ストレイトロード:ルート140(29周目)

オリジナル短編「ストレイトロード」のコンビがお届けする、掌編という名の習作。 今回は1401~1450+おまけ。 いつもと違った切り口から書いてみたくなったので「連続して読む50回」となっております。 今後は従来通り1日1ツイート完結の話をつぶやいていきます。 続きを読む
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今回の本文

Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

実験室から追い出された私が最後に見た藍は、顔馴染みの職員と和やかに話す姿だった。「心配になる気持ちは分かるけど、大丈夫だから」前を歩く研究員ウェンズは私が背後を気にする理由を誤解しているらしい。「まさか一緒に来てほしかった?」私は答えないことで答えた。藍なら笑い出すところだろう。

2017-07-22 20:50:23
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「おっさん、持病は?」「特にないはずです」今度は素直に答えたが、ウェンズには意外そうな顔をされた。「てっきり胃痛持ちか何かかと」定住を諦め各地を渡り歩くうち、共に働く人々から健康を気遣われることが増えた。だがこの研究員の目には、私の顔色だけでなく、別の懸念材料も映っているらしい。

2017-07-23 19:02:09
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「今はマシだけけど、朝すごい顔色してたの知ってる?」私の前を歩く〝水曜日の男〟は強い癖毛の頭をかきむしりながら言った。彼は謎の能力を得た子供を調べる研究チームの一人だが、研究より「風の魔女の世話係」としての雑用が時間を食うというから気の毒だ。「あの子の付き人はキツいよ、おっさん」

2017-07-24 19:05:34
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

エレベーターに乗る時に会話が途切れ、降りるまで私もウェンズも口を開かなかった。カゴが下階を目指す間、藍に連れられここへ来た昨日をぼんやりと思い出した。今私が乗るこの一台について、確か最近納入された最新式の設備だと彼女は言っていた気がする。だが見た目からはどこが特徴か解らなかった。

2017-07-25 19:55:50
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

やがてカゴが静かに止まったがウェンズは動かなかった。扉が開いた途端、大勢の職員が押し寄せるように乗り込み、私達を分断する形で狭い空間に収まった。彼らも一様に口を閉ざし、吐息だけが溜まって生暖かい空気が満ちた。幾らか下の階で全員が降りていき、私達二人とかすかな食べ物の匂いが残った。

2017-07-26 18:46:06
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

私達は今、四方を荒野に囲まれた研究所に滞在している。ここは藍の活動拠点と言っても過言ではない。風の魔女の秘密を解明したい大人達の意欲を利用し、自分の目的に繋がる情報を引き出しては、裏付けや詳細を求めて現地へ赴くのだ。今回もそのつもりだと思っていたが、何やら私にも用事があるという。

2017-07-27 18:40:18
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

エレベーターを降りた地下二階でまた長い廊下を歩かされた。左右には何の目印もない。曲がり角の数と自分の歩幅を頼りに、大まかな地図を頭に描く。上の階にいた時より長い距離を動いていた。この研究所の建物は地下で繋がっている。限られた土地に多くの設備を入れるなら当然土の下を活用するだろう。

2017-07-28 18:29:42
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

歩くこと十数分、ウェンズがある扉の前で足を止めた。「はい到着」しかし扉はすぐに開かない。堅い守りはカードキーと生体認証でクリアされた。「ちょっとこの中で待っててな」通された部屋は白い壁と機材がまぶしく、かすかに薬剤の匂いがした。どこか懐かしさを覚えながら、その由来を思い出せない。

2017-07-29 19:05:15
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「これからここで何を?」「おっさんの健康診断。え、聞いてない?」ウェンズの呆れ顔から状況を察した。藍が私に新鮮な反応か何かを期待して、わざと呼び出しの目的を伏せさせたのだ。加えて早朝から起こされ、朝食の時間帯に私だけ呼び出された件にも納得した。話は常識の範囲内なのに全く喜べない。

2017-07-30 18:57:16
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

最初の関門は問診票だった。氏名は何とか間違えず書けたが、次で早くも手が止まった。「おっさん、最後に検診受けたのいつ」「……覚えていません」「最後に定職ついてたのは」「覚えていません」「最近までどこ住んでた」曖昧な記憶の中にそれらしい名が見えない。検査担当らしい職員の視線を感じた。

2017-07-31 18:55:03
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

答えが定まる前に時間切れとなったらしく、奥から現れた別の職員に問診票を取り上げられた。「その場で分からないところは飛ばしてくれてよかったんですよ?」隣の個室へ案内され、採血が始まってから、ふと思った。私はここの職員ではない。何故調べられているのか。病の疑いでもかかったのだろうか。

2017-08-01 19:07:35
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

疑問はあっても問う暇がない。調べられる方に急ぐ事情でもあるのか、複数の職員が交代で来ては素早くデータを取っていった。検査項目も最初は無難な顔ぶれだったがいつしか増え、泊まり掛けで来るような内容になっていた。画面を見る職員の微妙な困り表情はますます不安を誘う。深呼吸してから挑んだ。

2017-08-02 19:22:23
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

全てを終えた時には既に正午を過ぎていたようだった。幾つかの検査ではその場で数値を知ることができたが、他は大まかな良し悪しさえ伝えられなかった。最後の問診で医師が何かの数値を読み取った後、可哀相なものを見る目で私を送り出したことが気になった。診断結果は後で教えてもらえるのだろうか。

2017-08-03 19:18:43
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

検査を終えた私は朝同様ウェンズに先導されて上階の研究室へ戻った。彼を認証して自動ドアが開くと、紅茶の香りが真っ先に私達を出迎えた。「正統な方法は間違いなくおいしいから正統なの!そんなことも分からない?」姿は見えないが、藍が何か淹れたことは分かった。面倒がる誰かと揉めているようだ。

2017-08-04 18:55:44
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「貴女はここで何を?」「相談してたの」藍は自分の力を調べている研究者達と一緒に昼過ぎの軽食を楽しんでいたらしい。返答に真剣味を感じないので相談は些事だろう。そして話は私の用事に及んだ。「検診はどうだった?」「まあ大丈夫なんじゃないの」問われたウェンズの返答は何かを前提にしていた。

2017-08-05 20:00:03
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「よかった、お医者さんからクレームつかなくて」少しだけ藍の機嫌が良くなったように見えた。だがその笑みが次の発言に続かない。「あなたの分のティーカップ用意させるの忘れてた。ちょうど頼みたいことできたから、ついでに自分で買ってきて」「頼み、ですか」「今できそうなのはあなただけだから」

2017-08-06 19:53:29
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

ティーカップを買う以外の用件とは。「我々の調査に使う機材をある地へ運んでいただきたいのです」藍と紅茶の件で揉めていた研究者が一転して真面目な顔で答えた。発言を奪われた藍が彼の横顔を露骨に睨みつけた。「私が雇ってるの。勝手に命令しないで」それから私へ向き直り、具体的な内容を告げた。

2017-08-07 19:12:54
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「今からわたしと鬼ごっこをしてもらいます」すぐに横から補足説明が入った。藍が風を動かし、研究者達は観測結果から魔女の描くコースを割り出すという勝負。私の役目は目印の到達予測地点へ先回りすること。使い走りは正式に藍の下についた時から覚悟していたが、思いもしない大掛かりな仕事だった。

2017-08-08 19:15:33
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

藍との間で話がまとまった後、彼女だけ席を外して研究者チームの準備が始まった。「指示や連絡はどうなさるつもりですか」「電話使うしかないよね」一人が近隣の地図を壁に表示させながら答えた。「まず近くの町まで行ってもらって、目的の座標はそれから?」「民間人も通信衛星使えた頃が懐かしいよ」

2017-08-09 19:09:54
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

壁に投影される画像が次々と切り替わる。その一つがふと目に留まった。「この数値ですが…」私が指した位置を見た研究者達が一斉に黙った。何かまずいことを聞いたかと疑いかけ、直後に口走った言葉に思い至った。それは素人がとっさに思いつく用語ではない。「…お詳しいんですね」どう答えたものか。

2017-08-10 21:41:02
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「昔、こういった分野を、学んでいたもので」詳しい内容は語らない。分かりやすく濁す。だが思い返すうちに再開されていた協議の卓を見渡すと、会話の雰囲気の内に懐かしさを感じた。遠い昔熱中した世界、目指した場所とよく似ている。最近は夢にも出てこなかったが、この脳は確かに記憶しているのだ。

2017-08-11 20:37:38
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「……以上の方針で行きましょう。そちらの付き人さんは計画を理解できましたか」「問題ありません」「話が早くて助かります」確認が済むと一同が誰の指示もなく、追跡開始に向けて一斉に動き出した。彼らは同じ題材の研究に日夜没頭してきた仲間だ。各々の動きをその場で予測し対応しているのだろう。

2017-08-12 19:29:11
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「全ての準備が抜かりなく整った」追跡用の車へ機材を担ぎ込み、最後に責任者が私へ車の鍵を手渡した。携帯端末経由で解錠できる車種がほとんどという時代だが、彼らの車にそれはない。データ改竄を警戒して内部の構造だけ機械仕掛けに換えたらしい。「後はあの子が合図するだけ。それで勝負が始まる」

2017-08-13 19:29:43
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

一時間後、チーム全員が研究棟の外にいた。私は初めて乗る車の運転席で発進の合図を待っていた。燃料は充分に積んだと言うが、ルートも目的地も不明。どんな道を走らされるか判らないから安心はできない。「みんな、準備はいい?」私は窓から顔を出し、壁を見上げた。建物の屋上に藍が姿を現していた。

2017-08-14 18:54:13
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