#創作荘 東京オフ会小説『絡めた指、唐草模様』 5 でも、違和感があった。どこかしっくりこない……そうか。たった今まで、お菓子パーティーをしていたのに、シンポジウムみたいになっている。 「入れ物って、例えば?」 「仲間そのものがお互いに。気に入った人の格好に仮装してもいい」
2017-09-10 08:26:21「コスプレですか?」 「コスプレ?」 今度はせりやさんが首を捻っている。私は、段々と不安でたまらない推測に心を満たされた。と、そこで、いきなりピーッと口笛のような甲高い音がした。 「きゃあっ!」 「お湯が湧いただけよ。あなた、疲れてるの?」 「い、いえ……ごめんなさい」
2017-09-10 08:27:38せりやさんは軽くうなずき、膝をたてると、ガス台まで歩いてガスを止めた。ひっきりなしに湯気を吐くやかんから、カップにお湯を注ぐ後ろ姿が、モデルさんみたいに綺麗だった。少しして、ヤカンをガス台にもどし、煮出し終えたティーパックを三角コーナーに捨てると、お盆にカップを
2017-09-10 08:28:40二つとお皿を一つ乗せて持ってきた。 「ミントチョコレートだけど、いい?」 お盆を両手に持って、器用に腰を下ろしながらせりやさんは聞いた。 「はい」 「良かった。歯みがき粉みたいな味で、ちょっと処理に困ってたの。冗談よ」 私の表情を観察しながら、せりやさんは楽しそうに言った。
2017-09-10 08:30:26その時、せりやさんの肩ごしに、ラジオの土台代わりになっている潰れかけた箱があるのが見えた。 「萩の月……?」 思わず口から言葉がこぼれた。まさにそれは、洋館でせりやさんが振る舞って下さったお菓子だった。 「食いしん坊さんね」 「いえ、その……すみません」
2017-09-10 08:31:23「謝ることじゃないでしょ」 にこにこしながらせりやさんはカップを私の前に置いた。 「いつだったか、創作仲間とささやかなパーティーをした時の名残よ。あなたはいなかった」 最後に一言付け加えてから、せりやさんは自分のお茶を一口飲んだ。 「どんなパーティーだったんですか?」
2017-09-10 08:32:46「そんなに大層なものじゃなかったね。ただ、もっと色々喋ることが出来たらな、とは思った」 「私もです」 それは本心だ。出されたお茶を頂いて、聞き役にばかり回っている気まずさをごまかした。 「何を書いても書かなくても、あたしはあたしでいたいなあ」 自分の背中の後ろに回した両手で
2017-09-10 08:34:00畳を押しながら、せりやさんは天井を見上げた。 「ラジオでも聞く?」 何も言えないまま、ミントチョコレートに手を伸ばすかどうか迷っていると、そう持ちかけられた。 「はい、ありがとうございます」 「少し待ってね」 ぱちん、とスイッチが入る音がして、アコースティックギターの
2017-09-10 08:34:50フォークソングが流れてきた。四十年くらい前のセンスだ。 「リスナーの皆さん今日は。リテラチャー・ラジオ、木曜日のDJはみやびんでーす!」 ラジオから、どう聞いても間違えようのない声と名前が流れた。 「ええっ!?」 「どうしたの? 知ってる人?」 頭の整理が追いつかない。 続く
2017-09-10 08:36:12#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 6 「そして、本日は割腹自殺を遂げた三島由紀夫氏の本葬が築地本願寺でしめやかに行われました。氏の行為には様々な議論が交わされていますが、故人のご冥福をお祈り申し上げます」 「はあ!?」 自分の声に自分で驚いた。四十年以上前の話だ。
2017-09-10 21:42:41「あたしは、三島は好きでも嫌いでもない。でも、小林の論評は正しいと思う」 「な、何て論評したんですか?」 「皆、知らない内に事件を事故のように物的に扱っているんじゃないかって」 正直なところ、ピンときにくかった。迂闊に何か言っていい話でもなさそうだから黙っていた。
2017-09-10 21:43:45「物的に、か……。じゃあ、仮にあたしに何かあったとして、物的に扱われない場所ってあるのかな」 せりやさんの呟きに、気の利いた返しができないのがもどかしい。 「ありますよ~。周波数を……に……」 ラジオから、みやびさんがその場で回答……え? 「電波障害かな。別な局にするから」
2017-09-10 21:45:11せりやさんが、今一度ラジオの前に座って、周波数のダイヤルをいじった。途端に目の前が様変わりした。 気がつくと、元の洋館で、せりやさんはおいしそうに八つ橋を食べていた。抹茶風味が好みのようだ。 「他の皆、どうしたんだろ?」 八つ橋を一つ食べ終わってから、せりやさんは言った。
2017-09-10 21:46:50そう、私達二人以外には誰もいない。 私は黙って萩の月を食べた。ふんわりしたクリームが、少しだけ頭の痺れを溶かした。 「あの……私、探してきます」 自分でも訳の分からない義務感に突き動かされて、私は一人で席をたった。 会場を出ると、また違った場所が私を迎えた。薄暗い森の中で
2017-09-10 21:47:43暑くも寒くもない。 前後左右はおろか、空まで木で塞がっている。どうでもいいけど広葉樹林だから、花粉症はまず心配なさそう。地面を良く観察すると、細く曲がりくねった道が伸びている。どうせ、正面に進もうが後ろを向いて逆方向へ進もうが変わらないのだろう。だから私はそのまま歩き始めた。
2017-09-10 21:48:40「今日は」 急に呼び止められて、爪先がまず驚いた。手前の木の枝から、一匹の蛇がぶら下がっている。察するに、蛇から挨拶された。 「こ、今日は」 「歩き詰めで喉が渇きませんか? お茶をお出ししましょう」 「あの……どんなお茶なんでしょう?」 答の代わりに、蛇は自分の尻尾を自分の
2017-09-10 21:49:33口に寄せ、そのまま噛みついた。千切れた端から血が滴っている。 「お好きなだけどうぞ」 血まみれな口を開けて蛇が勧めた。 「要りません!」 気持ち悪いにも程がある。私はそのまま走り出した。追ってはこないようだけど、息が切れるまで走った。膝がもつれそうになったところで、ようやく
2017-09-10 21:50:47足を止めて、へたりこみそうになるのを我慢していたら、いつの間にか木に囲まれた広場にたどりついていた。そこには一台の自動車があった。詳しい知識がないので、ただ大きめだとしか分からない。 「お嬢さん、乗っていきませんか?」 助手席の窓を開けて、運転席にいる誰かが呼びかけた。
2017-09-10 21:51:40ここからだと良く見えない。 「どこへ……どこまで……」 簡単には上がった息が戻らない。途切れ途切れに私は答えた。 「ゆっくり休めるところです」 そう言って、運転席にいる人は座ったまま身体ごとこちらに向き直った。 「りおんさん!」 「変な蛇のお陰で疲れたでしょう? さあ」 続く
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