ヤク飼いと嫂

Mr.帽子プレゼンツ
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帽子男 @alkali_acid

義弟は足をひきずって、岩の割れ目に近づき、猛禽の躯にかがみこんで、そっと指で触れてから、またいそいで奥へ向かう。

2017-11-12 22:43:07
帽子男 @alkali_acid

小刀でそいだように平らな床と天井、壁に囲まれた中に、奇妙な水晶体が浮かんで、照明の役割を果たしている。 その下に嫂が裸身をうつぶせさせている。 「義姉(ねえ)さん!」 「…ああ…いけない…あの男が」 「泥棒はぶっ殺してやったよ。あいつ、三つ目なんだ。あの模様が聞いた」 「模様…」

2017-11-12 22:44:57
帽子男 @alkali_acid

「義姉さんが刺繍してくれた」 「あの、模様…」 女の全身を震えが走る。 「そうだ…あの模様で…私が…殺すこともできたのに…」 「義姉さん?だいじょうぶ?あいつひどいことしたんだな」

2017-11-12 22:46:48
帽子男 @alkali_acid

「さあおれにつかまってよ。こんなうすきみわるいところ早く出よう」 女はまぶたを閉じる。模様は不完全にしか思い出せない。目を開いて少年の袖を見つめる。しっかりと焼き付ける。 「ええ、かえりましょう」

2017-11-12 22:48:38
帽子男 @alkali_acid

ヤクの群は放っておいたあいだに、かなり遠くまで行ってしまっていたが、義弟と嫂は、傷ついた身でどうにか取り戻した。 隼は供物とともに燃やし、兄のあとを追わせた。

2017-11-12 22:50:21
帽子男 @alkali_acid

嫂はふっきれたように義弟に甘えるようになり、臥所に誘い入れ、とまどう幼い夫に夜の歓びを伝えた。 「おびえないで。あのひとはもっとどうどうとしていましたよ」 「ほんとう?」 「…あとのほうは」

2017-11-12 22:51:58
帽子男 @alkali_acid

三つ目の男、ヤク泥棒の死体は、少し迷ったがやはり火で弔った。悪人ではあったが死ねば同じだと考えた。

2017-11-12 22:53:34
帽子男 @alkali_acid

やがて嫂は仔を宿す。生まれ来るその子は、ずばぬけて賢く、鞭どころか口笛もなしでヤクを操り、野生の隼を馴らす技に秀で、両親の愛情を受けて育ち、長じて都に学問に上がって、星の運びについて、多くの失われた知識を取り戻すことになる。

2017-11-12 22:56:01
帽子男 @alkali_acid

稀代の学者となったヤク飼いの仔は、しかし書物に著わされたある模様だけは決して開こうとせず、話題にすることすら好まなかったという。

2017-11-12 22:59:06
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