今回の「私はエビデンス」もそうですし、柴田-上野論争でもそうだったのですが、フェミニズムというものが非常に「当事者性」に拘る何らかの背景があって、そこの当事者の部分を女性からオタクや差別主義者に置き換えたときに、思想がバグるのではないかという疑念を持っています。
2018-06-15 21:01:50@dokuninjin_blue それこそ構築主義やオーラルヒストリーの問題だと思っていますが。双方、上野千鶴子編『構築主義とは何か』やバトラー『触発する言葉』を踏まえて議論すべきでは。
2018-06-15 21:09:04@visco110 フェミニズムについてはちょっとあまりにも勉強が足りないと思っているので、真面目に勉強したいと思います。いい文献があれば教えてください。
2018-06-15 21:19:51@dokuninjin_blue 当該テーマについては、『構築主義とは何か』の収録論文では上野千鶴子自身のものの他に、荻野美穂さんの「歴史学における構築主義」が僕のなかでは重要と思いました。あと、今年の刊行ですが『戦争と性暴力の比較史へ向けて』はこのような方法論での大きな、無視できない成果といえるでしょう→
2018-06-15 21:23:23ざっくりとした私見ですが、オタクや差別主義者よりも、「女性」の当事者性は一元化出来ず(例えば、子供を産む産まない、結婚するしないで女性の利益は大きく異なる)、そこに個人主義を経由しない共感による連帯が生まれる故にバグが起こるのかとにらんでいます。あと、学級委員的スノビズムが鍵かな。 twitter.com/dokuninjin_blu…
2018-06-15 21:25:34@dokuninjin_blue この本はまさに、人間がどのようにエビデンスとなり得るか、そのさいに語りの障害となるもの(記憶の問題や模範的被害者言説の問題など)について考察された本としても読めるわけです。収録論文のひとつについてのモーメントを僕も書いていますのでご参照ください→ twitter.com/i/moments/9771…
2018-06-15 21:26:27@dokuninjin_blue やや内容がかぶりますが、C・グラックの講演記事についても同じことを検討したモーメントです。限定された主体としての(主に語りてたる)エイジェンシー概念については、バトラー以外にもさまざまな議論がありますが『触発する言葉』が重要かと。ただ晦渋な本ではあります。 twitter.com/i/moments/9764…
2018-06-15 21:29:42@dokuninjin_blue 「当事者性」についてはその辺はありそうですが。「私はエビデンス」については、メタ的にいえば「そんな奴いねえよ」→「私がエビデンス」みたいな「売り言葉」に「買い言葉」のところはあって。そこで、買い言葉だけ持ってきて「こいつら喧嘩売ってるよ」とやるようなこともできてしまうのだけど。
2018-06-15 22:02:06「当事者性」というよりも、「リアリズム」の差ではなかろうか。柴田氏はツイッターというコップの中の言葉遊びに終始していた。 今回のHINOMARUでも、青識氏らが角川に抗議したりはしないわけです。現実世界にコミットする気があるかないかの差。 という疑念を持っています。 twitter.com/dokuninjin_blu…
2018-06-15 22:04:32@dokuninjin_blue 買い言葉だけ持ってきて「こいつら喧嘩売ってるよ」とやるような形にはならないとは思いますので、どこまで背景などを分析した議論になるのか。
2018-06-15 22:05:02