稲川淳二の『つぶやき怪談』(2018.05.21)

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そのとき、ふっと思った。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

今まで、あの断崖の上から、何人の人が身を投げて、 今、自分が立っているこの大岩に、 激突して命を落とした事だろうか---、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

流れ出た血が岩を赤く染めて、 その血を、打ち寄せる波が洗いさって行った事だろう---と思うと、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

どうにも恐ろしくなってきた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（さあ人形を連れて帰ろう） 早く、早く、と思いながら、 周囲に明かりを向けるんですが、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（あら？） 人形が見当らない。 どこにもダミー人形がない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

落とした位置から考えても、 この辺りにあるはずなのに------、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（変だなあ、風に流されたのかなあ。 もしかすると、波にさらわれたのかなぁ-----）

稲川淳二 @Junji_Inagawa

と、気持ちはあせる。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

その時、懐中電灯の明かりに照らされた岩場に、 血だまりができているのが目に入った。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（ううっ！　なんだこれ-----） 人形はもちろん血は流さない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

とすると。 動物か人の血という事になるんですが、 なにしろ場所が場所なんで、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（よせよ！ということは自殺者か---？） と思った。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

まだ新しい血なんで、 つい今しがたのことかもしれない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

でも、撮影しているときには、 見物人も誰もいなかったし、 それに、死体もない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（嫌だなぁ）

稲川淳二 @Junji_Inagawa

こんな所からは、さっさと逃げ出したいんだけど、 ダミー人形を見つけないと逃げるわけにいかない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

見るとも無く視線がいくと、 引きずったような血の跡がある。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

人形を見つけなきゃならないけど、 自殺者がいるならば、ほっておくわけにもいかない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

警察に通報するには、 死体を見つける必要がある。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（嫌だ嫌だ！　恐い恐い！）

稲川淳二 @Junji_Inagawa

と思いながらも、 ところどころ引きずったような、血の跡を追っていった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

と、不意に、 「うっうー」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

という、かすかなうめき声が、 闇の先から聞こえたんで、 ドキッとした。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（生きてる----！まだ生きてる！）