『源氏物語』は「最高の女性」と「最高の男性」が出会う、「最悪の物語」だという話

思うところがあって、自分でまとめました。 なお「紫の上と女三宮は面影が重なる」という話に関して。 ふたりは(源氏と初枕を共にする年齢が同じ14歳だったというだけでなく)ともに、藤壺の姪なんですよね。紫の上は藤壺の兄の娘で、女三宮は同じく藤壺の異母妹の娘だったりします。いわゆる「紫のゆかり」であって、紫の上はそんな女三宮に自分を重ねただろうし、またずっと慕ってともに暮らしてきた源氏が女三宮の幼さに飽きて冷たく当たる姿を見て、「かつての自分を貶めている」と感じると同時に、「自分も共犯者なのではないか」と感じたんじゃないかなあ、、、などと考えてしまいます。
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光源氏のどこがクズなのか

たられば @tarareba722

光源氏というと18歳頃に当時10歳近辺の紫の上を連れ去ったことで千年くらいロリコン呼ばわりされているわけですが、いちおうそれから4年くらい一緒にすごして同衾(初床)を果たすのは源氏22歳&紫14歳なんですよね。当時の常識としてはよくある話だし、物語の中でも「あ、やっと」みたいな扱いです。

2018-06-15 13:26:56
たられば @tarareba722

ただ作中でも現代社会に照らしてもお前それちょっと…というのは、あの野郎、39歳頃の時点で14歳の女三宮(実兄の娘)を正妻に迎えているんですよね。初床も即日完了しています。平安のドン・ファン…っつーか、向こうがスペインの光源氏というべきか。

2018-06-15 13:31:22
たられば @tarareba722

なにしろあの野郎がクズなのは、新婚数日で飽きて女三宮と逢わなくなるんですけど、31歳になっていた紫の上に向かって「あの子、歌も字も下手で合わないんだよねー」と(光源氏本人は「だからきみのほうがよっぽど素敵だよ」と言いたいつもりで)愚痴るという、なんというか、最悪オブ最悪の所業です。

2018-06-15 13:33:19
たられば @tarareba722

作中でのここらへんの記述、紫式部の筆致が冴え渡っていて、「どうすりゃこんなクズ人間を描けるんだ」という、日本文学史上有数のクズ描写が見られます(紫の上の部屋で、源氏はダラダラすごしながら女三宮から届いた「さみしい」という手紙をチラ見せしたりする)。「若菜 上」あたりですね。

2018-06-15 13:39:10
たられば @tarareba722

ガチで紫の上の心の折れる音が「ゴキッ」と行間から響くのですが、以降、紫の上が心労で病床に伏し、「御法」で亡くなることになるキッカケは、間違いなくこの一件だったと思われます。このことから得られる教訓としては、「クズの近くにいると、なにより体に悪い」ということだと思います。はい。(了

2018-06-15 13:47:14

「そこもうちょっとkwsk!!」と多数あったので

たられば @tarareba722

リクエストが多数届いておりますので、ええと、「若菜」〜「御法」近辺の紫の上と女三宮とクズの話を、エクストラステージとしてもう少しお届けします。 twitter.com/tarareba722/st…

2018-06-15 17:23:06
たられば @tarareba722

紫の上は、作中ずっと耐えてきた女性でした。それはなかば強引に連れ去られた場面に限りません。光源氏が失脚して(それも兄嫁候補(朧月夜)に手を出した罪)地方へ飛ばされた時も耐えた。左遷先で妾を作っても耐えた。それで出来た娘をしれっと「この子きみが育ててくんない?」と言われても耐えた。

2018-06-15 17:24:49
たられば @tarareba722

そんな紫の上でも、「若菜」での女三宮降嫁には心が折れました。なぜか。心の一番深いところ、拠り所の本丸を、光源氏が(本人的には好意で)ぶっ壊したからだと思っています。前述のように、紫の上は14歳の時に源氏と初枕を交わすわけですが、その時の自分の年齢と、女三宮の年齢が同じなんですね。

2018-06-15 17:26:12
たられば @tarareba722

ここ本当に恐るべき紫式部の演出なんですが、女三宮に対する源氏の態度は、見れば見るほど紫の上にとって否応なしに「あの頃の自分と源氏」を思い起させるわけです。これまで何があっても耐えてきた。それはこの眼の前のオッサンと特別な経験があったからだ。あれは特別な愛ゆえの行為だったはずだと。

2018-06-15 17:26:46
たられば @tarareba722

しかしこの、かつて養父だと思ってたら14歳の自分にある夜いきなり襲いかかってきた男は、いまあの頃の自分と面影が重なる14歳の姪御(女三宮)に対して、健気に「さみしい」と手紙をよこす新妻に対し、飽きた、退屈だと言っている。しかもその手紙を別の女(自分)に見せびらかして愚痴っている。

2018-06-15 17:27:30
たられば @tarareba722

さらにさらに、どうやらこれは自分への悪意や害意ではないらしい。この最高権力者は、どうやら好意のつもりでやっている。そして自分にはもちろん、ここより他に行く場所はない。どこにもない。10歳の頃、この野郎に攫われてここにきた。ずっとここに。なんなんだこの絶望は。この世は地獄じゃないか。

2018-06-15 17:28:07
たられば @tarareba722

弱り果てた病床の紫の上は、最後の手段、一縷の望みとして「出家」を願い出ます。もう許してほしい、限界だと。しかしそれをも光源氏に「ダメだ、ぼくが寂しいから」と断られる。鬼畜かよ。(この絶望から出家、そして引き戻されるエピソード、一条天皇と中宮定子のケースに似ているんですよね…)

2018-06-15 17:28:29
たられば @tarareba722

紫の上は作中、最高の女性として描かれます。最高の容姿、知性、性格を持った彼女が、この仕打ちです。 皆さん、クズには気をつけましょう。やつらは悪意や害意があるわけじゃない。ただ弱い。自分の弱さを認められず、相手にその弱さを善意や好意でなすりつけようとするから真性のクズなのです。(了

2018-06-15 17:29:27
たられば @tarareba722

紫式部、「最悪の物語を描くためには、最高の女性と最高の男性が最高の出逢いと最悪の別れに直面する必要があるし、それこそが最高の物語になる」と考えていたっぽいんですよね。すさまじい発想だと思います。

2018-06-15 18:29:59
たられば @tarareba722

百人読んだら百人が「自分もそういう解釈をしていた」と言う「読み」よりも、百通りの「読み」が生まれる解釈のほうが優れていると思うし、文学なんていう生産性ゼロの領域が生き延びているのも、そういう多様性があるからだと思ってます。だからね、皆さんには皆さんの源氏があっていいと思うのです。

2018-06-16 01:26:28

ブックガイドなど

たられば @tarareba722

質問箱に「源氏物語を読みたいんだけど何から読めばいいか教えろ」という質問が10個くらい届いてるんですが、何度か呟いてるように、ざっくり内容を把握して好きなシーンの背景を把握したほうがいいので『平安人の心で源氏物語を読む』山本淳子著がわりと最強だと思います。 amazon.co.jp/dp/B00NOLLYNE/

2018-06-16 10:19:53