異修羅番外編“貪婪なるニグヒル”

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珪素 @keiso_silicon14

二百年前に実在したとされる“客人”、貪婪なるニグヒル。穏やかな言動と裏腹の完全なる人格破綻者であり、王国の只中で三十六の異なる年齢種族の人族を素手で解体・捕食。早々に人族社会を追放された。その消化器は完全に逸脱しており、その後も鬼族、獣族、さらには魔族すらも単独で捕食し続けた。

2017-11-04 13:11:21
珪素 @keiso_silicon14

歴史上、唯一生きた深獣を捕食した存在と言われている。また、世代を隔てて人から変異した大鬼の近似種なのではないかとすら推測されていた(大鬼の“彼方”における起源はよく分かっていない)。最高の竜族を捕食するべく冬のルクノカへと挑み、死亡。

2017-11-04 13:13:04
珪素 @keiso_silicon14

捕食過程で血鬼も捕食しているため当然屍鬼化していたが、同時に母体を喰らっていたため特に問題にはならなかった。

2017-11-04 13:15:52
珪素 @keiso_silicon14

「何をしているんだ」村人を誘導していた兵が足を止めたのは、驚きのためだった。誰もが色を変えて逃げ出すこの炎の光景で、彼女は平然と石の上に座っていた。「私、腕と脚が悪いの」彼女は、困ったように笑った。その体はすっぽりとマントに覆われていて、見えなかった。「手を貸してくれます?」

2017-11-05 23:16:44
珪素 @keiso_silicon14

「すぐに逃げた方がいい。あんなひどい混獣は見たことがない。狼鬼と、黒獣と……とにかく、めちゃくちゃな化物だ。熱術を使ったのも見た」「そうですか」兵は背を支えて、彼女を立たせようとした。彼が思ったよりも体重が重く、できなかった。それだけではない。「……あ?」彼の片腕は消えていた。

2017-11-05 23:18:29
珪素 @keiso_silicon14

「ああ、ごめんなさい」女は、どこかとぼけたような声色で言った。その腕に……マントの内の腕が、手を握っている。誰の手を?――無論、引きちぎられた彼自身の腕だ。痛みすら感じない間に。何をした。何をされた。何があった。「手を貸してくれると?」「……ひ」「少し塩味が強い?」

2017-11-05 23:20:43
珪素 @keiso_silicon14

暴力的に捩じ切られた切断面に舌を這わせて、そんな異様なことを言っていた。違う。それよりも恐ろしいことがある。今、露わになった彼女の四肢は、人体ではなかった。それは骨ばった恐ろしい異形であって、関節すら逆方向にあった。人間に見えた……人間なのか?これは何なのだ?自分はどうなる?

2017-11-05 23:22:06
珪素 @keiso_silicon14

――“彼方”において彼女に名前はなかった。どこで生まれたのかを彼女自身知らず、何故生まれつきそのような体であるのか、何故飢えるのか、彼女が理解することはなかった。けれどそれでいいと思った。それしかないのならば、単純に生きることができる。つまり、飢えを満たすために生きていくこと。

2017-11-05 23:23:16
珪素 @keiso_silicon14

最初は野に生きる獣だけを捕えて食べた。昆虫から爬虫類までを。生きたものを殺して食せば、自分はそれらの生物とは違う、唯一無二の何かであると思えた。近隣の村の人間は早々に味わい尽くしてしまったので、稀に迷い込む珍しい人種のものを選んで狩った。より良い味に仕立てるための研鑽を重ねた。

2017-11-05 23:25:33
珪素 @keiso_silicon14

生まれたその時から彼女は教育を受けず、“彼方”の言葉を解することもなかったが、いつしかこの世界を訪れたその時には、言葉が通じることを知った。話せば、どうやら彼女はいつも食べていた人間と同じくらいの知性であったようで、“彼方”でもよく見かけた彼らがそれほど賢かったことに感心した。

2017-11-05 23:27:30
珪素 @keiso_silicon14

「……香辛料は、雪道蔦の葉を乾燥したものがいいかな?」兵士が絶叫している。特に気にするようなことはなかったが、周囲を囲む火は、もしかしたらこの獲物の肉を少し悪くしてしまうかもしれない。早々に解体しておきたかった。「肝臓はおいしくなさそうね」指先は鋭利で、作業にも困ることはない。

2017-11-05 23:29:52
珪素 @keiso_silicon14

すっかり解体を終えて、彼女は兵士自身の服で指先の汚れを拭った。引き攣った黄色い皮膚。長い狩猟でそれは鍛えられ、関節や筋肉には発条めいた癖がつき、この地平の何よりも便利な四肢だった。「よし、料理も決まった。どこか別の街に運んで――」その声は背後の、畏怖すべき咆哮に遮られた。

2017-11-05 23:33:21
珪素 @keiso_silicon14

「……ふ」彼女は笑った。この肉の話で一番興味深かったのはそこだ。背後を振り向く。そこには人の認識を冒涜するような存在が蠢いている。目のない黒獣の胴から狼鬼の上半身が生えて、頭部からは五本もの人間の手が生えているようであった。蛇のような奇怪な生物が無数の触手のように蠢いていた。

2017-11-05 23:35:54
珪素 @keiso_silicon14

「――無倉草の実を炒ったもの?」彼女自身にしか分からない。「それとも紅果のジャムと合わせるかしら?」それは食材が生きている時から、その調理の手順と味を考えている。限りなく人間に近く、そして正体不明のその生命体は、まるで獣のように四足で構えた。「あなたは、どんな味がするのかしら?」

2017-11-05 23:37:53
珪素 @keiso_silicon14

それは生まれながらに、野生すらをも凌駕する狩猟本能を持つ。 それは神経反応すら追いつかぬ、怪物的な威力の四肢を備える。 それは獲物が生きる内に、全ての解体過程を認識することができる。 遍く生類の上位を宿命付けられた、唯一頂点の捕食者である。 料理人。人間。 貪婪なるニグヒル。

2017-11-05 23:41:40
駄目仙人 @toobadsennin

さすがにルクノカさんには勝てなかったみたいだけど本編の修羅どもと比べた戦闘能力はどのぐらいなんだろう #異修羅

2017-11-05 23:45:06
珪素 @keiso_silicon14

本編の連中とは比べ物にならないです!というかツーの下位互換ですからね。ヒグマよりかなり強い野生動物が人間社会に紛れてくるくらいの脅威度です

2017-11-05 23:45:54
tomnir @tomnir

クラス?の料理人のルビはどうなるんですか #異修羅

2017-11-05 23:47:01
珪素 @keiso_silicon14

ただ、彼女の位置づけとしては最初からはっきりしていて、「異修羅世界に定着しなかった最初の存在」がニグヒルです。つまり、こういう変異種が「種」として定着すれば、森人や山人のように、地球人類には存在しないファンタジー種族になっていた。

2017-11-06 00:49:31
珪素 @keiso_silicon14

そしてニグヒルはそうした者の中でもとても新しい「新種」だった。こうした生物学的要因で逸脱してしまう存在は“彼方”には少なくなってきている……

2017-11-06 00:50:38