#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 37 か細いチャンスを承知で、その外国人に会っておきたかった。 「ありがとうございます」 蟹糖さんは丁寧に頭を下げた。 「いえ。蔵を教えて貰えませんか?」 蟹糖さんはうなずき、私を導いて少し歩いた。
2017-10-15 00:09:35「藍斗さんはどうだったんですか?」 「どう?」 「私みたいに気がついたらこの辺にいたんですか?」 蟹糖さんは、ただ爽やかな美人というだけの女性ではなかった。 「いえ、色んな……」 「止まれ」 小さい代わりに鋭い一言が私達を絶句させた。月明かりがあるとはいえ少し離れたその相手は
2017-10-15 00:11:39朧気な姿しか認められない。辛うじて若い男性なのは理解出来た。 「だ、誰ですか?」 我ながら震えた声だった。 「それはこっちの台詞だ。素直に答えないと撃ち殺す」 ただの脅しとは思えない殺気がみなぎっていた。 「私達はこの世界……あの、少なくとも誰に対しても何の敵意もありません」
2017-10-15 00:12:25「どうしてそう言える?」 「早く会場に帰りたいからです」 「会場?」 「パーティー会場です」 それは偽りない本音だった。思えば、ただのお菓子オフ会がどうして自然災害や戦争にかかわるんだろう。誰か、とても意地悪な存在が私達を弄んでいるのだろうか。それは私だ、と自己申告ツッコミが
2017-10-15 00:13:27はいりそうな気がする。ますなんとかさんの。 「いいだろう。なら、どうしてこんな場所にきた?」 それは私こそ知りたい。 「あなたは誰かを私達から守りたいんですか?」 蟹糖さんが一歩踏み込んだ。 「こっちの質問が先だ」 「私達は丸腰の女の子です。何を恐れる必要があるんでしょう」
2017-10-15 00:14:39毅然とか明快とか、そんな表現はどうでも良い。グループを主宰する人の器は違う。蟹糖さんは私よりずっと年下なのに。 「なら、名を名乗れ」 素直に私達は名乗った。 「蟹糖? 藍斗? 藍斗だと? そんなはずはないな」 「では、あなたも名乗って頂けますか?」 蟹糖さんが堂々と質した。
2017-10-15 00:15:29「オズボーン。ヘンリー・オズボーン」 「オズボーン!?」 私からすれば、やはりというべきかまさかというべきか。ただ、それだと蟹糖さんの説明とは噛み合わない。 「君は僕を知っているのか? 僕も君になんとなく……」 「誰かきます!」 蟹糖さんが危機を訴えた。
2017-10-15 00:16:03「こっちに来い」 オズボーンさんが少し大袈裟に手を振り、私達は彼に続いた。完全に信用したのではない。オズボーンさんと情報交換したかったのでもない。ただ……ただ、今まで潜り抜けてきた数々のいきさつは、古代ローマから全てオズボーン一族が絡んでいた。それに、漠然と機を感じてもいた。
2017-10-15 00:16:52幾つにも枝分かれする機の一つ。オズボーンさんの背中を追うのが機を掴むことだと意識できた。 そんなことを考えながら小走りに道のりを消化している内に、蔵の白い壁が見えた。結局、蟹糖さんがいっていた場所にたどりついたのだろうか。 蔵の扉を閉ざす南京錠に、オズボーンさんは
2017-10-15 00:17:54ポケットから出した鍵を差し込んだ。滑らかに錠が外れた。 「早く入れ」 促されるまま二人で蔵に入った。 「僕は錠前を外から閉めて、改めて地下室から入る。それまで中で待っていろ」 「はい」 オズボーンさんは扉を閉めた。蔵の中は真っ暗になった。どこに何があるか見当もつかない。 続く
2017-10-15 00:20:06#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 38 「誰だ……」 「うわあっ!」 今日は良く蟹糖さんと声がそろう日だ。 「誰だ……ヘンリーか?」 しわがれた、疲弊しきった口調だった。 「私は、あなたとここまで一緒にきました」 蟹糖さんの返事に、少し静かな時間が続いた。
2017-10-15 20:28:41「じゃあ、もう一人の……」 と、そこでどこからともなくごとごと音がした。床から灯りと金髪が浮き上がり、赤みがかった黄色い光を放つランプを右手に下げた若い男性が場に加わった。 「待たせたな」 ランプの男性がオズボーンさんだと、一言で察しがついた。右手には小さな鞄を下げている。
2017-10-15 20:30:47「へ……ヘンリー」 しわがれた声からは、期待と不安が同時に感じられた。ほんの少しだけ私にも想像できた。身内に対して抱く感情が一滴ずつこぼれている。 ヘンリー・オズボーンさんから数歩離れて、幾つか積み上げられた木箱があった。その上の端、私達からすれば頭の
2017-10-15 20:32:17てっぺんすれすれな高さに彼はランプを置いた。そうして初めて、最初から蔵にいた人がはっきりした。60代にはなっていそうな男性で、上着は脱いでいる。 シャツもズボンもぐしゃぐしゃで髪は……かなり薄くなっているのを差し引いても……べったりと頭にはりつき、腕や頬には切り傷があった。
2017-10-15 20:33:17そんな状態なのにやっぱり見覚えがあった。オズボーンさんに良く似ている。 「な、何故助けを連れてこない」 なじるのに近い様子で老人は言った。 「まだ必要がないと判断したからです」 冷淡な言い方を返して、オズボーンさんは鞄をゆっくりと床に降ろした。 「わしの命令を何故無視する!」
2017-10-15 20:34:58「部下の命を危険にさらしたくないからです」 「では、せめて番所にでも知らせに行け!」 「番所に行く道筋は全部浪人どもが抑えています」 事実を伝えたのだからさっさと理解しろといわんばかりの話しぶりだ。 「この役立たずめが! 幾ら息子と」
2017-10-15 20:36:30「息子といえども容赦しない性格なのはとうに承知しています、父上」 「息子!?」 今日は良く蟹糖さんと驚く日だ。 「そうだ、この二人は誰なんだ。いや、一人はわしを助けてくれた。だが、もう一人は……。どこかで……どこかで」 「藍斗と名乗っています」 「なんだと!」
2017-10-15 20:36:48「藍斗さんって、有名人なんですか?」 蟹糖さんに真顔で聞かれ、私は首を捻りながら曖昧に笑った。 「ではすぐに」 「父上、まずは手当てが必要でしょう」 ヘンリーさんは床に置いた鞄を小さく爪先で小突いた。 「それも良かろう。早くやれ!」 「いくらで?」 「なに!?」
2017-10-15 20:45:51「いくらで僕に手当てをさせるか確かめたいだけですよ。あなたは誰に対してもそう接していましたよね」 「ふざけるな! いつ、わしがお前に金でなにかをしてやった?」 少なくとも、ヘンリーさんからすれば、金の亡者であるお父さんへの復讐が始まっているのだろうか。
2017-10-15 20:47:10「生まれた時からですよ。あなたはいつも僕にこう仰っていたじゃありませんか。いくいくは、お前はオズボーン商会をわしから引き継ぐ。わしが全ての下地を整えたのだから、全てわしの命令を聞かねばならぬと」 「当たり前だ! それがオズボーン一族の掟だ!」 続く
2017-10-15 20:48:00