【ミリマスSS】Aroma Romance #4(完結)【篠宮可憐】

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創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「もっと真っすぐ生きろってこった」☆★「嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い」☆★「太陽は東から昇るんだ」☆★「そうだ、もっと高いところに昇ろう。――何の匂いも届かない場所へ」☆★「もっと上に行っただけかもしれないですよ」「上?」「私は、バカな煙ですから」

2017-09-09 20:56:20
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

売店脇の重い扉を開けると、そこはもう塔の外だった。風が強く吹きつけ、私の髪がバサバサと揺れる。鉄の足場に高い柵。少し怖いけれど、物理的には、落ちることはない。「カレンちゃん、足元気を付けてね」天海春香が一瞬振り返ってそう言った。私はいちおう、小さくうなずいた。 01

2017-09-09 21:09:50
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

カツン、カツン。足場を辿り先へ進む。柵の向こうからは街を見下ろせる。ガラスも何もない、ありのままの、薄汚れた街。太陽は東の空に佇んでいる。「着いたよ」薄い扉の先。ここがどうやら、塔上特設ステージらしい。平べったい舞台が一つ、円形の床の中央あたりにある。あれがそうなんだろう。 02

2017-09-09 21:19:27
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

椅子代わりだろうか、切り株みたいなものが、ぽつぽつと床から飛び出している。天海春香はそのうちの一つに座り、私を手招きした。私は、彼女から少しだけ離れて座る。「765タワーってね、ほとんど木造なんだ」天海春香は切り株を撫でる。「なんでですか? って社長に訊いたことがあって」 03

2017-09-09 21:27:28
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

社長。たぶん、765プロダクションの社長のことなんだろう。「二つくらい理由を教えてもらったんだけど、一つはね。『木は生きてるから』って言ってたんだ。生きてれば、伸び続けられる。天にどんどん近づけるから、って。よくわかんないけど……私もそんな気がして」 04

2017-09-09 22:36:52
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

天海春香は私をじっ、と見つめ、言葉を続けた。「だからね、ちょっとくらい傷がついても、大丈夫なんだ」きっと、落描きのことを言ってるんだろう。「ね、カレンちゃん。あの日、どうしてカレンちゃんは落描きなんてしたの?」「……」天海春香が首を傾けた。「教えてくれないかな」 05

2017-09-10 00:25:21
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

すぐには言葉が出てこなくて……マスク越しに鼻を押さえる。「あの日、神さまがいたんです」「神さま」「はい。神さまのことだけを考えていました。神さまと同じ匂いに包まれたかったんです。その匂いが、あの、塗料の匂いでした」私は血の海に沈んでいる。「寒い夜でした」 06

2017-09-10 00:32:32
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

私は繰り返す。「寒い夜でした。広い場所ならどこでもよかったんです」言葉があぶくのようにゆっくりと空に昇ってゆく。「それが、落描きをした理由です」天海春香は呆気に取られていた。なるべく動揺を顔に出さないようにしてるけれど、それでも、言葉に詰まっていて、私はなぜかホッとした。 07

2017-09-10 00:37:41
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

天海春香は、絞り出すように「そっか」と言った。彼女の中で納得のいく理由を作り上げたのかもしれないし、存在もしない私の過去を捏造し同情したのかもしれない。「今は……落描きとか、まだやってるの?」「いえ、してないです……神さまは、もう、いなくなったので」「そっか」 08

2017-09-10 00:41:23
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

ざわざわ、と『枝』が揺れる音が聞こえてくる。天海春香は弾けるように立ち上がると「そうだ!」と叫んだ。「カレンちゃん、一曲歌っていかない?」「……ど、どういう意味ですか……?」「ここはステージなんだよ」「で、でも、私はアイドルでもないし」ふつふつと吐き気が込み上げてくる。 09

2017-09-10 00:45:23
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

この後に続くセリフは、推測できてしまう。「歌えばきっと何か変わるよ!」ざわざわざわ。『枝』が揺れ、雲が乱れた。この人は、私をそっちに連れ出そうとしてるんだ。「い、いいです」「責任は私が取るから。ね?」そう言って天海春香はどこからかマイクを取り出し、私に差し出した。 10

2017-09-10 00:48:46
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「……わかりました」マイクを受け取る。天海春香は嬉しそうだ。マイクの電源を入れると、ブゥンという電子低音が響いた。ステージに上がり、空を仰ぐ。 歌なんて歌っても、何も変わらない。だけど今は、こっちの方が丸く収まる。「じゃあ……昔聴いた曲を」そして私は歌いだす。 11

2017-09-14 22:01:47
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

『ポーラーミー』。冷たさと孤独、寂しさの中に、前に進もうとする明るさを感じる、昔の名曲。天海春香は満足げに頷いていた。白い枝が揺れている。ここからは地上は見えず、高くそびえるビルだけが見えている。歌い終えると、一人ぶんの拍手が響いた。「歌、うまいんだね」「そ、そうですか?」 12

2017-09-14 22:08:47
蝶丹☔ @iamtantanman

『ポーラーミー』はこの世界線オリジナルの曲です(歌詞はまだ作ってない)。他の作品にもちょこちょこ出てきたりする。要するに、一般常識レベルの曲です #shomupopo

2017-09-14 22:09:52
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「うん。私よりよっぽどうまいかも。へへ……」マイクを渡す。「歌ったらなんだかすっきりしました」「ホント!?」嘘だ。「はい」「よかったぁ」天海春香は気の抜けた笑顔を見せる。「少し一人にさせてくれませんか」「いいよ」天海春香はドアの向こうへ消える。「おちついたら降りてきてね!」 13

2017-09-14 22:15:53
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

適当に返事をし、柵から身を乗り出す。この場所は、およそ地上730メートル。落ちれば、当然、命はない。けれど、落ちないように柵があるし、柵の下には2メートル幅のネットが張られていた。ネットは第二展望台に近い。ここから飛び降りたら、第二展望台にいる人たちに見つかってしまう。 14

2017-09-14 22:25:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「……」私はくるくると会場を歩き回る。「よう姉ちゃん」聞き覚えのある声が響いた。「シャンと背ぇ伸ばして歩けよ」さっきまで天海春香が座っていた切り株の横に、屍香さんがいた。黒い木樽の上に座っている。「何か用ですか」「下ばっか覗いてても意味ない、って、分かってんだろ?」 15

2017-09-14 22:32:53
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「私は……眠り損ねたんです」屍香さんは黒い枝を口にくわえている。「冬眠し損ねた醜い蛾なんです」「そうか」「下も上もない。ただ私はもう眠りたいんです。グッシュさんと一緒に」「姉ちゃんはサ」屍香さんは枝をつまんでくるくると回す。「蛾なんかじゃねぇよ。蝶だ。だけどな、サナギだ」 16

2017-09-14 22:41:57
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「サナギはな、大変なんだ。幼虫と成虫の中間だ。みんなサナギのことになんか目もくれない。でも、一番大事な時期なんだ」「何が言いたいんですか」「オレはな、姉ちゃんのためにいろいろ手を回してたんだ」屍香さんは指折り何かを数え、顔を上げる。「グッシュを殺したのはオレだ」「な……」 17

2017-09-14 22:50:36
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「ああ! 違う違う、言い間違えた」屍香さんはおほほほと笑った。「換気扇をつけただけだ」「なんで」「姉ちゃんを成虫にするためさ。グッシュは姉ちゃんの成長を止め続けてた。賢いヤツだよ。ミノムシに似てる」何が可笑しいのか、屍香さんは笑い続ける。「隠れ蓑を作るのが上手いヤツだった」 18

2017-09-14 22:56:09
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「何を……」「まぁそれはいいんだよ。本筋には関係ない。グッシュが消えても、姉ちゃんは前に進まなかった。そこが問題だ」屍香さんは立ち上がり、黒い木樽から何かを取り出した。それは青く不透明なガラス瓶に見えた。妙な装飾が施されているし、ラベルの文字は判読できない。「一杯やるよ」 19

2017-09-14 23:04:56
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

瓶の蓋が外れ、白い煙が細く漏れた。「今回はあんまりこういうのには頼りたくはなかったんだがな」「なんですか、それは」匂いを嗅ぐためにマスクを外そうとして、やめる。嫌いな匂いに決まってる。「ただの酒さ。自分の気持ちに素直になれる。副作用があるかもしれんが」 20

2017-09-14 23:13:04
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

瓶を受け取る。表面は冷たいけれど、結露はない。底だけが違う素材になっていて、少しざらざらしていた。見れば見るほど、見たことのない瓶だ、ということだけがわかる。「……飲まなかったらどうなるんですか?」「サナギのまま。もしくは、羽化に失敗して、一生飛べなくなる。できそこないだ」 21

2017-09-14 23:20:31