神通の唄2

『神通の唄』リメイク版 前作とのつながりはありません 神通の唄ではパロりきれなかった沙耶の唄のストーリーを主軸に展開してく予定(全四章)
2
前へ 1 2 ・・ 24 次へ
深海さかな @dzurablk_kai

そんなことを考えているとつい、口元に運びかけていたコッペパンを半分に折り、配膳トレーのこちらと向こうに分けて置かずにはいられなくなる。乾いてパサパサになったおがくず入りのパン、そんな品ですら分け合いたい。たとえそれが空想上の存在となってしまった神通が相手であっても。 #神通の唄2

2018-06-25 22:10:42
深海さかな @dzurablk_kai

冷たい床で僕の正面に横座りしながら、粗末な食事にも丁寧に礼を述べる神通を幻視しながら、塩以外の調味料を入れ忘れたとしか思えない色も味も薄いコンソメをスプーンで口へ運ぶ。 「ダメですよ、そんな風に流し込んで食べたら」 きっと神通ならそう言って笑顔でたしなめることだろう。 #神通の唄2

2018-06-25 22:13:14
深海さかな @dzurablk_kai

僕は神通と二度出会い、二度の別れを経験した。一度目は艦娘としての神通との結婚、そして轟沈という形で。 二度目の出会いは、少々特異だ。あれは僕が神通を喪ったショックで精神に異常を来たして、艦娘が深海棲艦に見えるようになってからのことだった。 #神通の唄2

2018-06-25 22:38:01
深海さかな @dzurablk_kai

あのままの暮らしがもし続いていれば僕は、間違いなく完璧に発狂してしまい、完膚なきまでに精神を破壊されてしまっていただろう。そんな中で、神通は唯一まともな艦娘としての姿で、再び僕の元へと帰ってきてくれた。 #神通の唄2

2018-06-25 22:39:31
深海さかな @dzurablk_kai

彼女を喪ったことで崩壊しかけていた僕の心は、神通が再び戻ってきてくれたことで急速に回復し、また同時にそれまで以上の深い愛に満たされた。 そんな折のことだった、神通から自身が深海棲艦だと打ち明けられたのは。 #神通の唄2

2018-06-25 22:42:46
深海さかな @dzurablk_kai

それを聞いても僕は別段、驚きはしなかった。元来艦娘が深海棲艦に見えていた僕の目から艦娘にしか見えない彼女が、既に艦娘以外の何かであるということは薄々察しがついていたことでもある。それに、神通が深海棲艦になってでも帰ってきてくれたことの嬉しさは、 #神通の唄2

2018-06-25 22:45:02
深海さかな @dzurablk_kai

そんなちっぽけな驚きなど覆い尽くしてしまうほどに大きなものだったのだから。 そんな喜びにうち震える僕に、神通は続けてこう言った。 「もしも提督が望むのであれば、またかつての生活に戻れるようにしてあげます。私にはそんな力が以前からあるんです」 と。 #神通の唄2

2018-06-25 22:49:34
深海さかな @dzurablk_kai

結論から言うと僕は彼女の提案を受け入れた。別段神通との毎日に不満があった訳でも、元の暮らしに戻りたい訳でもなかった。 ただ、今のままでは深海棲艦となった神通の姿が見られない。彼女のあらゆる姿を真摯に見詰めることができないのであれば、それは愛とは呼べないのではないか。 #神通の唄2

2018-06-25 22:58:00
深海さかな @dzurablk_kai

そう思えたからだ。 もしも神通が異形の姿に変わり果てていたとしても僕の彼女への愛は揺らぐことなどない、という確固たる自信が持てていたこと、それが決断の背景にはあった。 #神通の唄2

2018-06-25 23:00:21
深海さかな @dzurablk_kai

神通が一度は暗い海の底へと堕ち果ててしまったことで崩壊しかけた僕の精神が、再び深海棲艦として戻ってきた彼女の愛で強さを取り戻し、軽巡棲姫としての彼女すらも愛せるようになろうとは。見ようによっては皮肉な話だが、 #神通の唄2

2018-06-25 23:03:40
深海さかな @dzurablk_kai

今の僕らにはそれは二人の愛が苦難を乗り越えて強化されてきた足跡に思えた。 かくして初めて目にした軽巡棲姫の姿は、一言で言えばとても可愛らしいものだった。目元を覆う仮面も内気だった神通の性格を現しているように思えたし、僕がすきだった綺麗な長髪もそのままに、 #神通の唄2

2018-06-25 23:04:58
深海さかな @dzurablk_kai

白い肌と黒い身なりとの対比が神通のよく引き締まった端整なスタイルを一層際立たせる素敵なルックスだったのだ。ただ一点だけ、彼女が轟沈したときに負った傷が腹部の中央を横切るように痛々しく残っているのだけは少々気に病んだが、それも幾度もベッドで目にするうちに慣れていった。 #神通の唄2

2018-06-25 23:07:34
深海さかな @dzurablk_kai

たとえ顔の半分が不気味な仮面で覆われていても。 たとえ肉体が深海棲艦に成り果てていたとしても。 僕は変わらず、神通のことを愛し続けた。 #神通の唄2

2018-06-27 21:05:22
深海さかな @dzurablk_kai

だが、神通は違ったらしい。僕の脳に備わった認知回路が正常な機能を取り戻し、艦娘と深海棲艦が裏返らずにそれそのものの姿として認識できるようになってからというもの、日々の暮らしで次第にすれ違いを感じることが多くなっていった。 #神通の唄2

2018-06-27 21:12:28
深海さかな @dzurablk_kai

今にしてみれば、彼女は心苦しかったのだろう。人間と深海棲艦、本来ならば結ばれてはならなかった関係に、僕をこれ以上縛り続けることへの良心の呵責。そんな神通の内心の葛藤に、僕はついぞ気付くことができなかった。 #神通の唄2

2018-06-27 21:14:32
深海さかな @dzurablk_kai

気付いたときには全てが手遅れだった。彼女は僕の前から姿を消してしまったから。 こんな結末、一体誰が予想できただろうか。いや、神通本人はきっとこうなることを予期していたのだろう。僕の精神構造を元に戻す、そう提案したあの日より遥か以前から。 #神通の唄2

2018-06-27 21:16:46
深海さかな @dzurablk_kai

彼女自身の姿を見たい、その全ての存在を愛したいと欲した僕の身勝手な欲求は、最愛の神通が姿を消したことで永遠にかなえることができなくなってしまった。あとに残ったのはかつて犯した人間社会では犯罪にあたる行為への贖罪と、持ち主を失った仮面だけ。 #神通の唄2

2018-06-27 21:19:04
深海さかな @dzurablk_kai

それでも。たとえ全てを失った今でも、僕はそうして過ごした彼女との日々を後悔はしていない。 僕はベッドの下に隠し続けていた神通の仮面を監視兵に見つからぬよう注意深く取り出しながら、その額にそっと口付けをした。 #神通の唄2

2018-06-27 21:24:45
深海さかな @dzurablk_kai

ざらりとした冷たい感触。数パーセントの炭素にマンガン、クロム、微量なリンと硫黄が配合された鉄の味。あるいはそれらでできた合金に10パーセントほどのニッケルを配合したステンレス合金だろうか。いずれにしても神通の唇とは似ても似つかない風味と舌触りである。 #神通の唄2

2018-06-27 21:26:43
深海さかな @dzurablk_kai

だが今の僕にはこの仮面が唯一、神通を感じることのできる形見の品だ。 今日もこうして仮面を抱き、神通在りし日の幸せな日々を想い起こしながら一日を送るのだ。 食事を済ませると途端に、腹部の消化器へ集中した血液と入れ替わりに脳裏に睡魔が訪れ、僕はベッドへ潜りこんだ。 #神通の唄2

2018-06-27 21:33:27
深海さかな @dzurablk_kai

仮面を胸に抱いて眠る日は、大抵神通の夢を見ることができる。 そんな経験則に裏打ちされた期待に心を躍らせながら、僕の意識は幸せな夢の中へと向け暗転していくのだった。 #神通の唄2

2018-06-27 21:36:34
深海さかな @dzurablk_kai

「おかえり!」 家のドアを開ける音に気付いたのだろう、すぐさまそんな明るい声が僕を出迎えてくれた。 築30年庭付き戸建て、宿舎としてあてがわれている二階建ての古めかしい家屋は到底、夢に見たピカピカなマイホームとは言いがたい。 #神通の唄2

2018-07-03 22:33:59
深海さかな @dzurablk_kai

だがそんな家でも、帰り着くといの一番にぎしぎしと軋む廊下を駆けて神通が出迎えてくれる光景というのは、この上ない幸せを感じる瞬間だ。 「今日もお仕事、お疲れ様でした!」 顔の上半分を覆う仮面の横に、これまた黒いシリコン製のお玉を掲げ、小首を傾げながら微笑む神通。 #神通の唄2

2018-07-03 22:36:43
深海さかな @dzurablk_kai

「ねえねえお風呂にする? ご飯にするー? そーれーとーもー…」 その言葉が終わらぬうちに、僕は彼女の唇を奪った。人体よりも低い体温にひんやりとする素肌と唇の感触、しかしながら頬をくすぐる吐息は熱を帯び始めている。 「…んもう、提督ったら…ズルい!」 #神通の唄2

2018-07-03 22:39:43
前へ 1 2 ・・ 24 次へ