@ADLAHIR @kyanagawa 寝る前にちょっぴり反論をw 原作キャラを行間深読みするのがオツなのです。一歩間違うと妄想エリアですがw 原作ギムリチャーミングですのに^^
2010-03-30 01:23:23@kyanagawa うんうん。時代の要請もあっただろうけど、やっぱ映画で原作ママのキャラじゃ、もたないよね、イロイロと(^^)。そういうイミでは、やはり映画版は「映画」として評価すべきだし、その意味では素晴しい人物造形だったと思うのよ。
2010-03-30 01:24:02@stel_lan そう、俺が言ってるのは正にそこ。その「行間を読む」という楽しみ方が、映像メディアではすごく難しいワケなんですよ。「地の文」にあたるモノがないし、常にキャラクターは映像で見せられちゃうからして。
2010-03-30 01:25:41映画のギムリはコミックリリーフ的な役回りになってましたねー。たしかに原作のままだと沈んじゃいそうだけど、映画のみのひとにおばかさんに思われてないかちょっと心配
2010-03-30 01:27:07@ADLAHIR ガンダルフがデネソール公殴りつけなければ、ギムリが人前でげっぷなんかしなければ、アラゴルンがパランティアほおりなげたりしなければ、ファラミアが脳みそからっぽ真正面特攻しなければあとあれとかこれとかなければ映画版人物造詣もそれなりに(結局クレーム多すぎ)
2010-03-30 01:27:16@shinobu_o いや、大変面白く拝読しました。そしてツィートの通り、自分もまったく同意見です。唯一付け加えるなら(すでにつぶやいたとおり)、その「翻案」が表現メディアの特性を100%理解しているからこそ、という点でしょうか。ホント、いい「映画監督」ですよね、PJは♪
2010-03-30 01:28:41@shinobu_o あと、受け取りっぱなしも申し訳ないので、まだまとまってない自分的テーマをひとつ。超過去を舞台とする『指輪物語』にあって、実はホビットだけが19世紀的に描かれているってのも、ひょっとしたら仰るコトと符号するのかもしれませんね。私もつらつら考えてみます(^^)。
2010-03-30 01:31:17@ADLAHIR 叙事詩の――トールキンが求めた神話なきイギリスのための神話としては、超人で良かったんだと思います。いちばん顕著なのはファラミアだと思うんですよね。真の王のまねびとしての執政の跡継ぎでなく、父にかえりみて貰おうとする次男になっている。あの造形はすばらしかったです。
2010-03-30 01:32:07@shinobu_o そうそう、そうなんですよ! 束教授は英雄たちを「叙事詩の英雄」として描いているワケだから、映画版は『タイタンの戦い』とか『アルゴ探検隊の大冒険』ぐらいの勢いで、キャラクターを潤色しなきゃ、そりゃ成立しませんよね。そう思って観れば、ハラも立たないし(^^)。
2010-03-30 01:35:29@stel_lan 映像で「コトバの通りに」やったら、ダサくて観てらんないモンね!(^^)同じように「あくまで高貴な英雄」ってのも、即物的な映像でやっちゃうと、アレな具合なんじゃねえか、と。
2010-03-30 01:36:55@ADLAHIR あとは……フロドがチカラ無きがゆえに、種族としても非力であるがゆえに、サウロンに気取られることなく滅びの亀裂にたどりつけたこと。ここが、よくある選ばれた英雄の物語とは違うとこなんじゃないかと思います。
2010-03-30 01:38:07しかし結局のところ、多くのガチ原作ファンに「原作とは違うけどいいものだ」と言わしめたわけだから、PJはすごいと思う。もっと不幸な作品はたくさんあるのに。具体名はあげないけど、ゲド戦記とか、ゲド戦記とか、あとゲド戦記とか。
2010-03-30 01:38:15要するに、同じ物語でも表現メディアが違ったら、「別物」として観なきゃダメってこってす。オペラを小説化しても、それ同じモンじゃないでしょ? と。
2010-03-30 01:39:18@kyanagawa 俺は↓な意見なので、原作ファンがわざわざ「違うモノだけど」って言うのすら、鼻についちゃうんだよなぁ(^^)。わざわざ言うコトで、原作を上に置いてるようなニュアンスがあってさ。しかもそういう人の多くは、PJ版がいかに「映画としてスゲエか」を、ロクに観てねえし。
2010-03-30 01:41:41@kyanagawa そして「それはそれ」として価値を認めてもなお、おのれPJ!と呪ってしまう要素も多々残る、そしてそれはヒトによってツッコミアンテナの働きどころが違う、と
2010-03-30 01:41:46しばらく前に@ADLAHIRさんが呟かれていた、現代人はファンタジーに何を求めるか、 という課題も『指輪物語』で語るつもりだったんですが。今回ちょっと出ししてしまったので、もうしばらく考えます。とりあえず今夜のはまとめてブログに書こう。あとで。
2010-03-30 01:44:29つーか、束教授のファンであるひとほど、俺はそういう部分に寛容であって欲しい。「神話なき国の神話」を志向した彼の意思を尊重するのであれば、原理主義で硬直したまま滅び行くより、「古典」として語りな直され、常に中つ国がオン・タイムである豊かさを寿ぐべきじゃないかなー?
2010-03-30 01:44:58もひとつ言えば、俺は原作ファンだけど、映画化作品を「スタッフの原作に対する愛」の過多では、1ミリも評価しません! それがクオリティに結びついていれば、そのクオリティをこそ評価するけど、愛があってもダメなモンはダメ。『ダンジョン&ドラゴン』とかナー(orz)。
2010-03-30 01:46:52まあ、凡庸な読者(すべからく創作者よりは凡庸です~)としては、自分の読書体験は何物にも替えがたい、と、思っていた時期もあるので。映画を見たくない気持ちも解らなくはないんですけどね(笑。ワタクシ相当に原作原理主義者!ですが、見ないで色々言うの嫌だし。そして、見れば楽しいのですw
2010-03-30 01:47:35流れにのりおくれつつなお書いてしまうけどいちばん納得いかなかったのはボロミア。映画がよかっただけに同じ人に見えない。そして旅の仲間でいちばん好きなのは原作のボロミア。
2010-03-30 01:48:00@ADLAHIR あはは、ごめんなさい、笑ってしまった。その映画見てないけどアドさんの失意の程がすばらしく伝わってきたのでw さすが文章書き!>『ダンジョン&ドラゴン』とかナー(orz)
2010-03-30 01:48:38.@ADLAHIR 評価基準に愛を含めないのは納得できますし、そうあるべきだと思うのですが、ひどい映像化された挙句に監督が「原作知らんし」とか言われると、やはり評価関係なく怒りを覚えたくもなるわけで。今掛勇だけは絶対許さん。
2010-03-30 01:51:09@stel_lan 結局自分の思い入れに左右されちゃうんですけれどもね。原作とすごく違ってもこだわりどころとちがうと痛みがすくないんだけど。
2010-03-30 01:51:41