ココロ・キセキ

深海さかな @dzurablk_kai

生き返ってからの神通の変化といえば、言葉を発するようになったことと姉妹艦に比べて色素の薄い栗色な瞳が夜闇に蒼く光るようになったことくらい そこにかつて川内が愛してやまなかった神通の、乙女のように純情で武士のように気高く、時にはしおらしく弱弱しさも垣間見せる、 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

彩り鮮やかな人としての心は微塵も感じられなかった ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

やがて失意のうちに無為に数ヶ月の時が流れ、神通に人の心を取り戻そうとする川内の取り組みも功を奏さないまま数年が経ち、遂には十数年もの月日が流れ、川内は寿命を迎えた 「神通？」 「はい、なんでしょうか」 「ごめん、そろそろお別れだね」 「なぜ謝るのですか」 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

夜の海では遠目にも目立つ深海棲艦としての燐光を発する瞳を隠すため、川内が廃材から自作した黒い仮面をつけたまま、神通は今際の際の川内に心底不思議そうな声音で応える それを聞いた川内は口の端に笑みを浮かべ続ける 「でも、神通とまた過ごせて、楽しかったよ ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

前は私のほうが先立たれてばっかりだったし、今度は神通が、私を見送ってくれる番 それが、姉として申し訳なくってさ」 「発現の意味がよくわかりません」 「そっか・・・ でも、また会えて、二人だけでこんなに長く暮らせて、すごく嬉しかったよ」 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

それまで必死に言の葉を紡いでいた川内が突如、強かに咳き込むと共に喀血する 「今お薬を持ってきます」 「いや、いらないから、ここにいて」 安楽椅子に腰掛けた川内が微笑む その面立ちはどこか、死相とは異なる影を帯びていた ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

「神通？」 「はい」 「・・・ありがとね」 それが川内の最期の言葉となった ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

一度目の奇跡は、艦娘として生まれ変われたこと 二度目の奇跡は、妹と共に過ごせた時間 三度目の奇跡は、神通が生き返ったこと それらに続く四度目の奇跡を誰よりも待ち望んでいた川内が、それを目の当たりにすることは遂に無かった ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

午前5時30分29秒、神通はいつもどおりの時間に目を覚ました 規則的な朝だ 椅子に腰掛ける姉に朝の挨拶を投げかけ、未だ払暁ほど遠い明け方の海を望みながらの簡素な朝食を済ます ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

午前9時28分4秒、食料の調達に出かける 今日も艦娘や深海棲艦と鉢合わせをすることなく、無事に魚を獲り終えた 帰りがけに近場の島でナツメヤシを何房か採取して午後12時6分18秒に帰宅 またしても姉に挨拶 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

姉が死んでからもう何年も代わり映えすることのない、無彩色で味気の無い島の暮らし それをただ惰性でのみ続けることに、神通は何の感慨も抱かなかった ・・・そう、その日までは ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

そして、四度目の奇跡は訪れた ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

きっかけは小さなナツメヤシの実だった 神通が姉と同じ部屋で食事を採っている折、偶然手から零れ落ちたその小さな果実は、死してなお綺麗な面立ちを保ち続ける姉の屍蝋の足元へと転がり行くと一冊の本にぶつかって止まった ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

うず高く埃の積もったそれは、見慣れた筆記で表紙に日記と書いてあった ナツメヤシを口に放り込みながら思わぬ宝物を、退屈しのぎに手に取り開く神通 それはかつて、記憶を失う以前の自身が記したものだった ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

『今日は姉さんの進水日で、那珂ちゃんと一緒に花を買いにいきました 姉さんの誕生花ということでロベリアを買ったところ、有毒な花だと店員さんから教えてもらって大変驚いたものです でもその花言葉の高嶺、謙遜というのは姉さんにピッタリな言葉だと思います』 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

『今日の夜間演習は久しぶりに姉さんと同じ隊でした 珍しく姉さんが物静かなので何かあったのか尋ねてみたところ、どうやら先に改二を迎えていた私だけが探照灯を持っていたことが不満だったそう ほっぺたを膨らませる姉さんは、少し可愛らしかったです』 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

「昨晩は那珂ちゃんが遠征だったので、姉さんと二人きりでした いつもは二段ベッドの上下で眠るのですが、姉さんたら悪戯っぽく笑いながら川の字で寝たいだなんて言い出して、とっても気恥ずかしかった・・・ でも久しぶりの姉さんの腕の中は、とても居心地がよかったです」 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

『今日はとっても怒っています 姉さんが私を庇って大怪我をしたからです 私が心配して泣きそうになってるのに、姉さんたら能天気そうに笑ってばかり もう、何を考えているのか全然わかりません！ 姉さんのバカ！　大嫌い！！』 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

「違う・・・」 その呟き声が自らの口から発せられたものだと神通が気付くのには、数秒を要した なぜそんなことを口にしたのかは皆目わからない ただ、日記の中のかつての自分が、なにかとんでもない勘違いをしている気がしてならなかったのだ 神通はなおも日記を捲った ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

『今日は姉さんを泣かせてしまいました・・・ 夜間訓練中、私が駆逐艦と衝突事故を起こしてしまったためです 大怪我を負った私を一目見るなりその場にへなへなとへたり込んで、まるで子供のように大泣きを始めた姉さんの姿はとてもショッキングで、忘れられそうにありません』 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

自分の筆跡が日記の中で忘れられそうに無いと名言していたことすら、今の記憶には残っていないことに、なぜか神通の胸中で一抹の痛みが走る そうだ、川内は、姉さんは、いつも私のことを大切に思い守ってくれていたのだ 先の違和感の正体はこれだった ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

『今日は姉さんと一緒にお買い物へ 洋服やお化粧に詳しくない私のために姉さんは一生懸命下調べしてくれていたようで、色々なお店に連れて行ってもらいました なんだかデートをしていたみたい 最後に半分こして一緒に食べたクレープは、なんだか甘酸っぱかったです』 ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

『姉さんは・・・』『姉さんが・・・』『姉さんと・・・』『姉さんに・・・』 どこのページを捲ってみても、始まりの一文は同じ単語ばかり それらを目にしていくうちに、神通は失われた記憶から一つの想いを取り戻した 自分がかつて、姉のことを心から大好きだったということを ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

そんな日記はとある所から唐突に白紙になり、やがて全く異なる筆跡で再び始まっていた 神通の書く丸っこい、線の細い文字とは似ても似つかぬ、太く力強い筆記は姉のものだった ＃今夜の川内神通

深海さかな @dzurablk_kai

『今日は神通が目を覚まして一週間目 ようやく言葉を発してくれて、思わず隠れたところで泣いちゃった 本当に神通が意識を取り戻してくれてよかった』 ＃今夜の川内神通