【竹の子書房】設楽土筆単著「怪物の花嫁」
- shitaratsukushi
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シチューもケーキもお茶もすこぶるおいしかった。 男は相変わらず森に木の実やウサギなんかを採りに行く。あれ以来罠に小人は引っかからなくなった。たまに森に行って茂みががさりと動いたら、男はあの小人かもしれないと思って、小さな声で「あなたの娘さんは元気ですよ~」
2011-04-07 20:37:14と声をかけるのだった。 村では変わり者の男の家にお嫁さんが来た話題で持ちきりだった。 それが、どこかの国のお姫様のように美しい娘なのだ。男の家の前を通りすぎた村人がとてもいい匂いがするので窓から覗いてみると、金や銀の首飾りなんかをした美しい娘さんが男のために料理をしたり、
2011-04-07 20:37:26掃除をしたりしていたのだった。それを見た村人は慌てて村中に言いふらした。 村人はこぞって男の家に来て男のお嫁さんを見物して行った。 男は最初のうちは小屋に群がる村人に挨拶していたけれど、ずーっと見られているお嫁さんが気の毒になってきて追い払うようになった。
2011-04-07 20:37:37けれども怪物のお嫁さんはそんなことちっとも気にしてない様だった。 男が村に用事で買い物をしに来たとき、知らない男から、「お前の家にいるあの娘はどこの娘だ?」と訊ねられた。 「それがわからないんですが、森で会った小人の娘さんだと思います」と本当のことを話した。
2011-04-07 20:37:48「この嘘吐きめ! どこかの高貴な方の娘さんをお前がたぶらかしてさらってきたんだろう!」 さんざんどやされた挙句、男はこの村から一番近いお城の牢屋に入れられてしまった。 男は暗くてジメッとしたわらの上に座って、怪物のお嫁さんが自分が帰ってこないのを心配してないかしら……
2011-04-07 20:37:59お嫁さんは何か困ってないかしら……と考えていた。 しばらくすると、牢屋の扉が開いて一人の高貴な男が入ってきた。 「男、あの娘さんはどこの誰の娘さんでもないらしい。そこで話があるのだが、ここにひと袋の金貨がある。あの娘さんを手放してくれたら、お前にこの金貨を与えよう」
2011-04-07 20:38:09「お嫁さんは元気なんですか?」男はずっと気になっていたことを尋ねてみた。 「娘さんは可哀想に口が利けない。綺麗な服を与えて美しい庭で遊んで頂いている。いずれはこの城の主が結婚を申し込む手筈になっているのだ」 男は考えた。自分にしかお嫁さんは怪物に見えないらしい。
2011-04-07 20:38:29他の人は太陽よりも月よりも美しいと誉めそやして挙句にはこんな大金まで積んでお嫁さんを欲しいと言っている。 自分はただ小人を助けて思いつきでお嫁さんが欲しいと言っただけだ。 それに自分は貧乏で、お嫁さんに贅沢なことをひとつもさせて上げられない。
2011-04-07 20:38:40本当に嫁に欲しいと思っているお金持ちの所へ嫁いだ方が、お嫁さんは幸せかもしれないなと思い、男は金の袋を受け取って牢屋から出してもらった。 小屋に帰ってみると、部屋のなかは綺麗に片付いていて、作り置きのパンと硬いチーズが置いてあった。
2011-04-07 20:38:59わらの布団はどこからかもって来たやわらかな布の布団に変わっていて、ツギだらけでぼろぼろだった服は繕ってあって前よりも丈夫になっていた。 お嫁さんがいなくなった小屋は殺風景で、広く感じられて、男はなんだかさびしいなと思った。 怪物だったけど、いいお嫁さんだったなぁ…
2011-04-07 20:39:12…と男はしみじみと思った。 小さな踏み台はちょっと重みできしんでいた。男はもう少し丈夫で大きな踏み台を作ろうと思って、森へ太い木切れを拾いに行った。 幾日か過ぎて、真夜中にガタンゴトンと大きな音がして、誰かに小屋の扉がこじ開けられた。
2011-04-07 20:39:53男はびっくりしたけれど、月夜に浮かんだ影が怪物のお嫁さんの影だったので、なぜだかほっとした。 「やぁ、元気だったかい? 忘れ物を取りにきたのかい? お前の椅子を直したんだけど、良かったら持っていくかい」 けれど、お嫁さんはその大きな踏み台に腰掛けたきり何も言わなかった。
2011-04-07 20:40:12お嫁さんが急に帰ってきて、男は大変うれしかったが、真夜中だったしお嫁さんも疲れているかもしれない。訳を聞くなら明日の朝聞こうと思って眠ってしまった。 カタカタコトコト 物音に目を覚まして、寝ぼけ眼の男は朝焼けににじむお嫁さんの後ろ姿を見た。
2011-04-07 20:40:27「あれ、お城には帰らなかったのかい? もしかして本当に帰ってきたのかい?」 怪物のお嫁さんは朝の光を浴びて、びっくりするくらいきれいな笑顔でこう答えた。 「もうどこにもいきませんよ」 なぜ怪物のお嫁さんがとってもきれいに見えたのか、男は不思議に思ったけれど、
2011-04-07 20:40:47まだ朝も早いしお嫁さんも忙しいみたいだからと、またやわらかな布団にもぐりこんでぐっすりと眠り込んだ。 ところでお城に連れて行かれた怪物の花嫁は、城主に与えられた服を着せられた。 けれど、怪物の花嫁が身につけている宝石や黄金に目がくらんだ城主の母親が、
2011-04-07 20:41:08召使に言いつけて着替えさせるときにそれらを全て取り上げてしまったのだ。 ところが、体からその飾りを外したとたん、怪物の花嫁の美しい姿はあっという間に恐ろしい怪物の姿に変わってしまった。召使は慌てて逃げ出した。 城主の母親は召使の持ってきた宝石と黄金を手に取り、
2011-04-07 20:41:24ニマニマしながら身につけてその姿を鏡に映した。城主の母親は鏡の映った自分の姿を見て絶叫し、泡を吹いて失神してしまった。何を見たかなんて、とても恐ろしくて誰にも話せなかったのだけど…… 首に巻かれた黄金や頭に載せられた宝石は、それぞれ蛇や虫に姿を変えて部屋を出て行った。
2011-04-07 20:41:41宝石や黄金を取り上げられた怪物の花嫁だったが、そんなことなどまったく気にせず、美しい庭に蛇やねずみやムカデを招き入れ、美しいやわらかな花が咲いているとむしゃむしゃと食べてしまった。時折歌ったりするけれど蛙のような声で一晩じゅう歌いつづけた。
2011-04-07 20:41:54食べたがるものはこうもりやらミミズばかりで、料理人はレシピを聞いただけで逃げ出した。 お城で一番賢い年寄りが言うには、あの宝石や黄金の飾りを身につけると、たちまち美しい姿に変身するのだそうだ。だから、宝石も飾りも外した娘は世にも恐ろしい姿に戻ってしまったのだ。
2011-04-07 20:42:03けれどさすがの年寄りも、城主の母親がこっそりとやったことまでは知らなかったようだ。 結局、怪物の花嫁は三日も経たないうちにお城から追い出されてしまったのだった。 男が目を覚ますと、大きな毛むくじゃらのお嫁さんが食卓にパンとチーズと木の実のクッキーを並べていた。
2011-04-07 20:42:13男は椅子に腰掛けて、「朝起きたら、お嫁さんがとってもきれいな人に見えたんだよ」と話して聞かせた。 怪物のお嫁さんは今度は大きく作りなおした踏み台に腰掛けて、男が美味しそうにパンを食べるのをなんだかうれしそうに眺めているのだった。
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