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数学史研究者 @redqueenbee1
2年前の論文「CCD でのハンス・E・プリングスハイム」の解説をしてみる
数学史研究者 @redqueenbee1
GHQ 検閲研究を長年手掛ける早稲田大学名誉教授の山本武利が、2013 年に至り国会図書館において英語で書かれた東京CCD 検閲者名簿(その数一万人以上)を発見した。残念ながらその名簿がアルファベット表記されているので日本名を特定できないということを、筆者は後日知った。
数学史研究者 @redqueenbee1
軍事科学史家の筆者は、調査の関係で様々な階層の戦中戦後の体験手記を通読しており、ある元陸軍経理学校学生がCCD に勤務していた過去を同期生会誌に執筆していたことを知っていた。その人物の氏名がCCD 名簿に記載されていることを確認した段階で、筆者はこの事実を山本に通報した。
数学史研究者 @redqueenbee1
この体験を通じ、過去のGHQ 検閲研究が、検閲官自身の証言が絶対的に不足していることによって、定性的な議論に留まっていることは了解された。研究者達は様々な手段で検閲官に名乗り出るよう訴えたが、著しい結果には到達していなかった。
数学史研究者 @redqueenbee1
CCD 検閲官を複数サンプリングし、その証言を複数集積し得た場合、当該分野の研究は質的に変化する可能性が看取されたので、実際の特定作業に入った。
数学史研究者 @redqueenbee1
他国語表記氏名と日本語表記氏名の対応データ照合問題は、図書館学ではよく知られたテーマである。  過去の研究から明らかだが、検閲官はCCD勤務当時、①語学翻訳能力がある、②最低でも15 歳以上、③当時日本にいた、という要件を満たしている。筆者はここに一つの仮説を追加することで、
数学史研究者 @redqueenbee1
解析が格段に容易になることに気付いた。④それほど有能な人材なら世の中に著 作・論文を問うた経験なり、何かの著作で言及された過去があるだろうという推定である。  ④が仮説として成立するならば、国会図書館が開発した件名データベースを活用することで、件名特定が可能になる。
数学史研究者 @redqueenbee1
CCD 検閲官 SHIMOJIMA MURAJI という人物がいる。これを国会図書館サーチのサイトで、“しもじまむらじ”と入力すれば、この名で著作を残しているのは下島連ただ一人だという結論に到着する。あとは、下島の経歴を調査すればよいのである。解説すれば、下島は戦前から戦中にかけての文藝春秋社員で、
数学史研究者 @redqueenbee1
CCD 勤務の前歴は語っていないが、駐日アメリカ大使館でアメリカーナ誌編集に従事した後に大学教員に転身している。  CCD 名簿一万人全員の氏名を入力検索する必要は全く無かった。ありふれた氏名を入力しても解が一意に定まる可能性は常識的に見てゼロである。
数学史研究者 @redqueenbee1
また、女性検閲官の場合は結婚して姓が変わった可能性が高く、ほとんど適合しない(当然例外は存在する)。 この手法で、実際に複数の検閲官を特定したが、特定された大半の検閲官は物故していた。
数学史研究者 @redqueenbee1
この調査を通じて明らかになったが、複数のCCD 検閲官が履歴書にその事実を書き残し、体験を率直に書き残していた。CCD 勤務とは書かなかった元検閲官がGHQ 翻訳官と書いた事例も複数存在した。
数学史研究者 @redqueenbee1
CCD 検閲官はフルタイム勤務であるから、CCD が日本に存在した1945 年から1949 年までの履歴に空白時期がない者がCCD に勤務することは不可能であったことも判明した。成人ならば無職期間を、未成年ならば通学先の学校の休学乃至長期休暇等を利用してCCD に勤務していたことを示すものである。
数学史研究者 @redqueenbee1
この手法で特定できない男性検閲官の大多数は、夭折したか海外に雄飛したため日本国内では活躍しなかったか、一市民としてささやかに生活していたと判断してよい。実際、大多数のCCD 検閲官が特定できなかった。
数学史研究者 @redqueenbee1
複数のCCD 検閲官が自らの経験を隠蔽していない以上、その体験情報は当然書籍・雑誌で断片的に語られていると推論される。  推論が成立する場合、Googlebooks のサイトを活用する必然性が生じる。当該検索サイトの特色は、複数の言語文献のテキストデータを部分検索可能なことにある。
数学史研究者 @redqueenbee1
“検閲”を常用漢字で検索ワードにした場合と、旧字体“檢閱”場合とで検索結果が全く異なり、AND 検索ワードを追加することでも検索結果が変わる。  今回、Googlebooks で検閲官の証言、検閲を受けた人間の証言を絞り上げるように検索し、実際の文献で該当個所を確認する作業を進めた。
数学史研究者 @redqueenbee1
それまでの調査で、履歴にCCD 勤務の事実を書く検閲官が複数存在したことが明らかになった。Googlebooks による検索結果は、複数の紳士録で、履歴に検閲官在職経歴を書き残した人々の存在を証明するものであった。従って、1930 年以前に出生した日本人の履歴を総当り検索すれば、所期の成果が得られる
数学史研究者 @redqueenbee1
上記の解析までで、150 名近い元検閲官を特定した。これだけ特定すれば、定量的な議論が可能となる。彼等についての評価分析は専門家に委ねる。
数学史研究者 @redqueenbee1
CCD 検閲官名簿で特定不可能な大多数の元検閲官の大半は、社会的には一般市民に過ぎない。  過去の研究者は、日本人検閲官による証言の絶対数が少ない事実をしばしば論じてきたが、その最大の理由は、一般市民がこの種の体験を書き残す機会自体がそもそも存在しなかったことに求められる。
数学史研究者 @redqueenbee1
数少ないCCD 検閲官証言を見る限り、同胞を検閲することに対する深刻な疚しさを覚えていない者が複数存在したことがわかる。元検閲官を意識調査した場合、全く疚しくない者と極めて疚しい者は同程度に少数で、疚しいとも疚しくないとも言えない者が大半ではなかろうか。
数学史研究者 @redqueenbee1
東京・大阪・福岡の学生が、CCD に勤務したことを示す証言記録が複数確認された。英語翻訳能力に富む学生が、アルバイト感覚でGHQ による英語翻訳・通訳能力保持者募集広告に応募し、結果CCD に配属された事例が複数存在する。アルバイトとしてのCCD 勤務は履歴に書く必然性にはならない。
数学史研究者 @redqueenbee1
解析を通じて、戦時中に日本に滞在した複数の外国人がCCD で検閲に従事したことが明らかになった。彼らの氏名が山本の発見したCCD検閲官名簿に記載されていない事実は、日本人検閲官とは別待遇で勤務していたことを示すものである。
数学史研究者 @redqueenbee1
ユダヤ系ドイツ人数学者アルフレッド・プリングスハイムの子で、戦時中は日本に居住した音楽家クラウス・プリングスハイムには、東京CCD 書籍検閲部門に勤務した長男ハンス・エリック(Hans Erik 1915 ― 1995)と次男クラウス二世(1923 ― 2001)がいた。兄弟は日本でナチスドイツに対する兵役を
数学史研究者 @redqueenbee1
拒否し、死刑判決と国籍剝奪処置を受けた。  政治的信条に問題がなく、日本語及び日本人の思考形式に長じ、日本に帰属意識を持たない知的な非日本人は、GHQ にとって有為な存在と成り得る。事実プリングスハイム兄弟を初めとする複数の在日外国人がCCD 検閲官に採用されるに至っている。
数学史研究者 @redqueenbee1
拒否し、死刑判決と国籍剝奪処置を受けた。  政治的信条に問題がなく、日本語及び日本人の思考形式に長じ、日本に帰属意識を持たない知的な非日本人は、GHQ にとって有為な存在と成り得る。事実プリングスハイム兄弟を初めとする複数の在日外国人がCCD 検閲官に採用されるに至っている。
数学史研究者 @redqueenbee1
ハンス・エリック・プリングスハイムによる回顧を引用する。ハンスはドイツで経済学を専修し、1933 年に来日後『ジャパン・アドバタイザー』、『文藝春秋』海外版、『ジャパン・トゥデイ』などで編集に従事し、戦後はアメリカ赤十字の通訳をしていた。 「もともとの本職であるジャーナリズムとは畑違い
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