hard coreな研究の一線から自分が退かざるを得なくなったら,そういう仲介者的な役割を果たすか,もしくは自分にそれができなくてもそういう機能がどうすれば作動するかを真剣に考えないといけないのかもしれない.そのためにも今は勉強あるのみ.
2010-03-27 15:05:07ああ,おれにもっと力があればポストの一つや二つ……なーんてことを考えだしたら学内および学会内ポリティクスのプレイヤーへの道はすぐそこに.まだまだオーディエンスでいたいですぅ.
2010-03-27 15:10:56一つのポイントは、硬い実証と、論理的推定と、直感を、明確に意識し、区別して発言できるか、ということ。これが使い分けられなければ、その内、自分でも何を言っているのかわからなくなってくる(←実体験)。ヒットレンジを頭に入れて「蝶のように舞い、鉢のように刺す」のが理想。
2010-03-27 15:12:49@myamadakg 気楽だなぁ(不満)。私は大学院専任教員だからポストの問題は切実ですよ。「研究周辺活動」は、院生の就職活動も兼ねてます。
2010-03-27 15:14:44私は今のところ研究者志望の院生を抱えていないので.ただ腹違いの弟妹弟子たちがいますので,その力にはなりたいなと.あと『フロンティア』の執筆者には幸せになってもらわないと. RT @kankimura: @myamadakg 気楽だなぁ(不満)。
2010-03-27 15:21:11@myamadakg 私は追い込まれているので、最早弟妹達は半分以上敵に回しています(^^;)。弟妹達の食い扶持を奪ってでも、うちの子達を食わしていかないと、自分の存在が危うい。
2010-03-27 15:25:03若いころは仲良しなのに成長すると縄張り争いを始めるってのはよくありますねぇ.若い時は年長者という共通の敵がいたりしますが. RT @kankimura: @myamadakg 私は追い込まれているので、最早弟妹達は半分以上敵に回しています(^^;)。
2010-03-27 15:35:07@myamadakg 縄張り争いではありません。生存競争です(ひょっとしてやっぱり同じか?)
2010-03-27 15:36:26@kankimura 一子相伝北斗神拳の世界って学問の世界でもあるんだなぁと就職してから思いました.兄弟で殴りあって一番強いのが当主になる,みたいなね.その点,僕は兄弟の縁が割と薄いので気楽でした.誰ともバトルをしないですんだ.まあ弱小地国だからですけど.
2010-03-27 15:39:33@myamadakg 「ケンシロウ」を倒さないと生きていけないと思うときがあります(^^;)。
2010-03-27 15:47:07@myamadakg うちの場合先代の「継承者」もまだご健在ですので、実行に移すとややこしいことになりそうです。そもそも私のポジションは「ラオウ」じゃなくて、「ジャギ」ですので、敵が多すぎます(^^;)(^^;)。
2010-03-27 15:55:27某研究会に出ている間に議論が知らない方向に…。言いたかったのは問題意識はそれ自身先験的に「望ましい」ようなものはないのではないかということで。従来の問題意識を重視する人がいたっていいし,先進国と途上国の問題意識が違っても不思議ではないと。@kankimura @myamadakg
2010-03-27 18:20:03なので別に「政治学」が特定の問題意識へと発展していくようなことはちょっと想像できないところです。一方で,方法の方は(問題意識と独立に)ある程度「正しいとみなされる」ものがあるのではないかと。ここは信念の問題のような気がします。
2010-03-27 18:22:42もちろん「計量分析」というかDSI的みたいなものが全てといってるわけではありません。少なくとも僕個人としては,他の方法で論証されている論文も,その論理の筋道を追う努力はしてるつもりです。ただ,残念ながら追えないものはやはり追えないことがあるのではないかと。
2010-03-27 18:24:49そういう意味では,『思想地図』の菅原さんの論文読みましたが,僕はやや違和感が。計量分析という方法に帰責するするのはどうかなと。僕なんて批判される業績主義者なんでしょうが,一応恥ずかしいものは書いてないつもりなので,「計量分析」と一括りにされるのはちょっと悲しい。
2010-03-27 18:29:23方法ではなくて,研究者がそれぞれの観点から批判を積み上げるべきだと。そういうのがうまく起こらなかったり,また査読が不十分だとすれば,そういう現象が起きるメカニズムを問題視しないとはじまらないのではないかと(菅原さんは最後に書いてますが)。「若手政治学者」の仕事かは微妙ですが。
2010-03-27 18:34:28個人的に賛成ですが,まさにこの部分が対立点になっているように思われます.特定の大きな問題意識に貫かれていない分析はtrivialだという批判があると感じます.RT @sunaharay: なので別に「政治学」が特定の問題意識へと発展していくようなことはちょっと想像できない
2010-03-27 18:35:48建林正彦「新しい制度論と日本官僚制研究」日本政治学会編『年報政治学1999 20世紀の政治学』岩波書店からちょっと引用します.
2010-03-27 18:41:24p.80「部分分析をいくら積み重ねても,それらは必ずしもマクロの政治現象を全体として説明するものではないかもしれない.ただし,部分分析の問題については合理的選択論者の多くは経済学者と共にいわば確信犯である.(続く)
2010-03-27 18:43:34(承前)「科学的な分析として,部分分析以外に何が可能だろうかというある種の開き直りが彼らの方法論を支えているのである.」
2010-03-27 18:44:45