絡繰ル少女 - 『サイボーグ・キリノ』

一次創作。
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ジュセー @shiroboshi2

絡繰ル少女 -『サイボーグ・キリノ』 #textS57

2018-06-24 22:41:22
ジュセー @shiroboshi2

蒼鉛色の空が広がり、それによって暗色に彩られた街。往来を行き交う人々は息苦しそうに生きる。隔離都市ガベッジリィは今日も変わらず声を聞く。虐げられる弱者の悲哀の声を、怨嗟の声を。1 #textS57

2018-06-24 22:46:42
ジュセー @shiroboshi2

「やめてくれ」ハキスは部屋の入り口の方に立つ影に向かって涙声で言った。「助けてくれ」その言葉を聞いてか聞かずか、影は歩みを進める。ガシン、ガシン……影が一歩足を進めるたび鈍い金属音が鳴る。ガシン、ガシン。ガシン、ガシン。ハキスの身体を恐怖が揺らす。3 #textS57

2018-06-24 22:52:18
ジュセー @shiroboshi2

「私が、何をしたと言うのだ」「……」影は答えない。ガシン……ガシン。歩みを進める。「私は、ただ、家族のために……身を粉にして……」彼は眼前の存在を見上げ、縋るように言う。影……小柄な少女に。ガシン、ガシン……ガシン。遂に少女は彼の目と鼻の先に。4 #textS57

2018-06-24 22:59:14
ジュセー @shiroboshi2

「貴方は」少女が口を開いた。その下顎は機械化されている。「きっと、善い人だ」床にへたり込むハキスを見下ろしながら彼女は淡々と言葉を紡いだ。サイバネティクスの右眼が発する無機質な赤い光がハキスには嫌にはっきりと見えた。5 #textS57

2018-06-24 23:03:18
ジュセー @shiroboshi2

「殺されるべき人ではない、と思う」「なら……!」「だから、悪人にとっては邪魔になるんだ」言いながら、少女は黒く無骨なサイバネティクスの腕をハキスに向ける。直後、その前腕が持つ機構から、微かな駆動音を伴って、細く鋭い剣が現れた。6 #textS57

2018-06-24 23:09:28
ジュセー @shiroboshi2

いよいよ顔面蒼白となり、哀れな男は後ずさろうとしたが、背後は壁だ。背を預けられた壁はハキスに冷たく寄り添う。「ごめんね」そう口を開く曇り顔の少女、その左眼……機械化された右眼とは対照的に、生身のその眼は悲哀の色を湛えていた。7 #textS57

2018-06-24 23:24:10
ジュセー @shiroboshi2

剣が振るわれる。切断音。それから、落下音。少女はハキスの首が床に転がる様を見届けると、懐から携帯端末を取り出し、カメラ・モードを起動させた。端末を亡骸に向け、シャッター・アイコンをタップする。パシャリ。無機質な音と共にスナッフ・フォトはデータ・フォルダーに迎えられる。8 #textS57

2018-06-24 23:38:17
ジュセー @shiroboshi2

収められた写真をレトンジス博士の元へ転送する。〈任務完了〉の淡白な文字を添えて。少女はその場を立ち去ろうとし……少し振り向いた。「……ごめんね」もう一度その言葉をかけ、身を翻す。亡骸はそのままにしておく。葬ってやりたい、という気持ちが彼女にはあるが、それはしない。9 #textS57

2018-06-24 23:47:17
ジュセー @shiroboshi2

葬儀は遺された人々に取り行ってもらう。身勝手に命を奪ったものが、身勝手に葬儀などすれば、遺族には本当に何も残らない。だから、葬りはしない。せめてもの良心……いや、エゴだ。汚く醜い、エゴ。少女は胸中に渦巻く自己嫌悪に吐き気を覚えながら、帰路についた。10 #textS57

2018-06-24 23:55:13
ジュセー @shiroboshi2

ピロン。飾り気のない通知音が彼女の懐から発せられた。端末を取り出し、画面を見る。博士からの返信だ。〈お疲れ様、キリノ君^_^〉「……」少女……バルダ・キリノは不愉快そうに顔をしかめると、端末をやや乱暴にしまった。11 #textS57

2018-06-25 00:00:16
@hiiragi_r_t_d

上司がおじさんのLINEしてくる殺し屋、せちがらいね #textS57

2018-06-25 00:01:48
ジュセー @shiroboshi2

キリノは身に纏った朽葉色の外套を羽織り直した。口元も同じような色の布で覆う。機械化された部位を隠すために。サイバネの右眼と、その周辺を覆うゴーグルカバーはそのままにしておく。ゴーグルカバーは自力で外せない。隠そうとすればかえって不自然な格好になってしまう。 12 #textS57

2018-06-30 21:45:27
ジュセー @shiroboshi2

なぜ彼女は自身の身体を隠すのか、その理由は単純。機械化された身体が嫌い。それだけだ。望んで得た身体ではない。勝手に改造され、アウトローな仕事を押し付けられ、生かされている。「ッ……」幻肢痛が四肢を馳け、キリノは苦悶の表情を浮かべた。13 #textS57

2018-06-30 21:49:21
ジュセー @shiroboshi2

暫し起こるこの幻肢痛は、彼女が四肢を失ったあの日のことを嫌でも思い出させる。キリノは痛みと脳裏の悪夢に必死に堪え、耐える。 ……数分ほどすると、痛みは遠ざかっていった。ほんの数分が、キリノには何時間にも感じられた。14 #textS57

2018-06-30 22:06:57
ジュセー @shiroboshi2

ガベッジリィ・サーフェスのはずれ。大量のスクラップが地を覆い、憂鬱な鈍色がこれ見よがしにと光を放つ。元々ここがどういった場所だったのかは誰も知らない。いつのまにかゴミ捨て場になっていて、それに対して何人も疑問を抱かず、大量消費の産物を廃棄していった。16 #textS57

2018-06-30 22:21:05
ジュセー @shiroboshi2

それが何百年と積み重なり、今がある。廃棄はするが誰も処理はしない。生活のために個人がスクラップを回収することは多々ある(『宝探し』と呼ばれる行為だ)が、それだけで全ての廃棄物が消えるわけではないし、結局回収された物は巡り巡ってここに辿り着くのだ。17 #textS57

2018-06-30 22:27:08
ジュセー @shiroboshi2

そのスクラップ・エリアを踏み分けながら進む少女。バルダ・キリノだ。他にもチラホラと人影はある。宝探しをしている連中だろう。彼らは自分以外の他者には興味を持たず、一心不乱に屑鉄の山を掘る。金属片によって身体の至る所から出血しているが御構い無しだ。18 #textS57

2018-06-30 22:33:24
ジュセー @shiroboshi2

キリノもまた、彼らには目もくれずに奥へ奥へと進む。進むに従って、宝探しをする者の数も減っていく。わざわざ奥にまで行かずともそこら中に『宝』はあるからだ。また、キリノはスイスイと進んでいくが、そもそもこの一帯を歩き進むのが困難なのである。足場が極端に悪いために。19 #textS57

2018-06-30 22:40:53
ジュセー @shiroboshi2

ザクザクと金属片を踏み進むこと三十分。キリノは目的地に着いた。大きくはあるが、きわめて個性に乏しいコンクリートの建物。この周辺だけはスクラップが退けられ、土の色が見える。キリノは無機質な黒色の扉の真ん前に立ち、カード・キィをセンサーに翳した。20 #textS57

2018-06-30 22:55:45
ジュセー @shiroboshi2

ピッ。小鳥の囀りめいて音がなり、扉が開いた。中へ入ると、扉は自動で閉じられた。キリノは室内を歩き、廊下へと進み、広間に出る。「ふぅ……」ここで漸く彼女は一息ついた。部屋の隅にポツンと佇むソファに向かい、そして沈み込むようにして座った。21 #textS57

2018-06-30 23:06:43