創作鯖SS『反英雄譚 赫奕せし牛頭』1章

創作鯖SSの続き。
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水ようかん @mzyukn_0809

ミノタウロスを召喚して数日後、カルデアの才媛にして統括、ダ・ヴィンチの指令により、僕は人理定礎に僅かな歪みが見られるとして、再びオケアノスに飛ぶこととなった。 場所はクレタ島。ミノタウロスが暴虐の限りを尽くし、その生命を散らせた場所だ。

2017-12-19 01:18:40
水ようかん @mzyukn_0809

『あーあー、テステス。聞こえてるかい藤丸くん』 僕達はクレタ島西岸、碧海を臨む砂浜の上に立っていた。東には木々が茂っており鳥獣の鳴き声が間断なく聞こえてくる。中天に座する太陽は、その熱と光を遮られることなく僕の直上から容赦なく降り注いでいた。

2017-12-19 01:19:27
水ようかん @mzyukn_0809

「はい、通信問題ありません。天候快晴、少し湿気が肌に纏わりつく不快感はありますが、本当にここで歪みが?」 『ああ間違いない。小さな亀裂だっていずれは広がって大きな爪痕を残すからね。そうなる前に、異変が萌芽を見せる前に、手を打っておこうというわけさ』

2017-12-19 01:19:57
水ようかん @mzyukn_0809

そういうわけだから、島内を探索して、何か気になる所があれば直ちに連絡を寄越すように。ダ・ヴィンチはそう言い残し、通信は一旦切断された。

2017-12-19 01:20:40
水ようかん @mzyukn_0809

探索するといっても、クレタ島は海岸に沿って歩くだけで一〇四六キロメートルもある。ギリシャの抱える島々の中でも随一の面積を誇り、人の足で歩けば一朝一夕というわけにはいくまい。

2017-12-19 01:21:41
水ようかん @mzyukn_0809

それでも、歪みとやらを見つけないわけにはいかない。途方に暮れるより、とりあえず行動に移す方が性分に合っていた。 と、遠き道程への一歩を踏み出した時、 「マスターよ。よもや**のことを失念してはいまいか?」

2017-12-19 01:22:19
水ようかん @mzyukn_0809

同行していたサーヴァント、ミノタウロスが戦斧を弄びながらそう言った。

2017-12-19 01:22:59
水ようかん @mzyukn_0809

弄ぶといっても、その全長は二メートルに届かんばかりの長得物、それを三メートルもある牛頭の大男が振り回すとなれば、手慰みとはいえ一種の剣舞めいた迫力を放っていた。数多の若者の血を吸ったであろう戦斧が、まるで棒切れのように勢いよく振り回されている。

2017-12-19 01:23:11
水ようかん @mzyukn_0809

正直に告白すると、失念していた。何も独りで人理修復を志したわけでもあるまいに、すっかりと彼のことを忘れてしまっていた。或いは、無意識下で彼の存在を遠のけていたのかもしれない。その血に塗れた逸話故に、残虐性故に、威容故に。

2017-12-19 01:23:53
水ようかん @mzyukn_0809

ともあれ、彼が付いている以上、地理情報に関して窮することはないだろう。

2017-12-19 01:24:30
水ようかん @mzyukn_0809

召喚して数日という間柄だが、今回訪れた場所は彼の自宅のようなものなのだ、案内役として不足はあるまい。そしてまた、未だ知られざる彼の内面を知る、有り体に言えば親睦を深める、平たく言えば仲良くなる、その為には、実地での交流が有効と思われた。

2017-12-19 01:24:43
水ようかん @mzyukn_0809

「そうだった、その為に君を付いてきてもらったんだ。じゃあミノタウロス、ここに来て何か気になった所はある?」

2017-12-19 01:25:23
水ようかん @mzyukn_0809

回転する戦斧を掴み柄を地面に突き立てたミノタウロスは、牛の双眸でこちらを見返す。アステリオスとは明らかに違う、生身の牛頭からは、彼の感情を窺い知ることはできない(アステリオスは、角こそ生来のものだが、牛を模した仮面を被っていた)。

2017-12-19 01:25:35
水ようかん @mzyukn_0809

「……さてな。懐かしい風が吹いている、それ以外に、今のところ感じるものはないな」  郷愁の念か、ミノタウロスは東に広がる森を見遣った。彼の生きた神代ではないものの、その流れを汲んで継ぐ十六世紀のクレタ島は、彼に幾許かのノスタルジーを喚起したらしい。

2017-12-19 01:26:02
水ようかん @mzyukn_0809

しかし僕は未だ計りあぐねている。修正される前のこの特異点で出会った、人であろうと欲するアステリオスと、何ものをも冷たく突っ撥ねるような刺々しさを備える怪物ミノタウロスとの、その相違点についてを。

2017-12-19 01:26:32
水ようかん @mzyukn_0809

しばしば指摘されるが、どうやら僕は楽観的に過ぎるらしく、ミノタウロスの人となりを探るというのも、一緒に歩いて開襟し話し合えば、自ずと達成されるだろうと考えていた。

2017-12-19 01:27:26
水ようかん @mzyukn_0809

何より、アステリオスと分かり合えたのだから、ミノタウロスとも分かり合えないはずがないと、半ば根拠のない確信を抱いてもいた。

2017-12-19 01:27:39
水ようかん @mzyukn_0809

案ずるより産むが易し、だ。まず今後の行動指針を定めるより、行動しながら後のことを考えた方が遥かに効率的だ。

2017-12-19 01:28:02
水ようかん @mzyukn_0809

ダ・ヴィンチによると、まだ敵性体の存在もありうるが、サーヴァントが傍に付いてさえいれば十把一絡げに追い払ってくれるだろう、とのことだった。人理の僅かな歪みといっても、一度は僕と英霊達によって修復されたものだから、強力なエネミーが出現することはまずない。

2017-12-19 01:28:27
水ようかん @mzyukn_0809

初めてここを訪れた際には、豪放磊落な女海賊やギリシャ神話に名高き英雄が跋扈していたものだから、ゆっくりと地中海の自然を堪能する時間も気力もありはしなかった。

2017-12-19 01:29:16
水ようかん @mzyukn_0809

任務と銘打ってはいるが、野暮用を兼ねた休暇だと思ってくれていい、出立前のダ・ヴィンチの言葉が頭を巡る。のんびりと、僕達が救った世界を行脚というかお礼参りというか、そういった平穏な心持ちで臨めばいいのだ。

2017-12-19 01:29:43
水ようかん @mzyukn_0809

「じゃあ、とりあえず周辺を探索してみようか。僕にとっては観光、君にとっては里帰り、そんなに気負う必要もないみたいだし、歪みが見つかるまではのんびりいこう」 ミノタウロス縁の地を訪ねて、彼と打ち解けられたらいい、そんな風に思って海岸沿いに歩き始める。

2017-12-19 01:30:07
水ようかん @mzyukn_0809

「里帰り? それを言うなら、クノッソス宮殿に行った方が正確だな。**が生まれ、生き、死んだ地だ」  背後に立ったままのミノタウロスから、剣呑な気配が漂う。それは大した魔力を持たないはずの僕でも、明瞭に感じられる。思わず歩みを止め、振り返らざるをえない。

2017-12-19 01:30:35
水ようかん @mzyukn_0809

彼は戦斧の柄を浜に突き立てたままの姿勢で微動だにしていなかった。依然として東の森を(或いは、彼因縁の地クノッソス宮殿を)見据え続ける。僕に一瞥をくれることもない。まるで僕など取るに足らない存在だとでも言うようだ。

2017-12-19 01:31:07