ストレイトロード:ルート140(29周目)

オリジナル短編「ストレイトロード」のコンビがお届けする、掌編という名の習作。 今回は1401~1450+おまけ。 いつもと違った切り口から書いてみたくなったので「連続して読む50回」となっております。 今後は従来通り1日1ツイート完結の話をつぶやいていきます。 続きを読む
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Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「いい?これを追いかけるのよ」藍が振りかぶる。「スタート!」彼女の手から紙飛行機が投げられた。一歩遅れて、用意された車が同時に発進した。打ち合わせ通り、ほとんどは目印が描く道筋の両側に展開し、風を観測することになっている。残る私は紙飛行機が最初に指した方角へ直進することを選んだ。

2017-08-15 19:31:18
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

門を飛び出した先には遠く稜線だけが見える。昨日まで風と一緒に走ってきた荒野で、今日は風を追いかける。「こんなにスピード出してて大丈夫!?」助手席でモニターを抱えた研究者が叫んだ。速度が出ていることはアクセルを踏んだ瞬間から実感していた。これまで藍を乗せてきた中古車とは走りが違う。

2017-08-16 21:18:59
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「少しの辛抱です。他の皆様はともかく、私達は先回りが目的ですから」天候を観測する班の車がサイドミラーの端に映った。不規則な風のデータを取りながら無線で連絡し続ける為、彼らは一定の距離を保って隊列のように走行している。非効率的な方法だが、通信手段がそれしか使えない故の打開策だった。

2017-08-17 19:07:56
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

彼らが得たデータとその分析結果は定期的に私達の車へ送られる。随時というわけにいかないのは、どちらかと言えば技術力より資金力の問題らしい。「来ました!」助手席の叫びからようやく恐怖の色が薄れた。「進路予想はこのあたりで西の方に折れて……あれ?」私は端末に表示されたマップを一瞥した。

2017-08-18 20:02:21
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

端末上では西に向けて吹いていた風が止み、紙飛行機の進路が変わったことになっている。だが車の前に立ち上る土埃は風向きの変化を否定していた。どこまでも平地が続くこの荒野に風を乱す要因はない。故に魔女の干渉を探知しやすいとして実験場にしたのだが、まず元々の天候の観測に失敗しているのか。

2017-08-19 19:51:37
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

窓の外に見えるはずの隊列を捜して状況を確認したいが、隣からは取り乱した声しか聞こえてこない。「内容を読み上げていただけませんか」一声掛けた後、風が向かう方角へハンドルを切った。スタート直後に追い抜いた紙飛行機が今は前方に見える。その行く先を目指し、助手席の悲鳴に構わず加速させた。

2017-08-20 18:47:07
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

紙飛行機の真下につけて追走に入ろうとした直後、左から殴りつけるように吹き荒れた風が紙飛行機を逃がしてしまった。地面に落ちたかもしれない目印を探すべく、私は急ブレーキとハンドル操作で方向転換、同時に周囲の状況を瞬時に目で確認した。日没まで少し余裕がある。隣の研究者の顔が凍っている。

2017-08-21 19:34:14
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

紙飛行機が急降下していく。その先に、耳障りな音を立てる影がある。細身の体を支える大きな翼。クリーチャーだ。「で、出た…!」「騒ぐな!」怪物の動作から攻撃が来ると読み、ハンドルを切ってから加速した。爆撃のような体当たりを辛うじて回避したが、地面を伝う衝撃からはさすがに逃れられない。

2017-08-22 19:32:38
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

突然襲いかかる揺れに何度も振り回されながら、なんとか紙飛行機の先端が向いていた側に回り込んだ。助手席では想定外の場面を前に震えて声も出そうにない。「無線は使えますか」指示を出すとようやく職務に向かってくれた。「後続車との連絡は」「全く取れません」「あの生物は」「私は分かりません」

2017-08-23 19:57:22
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

何度か声をかける内に会話自体を拒絶されるようになった。私は助手席の支援と無線機の活用を諦め、別の可能性に賭けてここに留まることを決めた。アクセルから足を離して速度を落とすと、ボンネットのすぐ先に怪物が飛び降りてきた。胴体より細い顔の側面にはいくつも瘤が並んでいる。全てが目なのか。

2017-08-24 19:55:06
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

それ以上の観察は頭部を振りかぶる動作で拒否された。私はすぐ車を後退させ、限界までハンドルを切ってからギアを切り換えた。借り物の車が絶叫しながら左折、衝突痕も爪跡もない大地に飛び出す。既に本来の目的から大きく遠ざかるコースだろう。サイドミラーの中では早くも怪物の猛追が始まっていた。

2017-08-25 18:49:24
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

タイヤが巻き上げた土埃の中を低空飛行で飛ぶ影は、方向転換の直後こそ引き離したかに見えたが、その姿は徐々に近づいていた。細長い身体は地上でも俊敏そうに思われるが、走るには翼が邪魔なのだろう。隠れようのない場所を闇雲に見えても走り続ける理由は一つ。見通しがきくのは敵だけではないのだ。

2017-08-26 20:28:52
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

『繋がった!聞こえるか!?』端末から声が聞こえた。他の車が無線の届く距離まで近づいているらしい。だが助手席からは応答がない。「後続を止めてください!」仕方なく私が叫び返し、後の返答は無視した。祈りとは少し違う気持ちを胸に、待った。弓音に似た何かを耳にした瞬間に形勢逆転を確信した。

2017-08-27 19:48:54
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

『窓閉めて!』振り向けば怪物が撃ち落とされていた。翼を広げたまま地面に伏し、車との距離は開き始めている。密かな期待は実現したが、その方法は予想と違っていた。『よそ見禁止!』車内に少女の声が響く中、閉めきった窓の外を渡り鳥の群れが横切った。否、無数の矢が車の上を越えて飛んでいった。

2017-08-28 18:59:28
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

風向きが目まぐるしく変わる。フロントガラスの前で紙飛行機が踊る。「藍、貴女は今どちらに」『あなたの目の前だけど?』端末に届いた声は楽勝の勢いに浮かれていた。前方に目を凝らすと、道のない大地をこちらへ向かって突き進んでくる大型車の影が見えた。「確か貴女は敷地外に出ないとの話では?」

2017-08-29 18:36:46
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

『こんな状況で遊んでいられるわけないでしょ!けが人も出てるのに!』藍は私を叱責しているのか、情報をくれたのか。どちらにしても緊張感に欠ける声だった。理性があるだけましだと思うしかないのだろう。私は対向車のナンバーを確認すると右にハンドルを切り、彼女が乗る車に道を譲る形で停車した。

2017-08-30 18:44:42
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「ルール決めたのはわたしよ」安全に停まった大型車の助手席から藍が降りてきた。「考えてないトラブルが起きたらルール変えるのは当たり前じゃない」腹立たしい程清々しい宣言だった。通信が途絶えている間に鬼ごっこの標的が変更されたか、との仮定はさすがに無理がある。仲間に被害が出たのだろう。

2017-08-31 18:38:50
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「チームの皆さんは」「連絡来てないの?最初の観測データ送るとき妨害されて、救助要請出してたのに」大型車の後部から降りてきた職員達が藍の後ろを駆け抜けていった。物々しい武装の理由は彼らが向かった先を見なくとも想像がつき、しかも正解だった。怪物が吼えている。捕まるものかと暴れている。

2017-09-01 20:32:53
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

飛び道具は備えていない個体のようだが、細長い体がよくうねるので、捕獲には時間が掛かりそうだ。「でもよかった、あなたにケガがなくて」藍は私達の車に乗り込んだ。助手席で固まっていた研究者が後部座席の客に気づいて狼狽した。「こうなること知ってて検診受けさせたって思われたらすごく困るし」

2017-09-02 19:20:39
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「では何の為に検診を?」「今回の実験であなたに何かあったとき、データがないとちゃんとした治療できないでしょ?」怪物の乱入は予定外だったが、車の事故の可能性は考慮していたらしい。「あと、若くない人に無茶させるなってウェンズがうるさいから、大丈夫だって証明したくて」聞きたくなかった。

2017-09-03 19:05:32
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

もちろん彼が抱いた心配は解るが、こんな時突きつけられる現実に心が痛む。運転後の疲労感をじわじわ感じ始めると尚更に。「詳しい結果は帰ってから聞いてね。もし持病とか見つかったら、何が何でも治してもらうから」費用は誰が持つのか。外野の会話の断片を聞いたせいか余計なことを考えてしまった。

2017-09-04 19:18:06
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「さあ、行きましょ」後部座席の窓が開いた。見ると藍は既にシートベルトまで締めていた。二色の視線が私に運転席へ着けと求めている。「承知しました。研究所に戻りましょう」「何言ってるの?」ドアに掛けた手が止まった。「さっきの続き。わたしがあの目印をどこに飛ばしたかったか、当ててみてよ」

2017-09-05 19:30:30
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

なんでもないことのように言うが、風の変動を観測、分析するという本来の実験とは既に状況が違う。スタート地点から送られる通信はまだ受け取れるかもしれないが、予測の根拠になるデータはどうするのか。「当面は無理かと」研究員が嘆いた。仲間の車列が地中に潜む怪物の尾を踏み、報復されたらしい。

2017-09-06 18:37:53
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

妨害してきた怪物を捕らえたからといって、車ごと破壊された機材はそう簡単に補えない。研究所からやや離れた方角、地平線の手前に見える黒煙が、楽観視を戒めるように左右へ広がっていた。「その程度で投げ出すの?」藍が身を乗り出した。背後から伸ばされた手が肩に触れた瞬間、研究員は凍りついた。

2017-09-07 19:42:16
Rista(化屋月華堂) @Rista_Bakeya

「困難を技術で克服してきたのが科学の歴史なんでしょ?あなたならきっといい方法を見つけられるわ」「いや……無理……」励ましのつもりで言っているなら間違いなく逆効果だ。彼女こそ正しく私達が知る科学に喧嘩を売る存在なのだから。私は仕方なく運転席に座り、右手を伸ばして魔女の言葉を遮った。

2017-09-08 18:41:10