稲川淳二の『つぶやき怪談』(2017.11.30)

稲川淳二 @Junji_Inagawa

ひとりが、たまたま懐中電灯を持ってたんで、 「じゃあ、これでいこうか」 と、入っていった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

木々の間を、縫うように行く。 枝が、飛び出てるだから。 かき分けて、かき分けて、進んでいった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「ほんと、あんのか？」 ずーっと、進んでったらば、かき分けたその草の向こうに、浜が見えた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「ああ、浜へ出るな」 入り江だったんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

その入り江、幅はあんまり大きくはない。 でも奥は----なんというか、深いんです。 砂浜を、歩いてった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

と----、一番どん詰まりのところに、 木々の間から、ちょうど月の明かりで、チラッと建物の一部が見えた----。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

浜から見ると、２階建てなんですがね---。 でも、それ、骨組みと壁だけでそのほかのものはない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

窓やドアは、四角い穴が開いてる感じで。 で、まあその廃屋の下へ行ってみた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「うわあ-----何か、気持ち悪いな」 思った。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「なんかこれ、怖いのが出そうだな」 １階、扉も何にもない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

ただ、四角い穴があいてるわけだから、 明かりでもって、ひょいっ-----と中をのぞいた。 向こうは壁ばっかりで、なんにもない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

手前の方だけ、窓があって、 「おい、これ、何だよ。階段がねえな」 と、２階へ上がる階段がないと言うんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

で、ぐるーっと回り込んだら、急な坂になってる。 上がってったらば、庭になってる。 雑草が、うっそうと生えてて。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

その向こうは、ちょうどその建物を囲うようにして、 ずうーっと、土手になってる。 要するに、坂のようになってるんですよ----。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そこに、うっそうと木が生えてるわけだ。 「へえ-----」 この建物というのは、全く県道側から見えないんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

切り通しの丘に、三方を囲まれたような感じになってて。 一方は海なんですが、そこにも、たくさん木が生えてるわけだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

で、上がったところ、海とは反対側に、玄関がある。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

不思議なんだけど、玄関はあるんですが、この家の、玄関へ来る道はないんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

どういうことか、わからないけれど。 草に埋もれちゃってるのかも、しれませんがね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

玄関のところで立ってみると、 建物は平屋なんですが、海から見ると２階建て。 早い話が、傾斜地だから、 平屋のしたがもう１階分できてる、そんな感じなんでしょうね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

で、玄関から入る。 扉、ありませんから。 そのまま廊下、突っ切る。 それで、居間へ出たんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

大きな、窓がある。 でも、それは四角い、ただの穴になってるわけだ。 壁の穴。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「おい、何か、すごいとこだな、ここな」 言ったんだけども、-----妙なのがね-----、散らかっていないんだ----。 やけに、きれいなんだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

もう長いこと、だれも人が来てないっていうのは、 わかるんだけれど---ねえ----。 で、あちこち回って歩いた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

洗面所があったり、浴室があったりする。 でも、だーれもいない。