異世界小話~異世界にもナイロンはあって、くっ殺女騎士とかがピチピチパンスト穿いてるのは当たり前だよなって話~

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帽子男 @alkali_acid

もともと迷宮にはひとりでもぐってい若者である。手強い魔物にでくわし、命を落としかけたところを、紅蓮刃が救っていなければ、ひとりで死んでいただろう。 「やりますかねえ」 昔のくせでひとりごとを呟きながら、酒場で大先輩である烏の女剣客から教わった魔物を探す。尼龍。

2018-01-21 11:15:27
帽子男 @alkali_acid

「湖に霧がかぶるころ、へちま藻が呼吸をしに上がってくる…そうするとそいつを餌にする尼龍も追いかけて水面に出てくるって…寸法か」 へちま藻は、大きな実のような瘤をつける水草の一種。よく水を吸う布がとれ、沐浴のあと体を拭いたり、女の月のものが服を汚すのを止めたり、施療所で止血に使う。

2018-01-21 11:19:39
帽子男 @alkali_acid

街では珍重するが、傷みやすく、わざわざ湖に出て収穫する冒険者も多くない。もちろん群青鞭の目当てでもない。 だがへちま藻を食う尼龍となれば話は別だ。 「ふうむ…出ねえなあ…こいつはしばらく張り込まないとならねえか…うちのお嬢さんの祝いに間に合わねえ」

2018-01-21 11:21:48
帽子男 @alkali_acid

がっかりした青年のつぶやきを女神が憐れんだのか、 ゆったりたゆたっていた湖面が奇妙にさざなみだった。 へちま藻の瘤が次々と浮かんでくる。さらにあいだに空気から毒をとりさる貴重な植物、清気仙に似た大きな植物もあらわれる。緑の水が透き通っていく。 「へ…なんでえ?」

2018-01-21 11:25:40
帽子男 @alkali_acid

はばたきの音がして、上空からカミソリエイが無数におりてくる。 とっさに船の上で姿勢を低くしつつ、鞭を手に持ったが、魔物は冒険者に見向きもせず、へちま藻の瘤のあいだを飛び交い、なにか小さな餌を漁(すなど)っているようだ。

2018-01-21 11:27:12
帽子男 @alkali_acid

ごく小さな緑のえびらしい。深みからあがってきて、霧のあいだをはねまわって、同族とぶつかりあっている。 「何のお祭りだい…こりゃ」 艇がぐらりと動いた。ぎょっとして桁をつかんで覗くと、澄みわたった水の中を、とほうもなく大きな、魔物が泳いでいる。龍、に似ている。

2018-01-21 11:30:38
帽子男 @alkali_acid

だが、半透明のひらひらしたヒレを、なめらかに動かしてゆっくり進むようすは、南方の海にいるというクラゲの図版にむしろ似ていた。僧院の尼のいでたちと通じるところがあるかと問えば、そう言えなくもない、といった程度だ。 「ふうん…こいつか」

2018-01-21 11:33:03
帽子男 @alkali_acid

尼龍は、尻尾に見えた部分を伸ばしてへちま藻の瘤をとりこみ、咀嚼していく。あそこが口なのだろう。 「おっとりした野郎だな…だが…こっちも白金紋章の祝いがかかってるんでね…ちょいといただくぜ」 魔物が初めの瘤を食べ終え、隣の瘤にかかろうとしたところで、それに青い炎が巻きつき、横どる。

2018-01-21 11:35:58
帽子男 @alkali_acid

龍のかたちをしたクラゲは意外な貪欲さを示し、ほかの瘤ではなくかっさらわれた餌を追いかける。 そのまま瘤が宙に跳ね上がると、巨大な魔物も水面に出て、高々と跳躍し、派手なしぶきを散らした。 「はっはー!!」 盗賊は瘤をはなすと、群青鞭を虚空に振るい、ひらひらしたヒレを切り落とした。

2018-01-21 11:39:08
帽子男 @alkali_acid

尼龍は再び水に戻ると、おびえたようすで潜航していく。 「へへ。どうだい泳げなくても、尼龍ぐらい狩れるぜ」 青年は、船の渦櫂を回して、水面に浮かぶ半透明な布の切れ端に寄せ、手を伸ばす。 「量があるだけけっこう重てえ…こいつを加工すりゃ…刃も通らなくなるって本当かね…手触りはいいが」

2018-01-21 11:42:59
帽子男 @alkali_acid

群青鞭がさらに身を乗り出したところで、小船が激しく揺れた。 「えっ」 そのまま艇体がくつがえり、かなづちな青年を湖面に投げ出す。 ひっくりかえった船の横で、ヒレを切られた尼龍が、見事な背面飛びを見せ、また霧けぶる水の下に勢いよく落ちていった。

2018-01-21 11:45:50
帽子男 @alkali_acid

しばらく、人間がやかましくもがく音がしていたが、やがて静まり返る。 迷宮中層の塩なく波かそけき海は、またいつもの平和を取り戻していった。

2018-01-21 11:47:35
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 迷宮のある街の政(まつりごと)の中心、参事会堂から、さっそうとひとりの冒険者が出てくる。背の高い若い女で、片刃の剣を帯び、長く形のよい脚を肌に張り付くような不思議な素材の布を使った穿き物でおおっているのが目を引く。

2018-01-21 11:50:37
帽子男 @alkali_acid

東方人の貴種らしい整った造作。片目は紅玉の輝きを放っている。誇らしげに胸に揺れるのは白金紋章。 このごろ冒険者として最高位を究めた、茜の剣のまとめ役、紅蓮刃だ。 馬車に乗り込み、一路冒険者の酒場へ向かう。 「おつかれさん」 馭者台から鼻声で男が挨拶する。 「あら」

2018-01-21 11:53:13
帽子男 @alkali_acid

「もう風邪はよろしいんですの、群青鞭」 「…あんなもんは薬がわりの酒の一杯もひっかければ…ずず…」 「またひとりで無茶をされたんでしょう。おっしゃってくれればご一緒しましたのに」 「てやんでえ…へへ…それよりいい脚だねえ」 あけすけな物言いに、紅蓮刃は微笑んで脚を組み替える。

2018-01-21 11:55:48
帽子男 @alkali_acid

「おかげさまで、参事会のおじいさま方には大変有意義な相談ができました」 「そりゃよかった」 「約束をいただきました。次の探索でもし、竜の寝床から魔法の王冠を持ち帰ることができたら…」 「あんたならできるさ」 「できたら、街は、帝国の暴君を倒すために協力を惜しまないと」

2018-01-21 11:58:47
帽子男 @alkali_acid

群青鞭はうっかり馬車の手綱とりをしくじりそうになる。 「な、なんだって?あんた本気であの話を参事会に?」 「わたくしは、帝国の件で冗談を申したことはありません」 「いや…でもねえ」 「街の衛士隊と傭兵衆の一部をお貸し下さると。有料だそうですけど」 「本当にそんなことを?」

2018-01-21 12:01:07
帽子男 @alkali_acid

「ええ、参事会の皆さまは乗り気でした。わたくしが帝位を得たら、ますますの貿易の拡大を期待すると…ひとり、白髪でおかしな椅子にお座りになった方だけしぶいお顔でしたが」 「白髪のじいさまか。あれで次席だ。悪い人じゃねえ。烏の女剣客の友達だしな」 紅蓮刃は馬車の窓に目を逸らす。

2018-01-21 12:02:57
帽子男 @alkali_acid

「群青鞭。ずいぶんあのおばあさまになついていらっしゃるのね」 「なついてるってほどじゃねえが、あんたと同じ白金紋章だぜ。貫目(かんめ)があらあ…そうだ、大先生言ってたぜ、茜の剣は最近ちょっと焦りすぎあじゃねえかって。回復膏を…」 「あの方は考えが少し古いのですよ」

2018-01-21 12:04:37
帽子男 @alkali_acid

やんわりとした口ぶりだが、有無を言わせぬところがあった。御者は黙って馬車を操る。客席に座る女が、かつて東方の帝国を統べる錬金術師の皇統、その直系につらなる娘だという身の上話を、疑った訳ではなかったが心底信じた訳でもなかった。これまでは。

2018-01-21 12:06:49
帽子男 @alkali_acid

「もしそうなりましたら…群青鞭」 「おう、なんでえ」 「あなたは、私の片腕としてついてきてくれますね」 「は、俺が?帝国だかなんだか、宮仕えは柄じゃねえ。それより茜の剣のほかの奴等の方がいいだろ。みんな黄金紋章で、腕っぷしも立つ」 「大国と戦うのに、武勇だけでは足りません」

2018-01-21 12:08:34
帽子男 @alkali_acid

「わたくしには、あなたのように頭が切れ、機転のきく人が必要なのです」 「へへ。嬉しいねえ…酒場についたら、ねえさんのきれいな足を見せびらかしながら、もっかい言ってくれよ」 「群青鞭!ちゃかさないで!わたくしは本気なのですよ」 女の声にこもる必死さに、青年は息詰まる。

2018-01-21 12:10:38
帽子男 @alkali_acid

「ああ…分かったよ…俺は、あんたの行くところならどこにでもついていくさ…どこにでもな…」 「うれしい!ありがとう。あなたはわたくしが、この街に流れ着いてからできた一番のお友達です。あなただけは、信じられると思っていました」 「へへ…くすぐったくていけねえ」

2018-01-21 12:12:38
帽子男 @alkali_acid

冒険者の酒場でも、紅蓮刃の脚をかざる、なめらかな布は好評を博した。 こぞって尼龍のヒレから作った珍しい防具と、着けるにふさわしい美貌と実力を備えた白金紋章の冒険者を讃えた。 あまり折り合いがよくないとされるもう一人の白金紋章の冒険者、烏の女剣客も杯を掲げて祝意を示した。

2018-01-21 12:14:49
帽子男 @alkali_acid

茜の剣のまとめ役たる麗人は、優雅な東方風の辞儀で応えてみせた。 そろって黄金紋章を持つ豪壮な仲間に囲まれ、皆から惜しみのない歓呼を受ける姿は、かつて龍とわたりあったという女神の再臨とさえ見えた。 やや離れたところから、白銀紋章の下端、群青鞭も杯を掲げた。

2018-01-21 12:17:44