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五十嵐太郎さんによる、東日本大震災の被災地現地リポート

建築史家・五十嵐太郎さんによる、東日本大震災で被害を被った土地を巡るリポート。
東日本大震災 被災 震災
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taroigarashi @taroigarashi
昨日まわった亘理では、壁だけが抜けて、柱だけが残るピロティ状態の廃屋も目立った。地震ではなく、津波ならではの壊れ方。ただ鉄骨の建物でもおそろしくひん曲がったケースもあり、水の通り道との関係が大きそうだ。ただ、このエリアでは、あまり火災が起きた痕跡はない。近くのコンビニはもう再開
taroigarashi @taroigarashi
仙台港から多賀城のエリアでは、とにかく大量のクルマが散らばっていたのが印象的。日本中どこにでもあるロードサイドの風景。建物は地震に耐えたけど、水が運んできたクルマが凶器となって、ショップをめちゃくちゃに壊している。50年前の台風や津波では、そんなにクルマがなかったはずだ。
taroigarashi @taroigarashi
明日からは昨年の五十嵐研ゼミ合宿とほとんど同じルートをめぐる。大船渡や気仙沼、石巻など、記憶があるからこそ、どのようになっているのかを、テレビの映像ではなく、どうしてもこの目と身体で確かめたい。今週のドバイ行きはキャンセルしたが、ドバイはいつでも行ける。
taroigarashi @taroigarashi
昨日は最後に仙台の鉄砲町にある街づくり基地に立ち寄り、そこにいる東北大学の豊嶋くんとしゃべる。もともとインフラのネットワークにつながっていないプレハブなので(日常から仮設トイレを設置、大量の水を備蓄)、震災時に威力を発揮したらしい。ただの箱だと思っていたが、思わぬ底力。
taroigarashi @taroigarashi
名取は水辺が激しく被災するが、ちょっと奥になると、日常的な郊外の風景が広がる。あまりのギャップに驚く。ここの文化施設は、槇さんの設計で完全無傷。あまりにも美しいのだが、透明ガラス建築の内部は家を失った人の避難所に。暴力的なまでに、まる見えだった。こんな使われ方は想定外だろう。
taroigarashi @taroigarashi
盛岡駅前がいつもより暗い(ただし、冷麺の店は超満員)。20年前に初めて中国を訪れたときの、西安とか洛陽とかを思い出す。実は仙台は、計画停電がないせいか、電気がついているところはそれなりに明るく、今のヨーロッパのような東京よりも明るかったりするのだが、盛岡はそうではなかった。
taroigarashi @taroigarashi
大船渡に再訪。水辺は壊滅的。しかし、リアスホールには波が届かず、ほとんど無傷。いかにも強そうな安心感のあるこの建物の内部には細かく分節されたさまざまな場があり、避難所として空間の使われ方が発見に満ちていた。サバイバル/リサイクルに耐えうる建築であることが、非常時に明らかになった。
taroigarashi @taroigarashi
陸前高田は、今までまわったなかで、もっとも悲惨な現場。水没した全壊のスタジアムのほか、幾つかの建築は残るが(3階の窓まで全部失う)、何もない。いや、すべてのものをミキサーにかけて混ぜたというべきか。亘理町では、まだ全壊や半壊の判定をしていたが、ここではその必要もない。爆心地の風景
taroigarashi @taroigarashi
気仙沼は、他とは違い、焼けて黒こげの残骸が続く。高台のリアスアーク美術館はもちろん津波の被害はなく、地震で少し傷ついた程度。学芸員の山内さんから、tweetできないことも含め、いろいろと興味深いはなしをうかがう。自身も被災され、明治の三陸沖津波の研究もされており、指摘に重みがある
taroigarashi @taroigarashi
今日は二箇所で建設中の仮設住宅を見た。ひとつは木造、もうひとつはプレハブ。それぞれの周辺環境との関係からも、いろいろと考えるテーマがあるものだ。このあたりでは原発どころではない。震災後、沖縄、北陸、東北とまわったが、原発で一番騒いでいるのは、東京だなあと、つくづく思う。
taroigarashi @taroigarashi
明日は石巻などをめぐるので、松島に泊まる。東松島はひどかったようだが、松島では旅館やホテルを営業している(仙台市内でもやってないのに)。島々が津波をブロックしたと言われているが。もっとも、水の使用や食材などは制限されている。インド旅行を思い出せば、全然たいしたことはないが。
taroigarashi @taroigarashi
なるほどです、と書いたら、余震。松島の余震は恐い。@masashige_motoe 松島や塩釜の津波被害が「比較的」小さくて済んだのは,湾の固有周期と津波のそれとが違っていて,共振しなかったからだと今村先生に聞きました。
taroigarashi @taroigarashi
石巻は泥が多い。陸に乗り上げた船も目立つ。漫画館は一階が壊れたが、上部は無事。向かいの近代建築の木造教会は駄目かと思いきや、残っていた。外壁は剥がれ、柱はねじまがり、大量の漂流物が室内に流れこんでいたが、残っていた。近くの古い家屋の壊れ方をみると、すごい。郊外ではイオンが開いてた
taroigarashi @taroigarashi
石井和紘さんのサンファン館。石巻の場所を考えると、斜行エレベーターの途中で消失していると覚悟したら、なんと残っていた。船もだ。むろん、ガラスも展示も壊れていたが、柱は耐えている。しかも、エントランスや展示室などの上部は避難所として使われていた。
taroigarashi @taroigarashi
女川町は陸前高田と同様の酷さ。むしろ、4階建てのビルがゴロゴロ転がっている分、何もない陸前高田より辛い風景。水の衝撃波は方向性をもち、爆弾や原爆のように街を壊していく。もう撤去作業は始まっていたが、不謹慎ながらどちらかの廃墟は残すべきだと思った。記憶を風化させないために。
taroigarashi @taroigarashi
女川町には20m程の高台に病院があり、登ったら、ここの一階もまさかの浸水。「ディープインパクト」や「2012」の世界。その瞬間を目撃したら、たとえ助かっても精神的なトラウマになるだろう。福島原発や避難所になった女川町の原発が、この衝撃に対して、よく構造がもったと思う。
taroigarashi @taroigarashi
今回思ったのは、個別の状況がそれぞれに地形や建物や社会背景によって全然違うこと。今回、テレビで大量の映像があふれ、それで津波は「怖い」とわかった気になったことが一番怖い。陸前高田や女川町のその瞬間の映像は少ないのだが、テレビ向けの映像を撮る余裕がまったくない程、残酷な破壊が起きた
taroigarashi @taroigarashi
被災地のなかでは、建築にはまだこういう力があるのかと、勇気づけられる場面は幾つかあった。しかし、固有の現場を見て、これはもう建築や土木で対抗不可能な自然災害と思うケースもある。女川町の高台から街を見下ろしたとき、ここに関しては敗北宣言すべきと思った。工学でこの街は救えたのか?

コメント

ニジム @nijimu 2011-04-02 08:20:31
昨晩の投稿分を追加しました。
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