai

「だがな、悪い 俺には先約があるんだ」 先約? 提督に意中の女性がいたなど聞いたことが無い 全く適わぬ恋路というものも、ここまで来れば喜劇的だ 川内の内心の自嘲を代弁するかのように神通も提督に言葉を返す 「それは・・・存じ上げませんでした」 #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:11:17
深海さかな @dzurablk_kai

「相手は君もよく知る人物だよ この警備府の最古参にして、非常に好戦的なやつだった 神通に負けず劣らず、些かの可愛げもあった」 はて、そんな艦娘が誰かいただろうか 一体誰のことを言っているのだろう 「だった、というのは・・・」 #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:14:23
深海さかな @dzurablk_kai

「ああ、ついこの間沈んだ、警備府唯一の艦だ 全く・・・お陰で永遠に渡せなくなっちまった」 そう言って提督が机の引き出しから取り出したのは、一対のペアリングだった 待ってよ、戦死? それも唯一のってことは・・・ フリーズする思考、早くなる胸の鼓動 #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:17:35
深海さかな @dzurablk_kai

「姉さんですか」 「ああ、あの夜戦馬鹿だ」 「でも姉さんが沈んでからはもう大分経ちます」 「何でだろうな・・・ 俺にはまだあいつが死んだとはどうしても思えないんだ 今でも隣にいるような気がしてならない」 川内はこの時、提督が人前で涙するのを初めて目のあたりにした #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:22:35
深海さかな @dzurablk_kai

「・・・相手が姉さんでは、敵いませんね」 神通が踵を返す 「そういうことでしたら私は潔く、身を引きたいと思います 失礼します」 語尾の震えた神通の声を戸口の音が遮り、後には川内と提督だけが残された #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:25:22
深海さかな @dzurablk_kai

気がつけばとっくに日暮れの時間どきで、西に面した執務室の窓からは黄昏た光が部屋を暖色で埋め尽くしている 黄昏迷彩とも言われる川内型のセーラー服のような、そんなオレンジ色の中に一際輝く紅の輝点 吐き出された紫煙からは微かにバニラの香りがした #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:28:10
深海さかな @dzurablk_kai

「悪かった、川内」 突然声をかけられはっと我に返る 「俺は卑怯だ、今までお前にこの想いを伝えられなかったんだから」 違う、ちゃんと伝わってる 姿は見えなくても聞こえてるよ 「お前と顔を合わすことすら気恥ずかしくて、いつも遠征ばかりさせてもいたな」 #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:30:15
深海さかな @dzurablk_kai

そうじゃない 気恥ずかしかったのは私も一緒なんだよ 「なあ川内 お前がまだ隣にいてくれたとしたら、お前の目に俺は・・・どんな風に映ってるんだろうな」 そんなの決まってる 提督と同じ想いをずっと抱えてきたんだから #高嶺の二水戦

2017-07-20 07:31:48